第84話 岐路

 ここ数日あったことをきいていると、突如部屋の扉が開いた。


「――あれ、陛下……え!?レイ!!?」


 ハンクの叫び声が部屋中に響く。


「おはよう」

「いやおはようじゃねえよ!!なんでよりによって飯行ってる時に……」


 不意に言葉が途切れて、ハンクの顔が歪んで、つかつかとベッド脇まで歩み寄り、レイに覆い被さるように抱き竦める。


「……心配した」

「ごめん。ありがと」


 ハンクの泣きそうな声などいつぶりに聞いただろう。


 幼馴染が六日も眠っていればそれだけ心配もするか。

 もし立場が逆だったらレイも同じ反応をしていただろう。


 顔を上げたハンクは、わしゃわしゃとレイの頭を徒に掻き回す。


「どっか体調悪いところとかないか?」

「全身が重たくて、頭痛が特に酷い」

「あー、それは、しばらくは耐えてもらうしかねーかも……。

こないだルートさんが来て話したんだけど、魔王の魔が傷口から入って体を蝕むんだとさ。長く寝込んでたのもそのせいじゃないかって」


 ルート。彼も来ていてくれたことに心が温かくなった。


 魔が体を蝕む、か。

 果たしてそれは大丈夫なのだろうか。ある日突然動けなくなったりはしたくない。


「――それって、外から浄化できるものかな」


 そう言ってルナが、レイの額に手を当てた。

 ポワァとあたたかく光って、癒やされていく。日向ぼっこをしているみたいな、のどかな感覚。


 ルナが光を止めた時、依然傷はじくじくと痛んだが、たちの悪い怠さのようなものは消え失せていた。


「少し楽になりました」

「本当?よかった」


 魔に対してはやはり恐るべし女神の力。


「そういえば、魔王は解放したけれど女神の力は残るんですね」


 ハンクが、ポツリと疑問を口にする。


 確か、元来王家が女神に力を授かったのは魔王を抑えるためだった。

 魔王はもう復活はしないのだから、本当はもう必要のない力だ。

 でも。


「今はまだ、女神に縋らなきゃ生きていけない人がいるんだよ。この力は、その人達の救いになる」


 レイたちは女神の秘密を知ってしまったけれど、この国は女神信仰で成立していて、王家は女神より国を任された忠臣なのだ。


 王家が行き場を追われたり、国が混乱したりするのを避けるには、今はまだ大衆に真実は明かすべきではないだろう。


「長続きするといいですけど」


 ハンクの返しはなかなかに的を射ている。


 今は隠しても、いつかは明かさねばならぬ時は来る。

 それまで、どれだけ国を統一し信頼を得られるかが勝負だ。


 新たな国の歴史はまだ始まったばかりなのだから。


「大丈夫だよ」


 ルナは自信ありげに微笑んでみせた。

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