第13話

  というわけで講義終了後、三人に連行されるような形で、家の前までやってきてしまった。

 しかも口裏合わせさせないようにと、連絡すら入れさせてもらえなかった……。


 みんなの反応はそれぞれ、渚がノリノリで、爽太が面白がっているといった感じ。

 そして、かがみはなぜかむすっとしている。

 何を考えているかわからないし、どう転ぶかわからなさすぎて怖い。


 渚が「じゃあいっくよー!」と掛け声とともに躊躇いなくインターフォンを押した。

 ピンポーン、と音が響く。


 そのまま俺の後ろに回り込んだ渚は、俺の背中をぐいぐい押してドアスコープの前に立たせた。

 数秒ほど待つと、扉が開く。


「お帰りなさ――あら? 凡夫さま?」


 出てきたサイカが、俺の後ろの人たちの姿を認識すると、パチパチパチと目を三度瞬かせた。


「ごめん、サイカ。止められなくて……」

「はぁ」


 謝罪する俺を押しのけて、みんなが前に飛び出してくる。


「ほらちゃんといただろ」「本当にメイド服着てる……」「え、待って。めっちゃ可愛いんだけど!」「やっぱ年下だよね。高校生かな」「ねぇねぇ、名前なんて言うの? 歳いくつ? 凡夫と同棲してんの!?」


 矢継ぎ早に話すみんなに、サイカが手を突き出す格好で静止を促した。

 しんと静かになり、みんながサイカに注目する。


「申し訳ありませんが、お話しされるのはどうかお一人ずつでお願いします。私の音声認識機能は指向性に乏しいので」

「と、とりあえず中に入ろうか。近所迷惑になるし……」


 部屋の中に入った俺たちは、ローテーブルの長辺を挟んで向かい合うように並んでいる。

 片方には俺とサイカ、反対側には爽太と渚とかがみだ。


 まずは紹介をと、俺が三人の名前をサイカに教えたところで、話し合いが始まった。


「みなさまは凡夫さまのご学友の方でよろしいですね?」


 サイカの確認にみんなが頷く。

 それを見届けたサイカが、正座したまま綺麗に頭を下げた。


「お初にお目にかかります。凡夫さまの身の回りのお世話をさせていただいているオートマタのサイカと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 真っ先に食い付いたのはやはり渚だった。率直に疑問点をぶつけていく。


「オートマタ……? って?」

「一言で言い表しますと、機械人形でしょうか」

「機械? 人形? ん???」


 と言っても全然わかっていないようだった。

 そりゃそうだと思う。


 サイカはパッと見はどう見ても人間にしか見えないし、普通の人型機械の認識といったらペッパーくんやアシモのようなものだ。

 サイカはちょっとばかりかけ離れすぎている。


「あまりお気になさらず。ただ、凡夫さまの身の回りのお世話をさせていただいている存在とだけ認識していただければ」

「えーっと、お手伝いさん、みたいな感じ?」

「そう認識していただいて齟齬はありません」

「へー」


 うまいところに落ち着いたみたいだ。

 メイド服も着ていることだし、妥当なところだろう。

 ドンキ産だけど。


「へー。えっとじゃあ、サイカちゃんって言ったっけ? 凡夫とは付き合っているわけではないってこと?」

「はい。私と凡夫さまは恋人関係にはありません」


 流れるように答えたサイカにほっとする。

 否定してもらわないとややこしくなるからな。


「じゃあここにいるのは……えーっと、アルバイトとか、そんな感じ?」

「あ、いえ。そういうわけでは」

「じゃあなんで?」


「そうですね……。端的に申し上げますと、私が凡夫さまの所有物だから、でしょうか」


「うぉい!」


 安心していたら急にとんでもない爆弾を投下しやがった!

 爽太がぎょっとし、まるでヤバいやつを見るような目で俺を見た。

 止める間もなく、さらにサイカが場を煽っていく。


「この身はすべて凡夫さまに捧げております。凡夫さまのものでない部分など一パーツたりともありません」


「――……凡夫、めっちゃ愛されてるね?」

「凡夫さまは私にとって生きる目的そのものなのです」


 渚はドン引きしている。

 もう何を言っても無駄な気しかしないけど「多分想像しているような意味じゃないよ」と否定してみる。

 するとかがみが食い付いた。


「だったらどういう意味なの?」

「それは……」


 言いあぐねていると、その隙に爽太が横から質問してくる。


「なぁ、なんでメイド服着てんの?」

「この格好をした私を凡夫さまがいたく気に入っていたからです」

「違ぇ!」

「違うのですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 否定しきれずしどろもどろになった。


 あの、サイカさん?

 本当のことではあるんですけど、今後ろから撃たないでくれます?


