第37話
「お帰りなさい」
すべての力を出し切り、這う這うの体で家に帰ってチャイムを鳴らすと、いつものようにサイカに出迎えられた。
家に帰ってきたって感じがする。
もうこの「お帰りなさい」がないと物足りない。
「ありがとう。あー……っ、つっかれたぁー……」
一か月背負い続けた肩の荷が降りて脱力する。
玄関で靴を脱ぎ、そのまま床に座り込む。
するとサイカに「こんなところで座ってないで早く中に入ってください」と注意され、手を差し出された。
その手を掴むと、ゆっくりと引き起こされる。
サイカはオートマタで、内側はほとんど金属だ。
見た目のわりに重くて安定感があるので、安心して身を任せられた。
立ち上がった俺は手を引かれたまま、部屋へ連れていかれる。
たどり着くとようやく離してもらえた。
我が家にはソファなんて上等なものはないので、カーペットに座る。
実は一度買おうか検討したのだが、多分サイカが座ると重みですぐに壊れてしまうので見送った。
「お疲れさまです。よく頑張りましたね」
いつもはその辺で佇んでいることが多いが、珍しく隣に座ったサイカに頭を撫でられた。
「ん、ありがとな」
突然の行動に驚きつつも、身を任せる。
するとサイカが意外そうに言った。
「あら素直。……少し、大人になられましたかね」
サイカは茶化すようで、だが少しだけ寂しそうだ。
しかし手の動きは止めようとしない。
その感情を想像しながら、俺は大人しくされるがままになった。
「だといいけどな」
サイカは俺の髪を繊細な手付きで梳くように撫でていく。
次第に落ち着いてきた。
そのまま眠ってしまいたいほどに心地良い。
「試験、どうでしたか?」
しばらくして、サイカが訊ねてくる。
「やれるだけのことはやったよ。あとは結果を待つだけだ」
「そうですか。……その言い方だと、悪くはなさそうですね」
ん、とだけ答える。
そしてまた、サイカの指使いに身を任せた。
手の動きが止まったところで、サイカに訊ねる。
「明日なんだけどさ、みんな――かがみと爽太と渚だけど、ここに呼んでもいいか?」
ここは俺の家ではあるが、サイカの家でもある。
断られることはないと思うけど、勝手に決めるわけにはいかない。
みんなにも返事を保留してあった。
予想通り、サイカが「もちろんです」と答えた。
「久しぶりですね」
「だな」
仕方がなかったとはいえ、勉強に本腰を入れてから、みんなと遊ぶ頻度は極端に減っていた。
大学では顔を合わせるものの、基本的に俺はギリギリに講義室に駆け込み、終わったら一目散に家へ帰っていた。
雑談を交わす時間なんて、昼食のときくらいしかなかった。
もっともかがみには、時々わからないところを教えてもらっていたけど。
いやー、本当に我ながらよく頑張った。
精神的にも一段落すると、期末試験が終わった後でやりたかったことを思い出した。
「サイカ」
「はい」
「渡したいものがあるから、ちょっと待ってて」
サイカをその場に待機させ、寝室へと戻る。
クローゼットの中の使っていなかったカバンに隠してあったそれを取って部屋へと戻った。
「はい」とやや大きめの袋をサイカに渡す。
サイカは「なんでしょうか?」と首を傾げながらも、包装を解いていく。
中から出てきたのは、メイド服だ。
「これは……?」
サイカは怪訝そうに俺を見る。
「メイド服」
「それはわかりますけど」
そう言って、サイカがじっと俺を見てくる。
意図を説明しろ、ということなのだろう。
「今着てるのはもうボロボロだろ。要らないって言ってたから余計なお世話かもしれないけど、俺なりの感謝の気持ちっていうか……何かしたかったんだ」
今度の物はドンキで買ったような安物ではなく、生地も縫製もしっかりした本格的な一品だ。
サイカがメイド服を好きかどうかは結局のところよくわからなかったけれど、それ以外の服は必要時以外何度薦めてみても着ようとしなかった。
ならばもしかしてと思っての選択だ。
もしこれを着てくれたら、薦めたものがメイド服じゃなかったから着なかったってことだろうし。
とはいえ以前はコスプレ感満載のミニスカートなフレンチ型だったのに対し、今度は日本的王道であるロングスカートなクラシカル型にしておいた。
英国情緒溢れるヴィクトリアン型も捨てがたかったのだが、かがみの「こっちの方が可愛い」の一言で却下された。
そもそもメイド服というものは仕事着であり機能性の方が大事で見た目だけで選ぶのは――……いや、そんなことはどうでもいいか。
元々がサイカへプレゼントするためなのだから、可愛い方がいいだろう。
サイカは俺のお世話をしてくれているが、女中ではなく家族だ。
それを考えれば、ヴィクトリアン型よりクラシカル型の方がより相応しいと思う。
デザインとしても、元の物に近いからな。
ちなみに服以外も検討はしたのだが、何か一つを送るという条件だと、かがみには強烈に服を推された。
理由は『サイカちゃんみたいな子にいつまでもドンキで買ったみたいなメイド服を着せておくのは犯罪のにおいしかしない』だそうだ。
いつの間にか見慣れてしまっていたけど、納得しかない。
その結果買ったのがメイド服だというのはなんともし難いところだけれども。
サイカが受け取ったままじっと固まっているので、ヤバいことをしてしまったのかとだんだん不安になってきた。しかしやがてポツリと漏らした。
「ありがとう、ございます」
「お、おう」
素直に礼を言われると、なんだかこそばゆい気分になってくる。
照れ隠しでつい「き、気に入らなかったら着なくてもいいからな!」と叫んでしまった。
するとサイカは数瞬の間を置いて「……凡夫さまのえっち」と、手に持っていたメイド服を抱くようにして身体を隠した。
なぜ!? 反射的にツッコむ。
「なんでだよ! ……ん?」
そこで合点がいく。
「いや違うから! 着なくていいっていうのは裸でいろって意味じゃねぇよ! わかってて言ってんだろ! あー……もう。やめだ、やめ! 着ろ! 絶対に着ろよ!」
なんだか思っていた雰囲気とは違ったし、最後はぐだぐだになってしまったけど、俺たちはこれでいいのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます