14 この体、好きじゃない

 わたしと君武は、ごくふつうの喫茶店に座っていた。


 あーあ、イヤなことは早くすませてしまおう。わたしはそんな投げやりな気持ちで、君武に「この前はごめんね」といった。


「うん……だけど、その通りかもね。ぼくはいろいろ文句いってたけど、けっきょく学費もパパに出してもらってるしなあ。甘ちゃんだよ」

「それは、だいたいみんなそうじゃないの」

「でもさあ、ペットはやめなくちゃなあ」

 そういって、君武は遠くを見た。


「ところで紅玉、どうしたの。なんだか顔色が悪いよ」

「えっと……やせようとしてて」

「へえ、いいじゃん。どういう風の吹き回し?」

「実は……」

 わたしは、カウンセリングにかかることになった経緯をつらつらと話した。


「……大変だったんだね。話してくれてありがとう。でも、わかるよ」

 わたしは、その言葉にカチンときた。


「なにがわかるの? 男のくせに」

「だって、ぼくもこの体、好きじゃないもの」

「えーっ? 嫌味でいってんの?」


「そうじゃないよ! みんな、まずぼくの表面を見るんだ。それで、自分のイメージとちがったら、すぐに離れていっちゃう」

「人間ってそんなもんじゃないの」


「でもそれじゃあ、誰がぼくの本当の姿を認めてくれるんだす? ぼくは、ずーっと演技しなくちゃならないの? そんなの疲れちゃうよ」

「贅沢な悩みね……でも、わたしは君武が色白で切れ長の目だったとしても、許してあげるわよ」

「ゆ、許すって?」


「そのままよ。お父さんがブサイクだったからといって、イヤなわけじゃないわ。しょーがないわ、家族なんだもの。しぶしぶ受け入れるわよ」

 それはまあ、本音だった。

 わたしは君武がどんな顔だったとしても、気にはしないつもりだ。どうせ中身は変わらないだろうし。


「うーん……それって喜んでいいの?」

「喜びなさいよ」

「じ、じゃあ、ぼくはこの顔を受け入れるよ。紅玉も、今の足を受け入れたらどうだい?」

「えー……」


「だってさ、その大足先生とカウンセラーの人、それからぼく、三人が認めてるじゃないか」

「たった三人よ」

 女医も含めれば、四人かな。


「それ以外で、紅玉に『もっと小さな足のほうがいい』っていってる人はいるの?」

「それは……いないわ」

「ほーらね。三対ゼロでぼくらの勝ちだ。これがきみの周囲の意見だよ。今の足で十分じゃないか」


 ふーむ……まあ、そういわれてみればそうかもね。

 それに冷静に考えれば、人豚症候群になって手足切断だなんて、それこそ本末転倒だし。

 わたし、この足でいいのかも……。


 さらに、しばらくカウンセリングに通っていると、だんだん「手足が邪魔だ」という気持ちはうすれてきた。それに、なんだか女医の大足を見ていると安心した。

 そっか、こういうふうにも生きられるんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る