KAC20244 ささくれ
だんぞう
#1 一難去ってまた一難
「ほら! スマホ見ながら食べるからこぼしたりするのよっ!」
母親の小言に
だが俺は違う。
息を止めると同時に意識を集中すると、周囲の光景が逆再生みたいになる。
俺が醤油皿の外へこぼした醤油が醤油さしへと戻り、俺の手が醤油さしをテーブルへと戻す。俺の手が醤油さしを離し、箸を握る。
そこで呼吸を再開すると、俺が箸を握っている状態から通常の時間の流れが再スタートする。
俺は箸をいったん置く。だがここでは醤油さしへはまだ手を伸ばさない。
スマホで再生していた動画は、さっき思わず笑ってしまった笑撃シーン。
二回目でも肩が震えるほど面白い。
「この動画、ヤベぇ」
それから醤油さしを手に取り、醤油皿へ醤油をたらす。今度はこぼさないし、母親の小言もない。まあ、眉間にシワは寄っているけどね。
これが俺の能力<リバース・ダイブ>。
息を止めている間だけ時間を
別に異世界に転移して手に入れてきたとか平和を脅かす何かと戦っているとか宇宙人や悪の秘密組織に改造されたとか、そういうやつじゃない。
いつの間にか使えるようになっていただけ。
能力の名前だって、使えることに気付いた中二当時のセンスで勢い余って俺が名付けちゃっただけ。本当は別の正式名称があるかもしれないし。
一応この力は、目につく範囲の人助けのためには使っている。
神様からの贈り物だと思っているから。
だけどまあ、人助けはあくまでも誰かのピンチに運良く遭遇できた場合のみ。
なぜならば遡れるのは息を止めている間だけから。
しかも能力を一度使うと、時間を遡る前に呼吸を止めた時点に戻るまでは能力の再使用ができない。
つまり大きな事故や事件を知っても、連続で息を止めて過去へ過去へと戻れるわけじゃないってこと。
必然的に、助けられるのは自分自身と、身の回りのほんの少しの人だけ。
まあでも満足している。
正義のヒーローになりたいわけじゃないし、だいそれたことも考えていない。
平和に人生を楽しめるのが一番だと思うから。
――そんなふうに考えていたこともあった。
あの少女たちに出遭うまでは。
「信じらんない! なんで日本人なのに能力名が日本語じゃないの? ダッサッ!」
この
「私知ってる。そういうの中二病って言うんだよね」
こっちのクソ生意気な本物の中二の黒髪美少女は、絶対に俺のこと先輩だとは思っていない。
しかも俺はこの二人に殺されかけたのだ。
というか実際に死んでいた。俺が能力者じゃなかったら。
背中を押された瞬間、俺はとっさに息を止めることに成功した。
ホームから線路の上へ完全に押し出された状態から、俺の背中に手の感触が到達する直前まで時間を遡り、俺は身をよじって避け、その悪意ある手をつかんだ。
だが詰めが甘かった。
俺がつかんだ手首の持ち主は、俺が何か言うよりも先に叫びやがったんだ。
「痴漢っ! この人、痴漢です!」
叫んだ女の顔を見て驚いた。
月並みな表現だけど、そこらの女優やアイドルよりも美しく整った金髪碧眼の美少女だった。
その美貌と、殺意の理由がわからないのと、そして不意を打たれての冤罪とで俺は軽くパニクった。
「おっ、お前の方こそいま俺の背中を」
俺の声は急行の通過音にかき消され、金髪美少女が求めた助けに勇気を出しちゃった通りすがりのオッサンたちの手によって俺はあっという間に取り押さえられた。
もちろん時間は遡ったよ。
今度は美少女の手首をつかまずに、ただ避けただけに留めた。
そしたらその避けたところへ、ボーイッシュな黒髪美少女が胸を押し付けてきて、運悪く俺の肘が当たっちゃったんだ。
結局また痴漢って騒がれて、今度は金髪美少女に取り押さえられた。
同じ時間へは二度も遡れないし、為す術もなく駅員室へと連行されてしまう。
俺はそこで必死に言い訳した。
金髪クソ女がよろけて俺を押そうとしたから、それを避けただけだと。
急行が通過する直前だったから、横に避けるしかなくて、そこにたまたま黒髪クソ女が居てぶつかっただけだと。
あくまでも偶然の事故だと。もちろん「クソ女」なんて口には出していない。
弁明し続けているうちに、駅員が俺にタオルを手渡してきた。
いつの間にか泣いていた。
悔しさでも涙が出るんだな。
「本当に事故だったの?」
金髪クソ女が俺の目を見つめる。
「そうだよ」
と答えつつも、明らかに黒髪クソチビ女の方から胸を押し付けてきたという記憶はまだ鮮明だ。
示談金を取ろうって作戦なのか?
でもそういうのって金を持っていそうなサラリーマンとか狙うんじゃないのか?
第一、最初に殺そうとしてきたことを俺だけは覚えている。
こいつらには絶対に屈したくない。
「もう、いいです。なんか泣かれるくらい違うって言われたら、本当にただの事故だったのかもって思えてきたから」
クソチビ女が偉そうに訴えを取り下げる。
駅員は「では念のため」とか言って俺の学生証をコピーしやがった。
そこまでされて、ようやく俺は冤罪から釈放された。
遅れて着いた学校では大変だった。
通学時間帯の出来事だったから当然のように目撃者も居たわけで、俺がいくら「冤罪だった」とか「向こうの勘違いだった」と説明しても、誰もが面白おかしく俺を性犯罪者扱いしやがった。
屈辱的な一日を過ごし、無実の罪で担任にまで注意され、もういっそ不登校にでもなってやるかとやさぐれた気分の帰り道、再びあの二人と出遭った。
というか待ち伏せされていた。
二人は俺を脅す。
また「痴漢だ」と騒がれたくなかったら大人しくついて来いと。
何様のつもりだ、とは思ったが、逃げたり襲ってきたりしなければ俺の学校まで言って誤解をとく手伝いをしてもいいとか言い出したもんだから、俺はとりあえずは従ってみることにした。
でもその決断をすぐに後悔し始める。
俺が連れてこられたのは、古びた廃工場の奥だったから。
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