不登校について考える の巻③

◆◆母の混沌◆◆


母は、夫の出勤後、なんとか自分を立て直さなければならないと、散歩にでた。

公園を歩いて、心を落ち着けようとしていた。

けれど、最近楽しく出来ていた散歩も、まるでトンネルの中を歩いているようだった。鳥の声も聞こえない。木々の匂いもかげない。目に映る何にも、心が動かなかった。そして、酷く疲れてしまった。


家に帰って、子どもたちにお昼ご飯を作る。

給食を食べない子どもたちを案じて、ご飯作りは頑張ろうと最近は思えるようになってきていた。

子どもが食べやすいように、ニンジンを小さく切った。玉ねぎやシイタケも小さく切った。白菜も小さく切って、牛肉を煮て、卵を溶いて。すき焼き丼を作った。


今までその気力もなかった。「ごめん、インスタントで。」そんな日々が続いていたのが、ここまで出来るようになった。自分に拍手。


お昼の準備が出来るころ、子どもたちがお互いに声をかける。

「ご飯だぞ。YouTube消せよ。」たこが声をかけると、妹たちは「はーい」と席に着く事が増えた。穏やかな日々を、みんなが少しづつ、母に寄り添う形で作ってくれていた。


しかし、今日は違った。子どもたちはちょっと荒れていた。

「みんなの分の箸用意しろよ!馬鹿じゃないのお前。」たこがぴこに言う。

「どおせバカですよ!頭が悪くてごめんなさいね!」とぴこ。


「やめて。」母は、苦しくなっている胸を自覚しながら呼吸を整える。今は、どうしても、暴言や自虐に耐えられなかった。


「お兄ちゃんだって、ゲーム止めなよ。ご飯じゃん。」ちぃが言う。

「うるさい。試合が終わったら止める。」たこが言う。


ちぃがグッと言葉を飲む。兄妹の上下関係は覆らないのは承知しているが、理不尽な態度を我慢させられることも、今の母には辛かった。


ぴこがちぃに助け舟を出し、ぴこがたこを責める。

「それは間違ってる!ご飯が出来たら、食卓に家族がそろって座るべきだ!」と。

たこの逆襲がぴことちぃに降りかかる。

「お前らうるさい。俺は俺のペースでちゃんとやって、頭で考えてる。お前のせいだ。」たこがちぃを睨む。

ちぃは、「余計なことを!ちぃは黙ってたのに、お姉ちゃんがいらんことして、ちぃがお兄ちゃんに怒られた!」とぴこを責める。

ぴこは、「助けてあげたのに!」とちぃを責め、「頼んでない」とちぃに言われて憤り、パニックを起こす。

たこがパニックを起こしたぴこを「うるさいんだよ!黙れ!バカ。」と一蹴する。

ぴこのパニックが増す。

ちぃとたこがため息をつく。ぴこが「ママ~!!」と泣き怒りの状態で母に不満を訴える。


「もうやめてよ!!!!」母は耳を両手で押さえて座り込んでしまう。涙が止まらない。

(お願いだよ。穏やかに過ごしてくれ。私はあなたたちに何も求めてない。頼むから私を乱さないでくれ!!)

自分の心の叫びしか聞こえない。子どもの顔も見る余裕がない。


こんな姿、子どもに見せちゃいけない。子どもたちの前では、穏やかで前向きでいなくちゃ、子どもたちが安心して家で過ごすことが出来ない。私は、自分を整えなければいけない!!!


「先に食べてて。」

それだけやっと絞り出すと、車のキーだけもって、家を飛び出した。

コートもお財布もケータイも、何もかも家に置いてきた。どこにも行くところがない。


母は、スーパーの屋上に車を止めて、呼吸に集中した。浅い。浅い呼吸に気が付けるようになっただけ、自分の中に成長を感じた。

2月の屋上は日当たりがよく、車内で日向ぼっこをしているような感覚だった。呼吸も徐々に落ち着いてきた。深呼吸をしてみる。深呼吸を何度繰り返しても、心は重いままだった。


帰りたくない。母は、運転席のシートを少し倒して、目を閉じた。お日様が温かい。そのまま、気が付いたら2時間経っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る