第88話 エピローグ

 ――旅立ちの日。


「連絡寄越せよ」

「気が向いたらね」

「いやくれよ?こっちはレイがどこにいんのかわかんねえんだから。」

「わかったよ」


 朝早くだからいいと言ったのに、律儀にハンクは見送りに来た。

 もうすぐ現場復帰だそうだ。大きな後遺症は残らなかったようだ、本当によかった。


「ヨア様待ってるのか?」

「うん、話したいことがあるから」


 そう、あの人はもう「ルナ・ソルアラ国王陛下」ではない。

 既にヨア・セブンスになって――いや、戻っている。


 今日、人知れずこっそり城を去るというから、それに合わせてレイも出ることにした。


「わざわざこんな夜明けに出なくてもいいのにな」

「しょうがないよ。昼間だと人気が多すぎるから」


 春の曙は一年で最も心地の良い時間だとレイは思う。


 秋の夕暮れも同じくらい好きだけれど、あちらは少し寂しすぎる。

 感傷に浸るにはうってつけだが、少なくとも今この状況でその情景は似合わない。


 新たな人生のスタートとしては、穏やかな暁の方が相応しい。


「そういや、昨日ルートさんが来たんだ」

「え?ハンクのとこに?」

「うん。しばらく塔を留守にするから、よろしく伝えてくれって」


 そんな。城を出たら真っ先に顔を見せに行こうと思っていたのに。しばらく会えないということか。


「せっかく来たなら声かけてくれればよかったのに」

「たぶん、たまたま鉢合わせたのが俺だっただけだと思うけど。颯爽といなくなっちゃった」


 なんともルートらしいというかなんというか。


「いつかまた会えると良いな」


 きっと彼は生き続けるだろうから。

 せめて死ぬまでにはもう一度会って話をしたいものだ。


 そうだな、とハンクが相槌を打つ。


 不意に、チカ、と視界の隅から旭光が差した。

 同時に、ハンクが「あ」と笑う。


「ほら、来たぞ」


 振り向くと、遠く人影がレイたちのいる門まで歩いてきていた。



 風に吹かれて、深く被っていたフードが外れる。

 朝日に照らされて、長い赤い髪が一際眩しく輝く。


 東の空に有明の月が細く浮かんでいる。

 その月のように、金色の瞳が笑ったのが見えた。

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