ささくれさける恋

塩焼 湖畔

ささくれ

 卒業式まで二ヶ月を切った頃、私の心にはささくれができた。

 私の名前は三島雪、高校三年生で中肉中背特にこれといった特技も無く、勉強も、まぁそれなりだ。


 ささくれの原因は好きな人に恋人ができたから。その人は卒業式が近いからって、勢いで告白したら、OKを貰ったらしい。


 笑顔で報告された私の心はささくれだった、私の方が先に好きだったのに……。

 きっと私はあの人から見れば、仲の良い友人だったのだろう。


「私が先に告白したら違ったのかな……」

 放課後誰もいない教室、独り言が黒板に吸い込まれる。

 

 二人は卒業後、別々の進路を歩むらしい、遠距離恋愛だ、そんなの絶対にうまくいきっこない。


「私なら、寂しい思いはさせないのに……」

 独り言は、空の机に染み渡る。


 二人はこの二ヶ月という短い時間に、キラキラとした青春を過ごすのだろう。

 仮に遠距離恋愛で上手くいかなかったとしても、卒業式前のこの短い時間でも、人生の中で特別な思い出になるのだろう。まるで宝石のような時間。


 人生という宝箱の中には、どれ程の宝石を詰め込めるのだろうかと、ふと思う。

 人によって宝箱の大きさも違うだろうし、人によって詰め込みたい宝石の数も種類も違うだろう。


「私には貴方だけが、あればよかったのに……」

 独り言は無人の椅子の背を、そっと撫ぜる。


 二人は一緒に下校していった、それはとても輝いて見えた。私は見たことの無い笑顔、私には見せたことの無い笑顔。私は貴方の隣にいない。


 ささくれだった心が、体の先端まで支配したのか指にもささくれができていた。


「二人が別れますように」


 ささくれを千切った。



 出来心だった、本当にそんなことが起きるとは思わなかった。

 このささくれと一緒に心のささくれが無くなればいい、ただそう思っただけだった。


 次に美結と出会ったのは病院のベットだった。物言わぬ美結、意識不明の美結。タイミングが良かったのか、個室の病室には私と美結の二人きりだった。


 高校生になって初めて出来た彼氏だからと、少し恥ずかしそうに語る美結は嬉しそうだった。

 私は二人で帰るのを見送った、それが最後に交わした言葉だった。


 自転車の二人乗りで帰る途中に、前方不注意の中型トラックに突っ込まれたらしい。


「やっと二人きりになれたね、最近は彼氏さんばっかりで寂しかったんだよ?」


 物言わぬ美結の手に指を絡ませ、そっと口づけをした。

 王子様のキスで目が覚めるのは夢物語だったみたいだ、それとも私は王子様じゃない?


「こんな卑怯な方法しか取れない私が、王子様なわけないか……」


 涙が溢れ、嗚咽が盛れる。


「美結の目が覚めますように」


 指のささくれをもう一度千切った。



 病室からは心電図の音と、雪の泣きじゃくる声が聞こえてくる。二つの音は決して通じ合うことは無い。

 

 雪の心のささくれは消えないままだ。

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