 このままでは誤解が広がるばかりだと悟り、説明を試みた。


「違うんだって。サイカはさ、その……うちの爺ちゃんから言われて俺のところへ来ていて……」


 するとやはり渚が反応した。


「えっと、つまりお爺さんが決めた許嫁ってこと? そういうの今どき珍しいね。ひょっとして凡夫の実家ってかなりの家柄だったりする?」

「まずはそこから離れて……」


 どうしたものか。

 説明しようとすればするほど墓穴を掘る気がする。


 ここはまずサイカがオートマタだってことをしっかり理解してもらう方がいいんだろうか。

 けど、それもあまりよくないような。

 もし噂が広まったら、盗難されてもおかしくないし。


 俺に話を訊いても埒が明かないと思ったのだろう。

 渚はサイカに質問を重ねていく。


「ねぇねぇ、サイカちゃんって歳いくつ? あたしたちより年下だよね?」

「そうですね。まだ製造から一年を経過しておりません」

「一年……? 高校一年生?」

「いえ、学校には通っておりませんので」

「え、普段からずーっとここにいるってこと!?」

「はい」


 渚は唖然とした顔になった。

 しばらく口をパクパクさせていたが、やがてはっと我に返り、今度はサイカの説得を始める。


「こ、高校には行った方がいいと思う! もったいないよ!」

「いえ。高等学校卒業程度の知識はインストール済みですので必要ありません」

「勉強だけじゃなくて、ほら、人間関係とか! 学校って勉強だけを学ぶところじゃないし!」

「凡夫さまを介さない人間関係など不要です」


 サイカのばっさりとした物言いに、渚は二の句を告げないようだった。

 少し考えるようにうつむき、やがて顔をあげた。


「じゃ、じゃあさ! あたしたちと友達になろうよ!」

「ご学友の皆様と、ですか?」

「そうそう! サイカちゃんが『凡夫のこと大好き』っていうのはわかったからさ、それなら普段凡夫と一緒にいるあたしたちと友達になった方がサイカちゃん的にも安心でしょ?」

「はぁ。おっしゃる理屈はいまいちわかりませんが、凡夫さまのご学友の方のお申し出とあれば私に断る理由はありません」


 サイカがよくわからない、という雰囲気のまま受諾した。

 渚の申し出はきっとサイカを慮ってのことだと思う。


 その気持ちはありがたい。

 が、不安だ。けれど、俺が止めるのもおかしい。


 渚は受け入れられたことに胸を撫で下ろしたようだ。

 しかしまだ興味は尽きていないようで、どんどん深堀りしていく。

 爽太はそれに口を挟まず興味深げに見ているし、かがみはと言えば……妙に冷静な目でサイカを観察していた。なんだろう?


「お世話ってどんなことをしているの?」

「全般です。起床時のお手伝いから食事の準備、スケジュール把握、お掃除にお洗濯、家計の管理に至るまで、生きる上で必要な雑務のほとんどすべてを担当させていただいております」

「うわぁ……。もうそれお母さんじゃん……。凡夫、ダメ人間になりそう」

「本当はお風呂もご一緒したいのですが」


 直前まで呆れたような目をしていた渚だったが、その発言を受けて急に慌てただした。

 さすがにこれ以上はまずいと思った俺がサイカを止めようとしたのだが、爽太が妙なふうに空気を読んで俺を羽交い絞めにした。

 う、動けん。


「だ、ダメだよそれは! そんな簡単に身体を見せちゃダメ!」

「と、申されましても初対面でおそらくすべてを見られていますので」

「すべて!? どういうこと!?」

「端的に申し上げますと、全裸です」

「ぜ、ぜぜぜ全裸!? 凡夫が脱がしたの!? 初対面で!?」


 顔を真っ赤にした渚が軽蔑するような目を俺に向けてくる。

 いや、と否定の言葉を言いかけたところでサイカが平然と言い放った。


「いえ、私がこの身一つでここに参りましたので。箱に入り、宅配便で」

「宅配便!?」


 渚の目がぐるぐる回る。

 許容限界を超えてしまったらしい。


「なんかわかんないけど、あたし今日一日で凡夫の印象ガラッと変わっちゃったかも……」


 俺は巻き込まれ事故にでもあった気分だ……。

 頭が痛い。


 あー、もうこれ収集つかないだろ。

 大学生活終わったかもな……。


 と、頭を抱えたくなっていると、冷静でよく通る声が空気を切り裂いた。


「――はいはい、そこまで」


 声の主はここまで事態の推移を静観していたかがみだ。

 みんなの注目が集まる。


「一応確認なんだけどさ、サイカちゃんがここにいるのは自分の意思ってことなんだよね?」


 かがみに向いていた視線が、サイカに移動する。

 同時にサイカは深く頷いた。


「そのようにお考えになられて相違ないかと」

「……ん。なら、いいや。それだけわかれば充分かな。ほら、解散、解散」


 手を叩いて場を治めたかがみは「二人ともいくよ」と爽太と渚に帰宅を促す。

 二人は納得していなさそうだったが、かがみの有無を言わさない雰囲気を感じ取ったようで立ち上がった。


「法律の難しいことはわかんないけど、お爺さんの紹介ってことは親御さんたちも把握されてるんだと思う。サイカちゃん本人も嫌がってないみたいだし、これ以上はわたしたちの出る幕じゃないよ」

「でも……い、いいのかな……?」


 渚がおずおずと言う。

 今日一番サイカのことを心配していたのは渚だった。


 かがみはそんな渚の頭を撫で「大丈夫だから」と優しく微笑んだ。

 連れ立ってみんな玄関へと歩いていく。

 渚は何度か振り返っていたが、それ以上何も言わなかった。


「じゃあね、サイカちゃん。また遊びに来るから」


 玄関戸から足を踏み出し、かがみはサイカに言う。


「はい、是非おもてなしさせてください」

「ん、ありがと。凡夫もまたね。突然押しかけてごめん。――また明日」


 扉の閉まる音が響く。

 結局、どうなったんだ……?

 よくわからないうちに終わってしまった。


 なんとか丸く収まったみたいだし、大丈夫そう……かな?

 ――って、あれ?


 ふと気が付いた。

 明日は土曜だ。

 講義はないし、もちろん会う予定もない。


 まぁ『また明日』なんて帰るときの挨拶みたいなものだし、特に意味はなかったかな。


 と思っていたら早速、携帯端末がメッセージを受信した。

 送り主はかがみだった。


 ――明日の夜、予定空いてる? 空いてたら、うちに来て。

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