5 胡仿蘭ちゃん

 ――纏足すべきか、せざるべきか。


 わたしは公園のベンチに一人座って、悩んでいた。

 纏足なんてしたくない。こわい。痛いのはいやだ。歩けなくなりそう。


 でも足の小さな人には憧れるし、自分もそうなりたいって思う。彼氏だってできるかもしれない……あんなヘンな子じゃなくって、もっとキリッとした男の子。わたしをやさしく抱きかかえてくれるような……それに、纏足したら晴瑛と一緒に靴屋さんにいける。とっても楽しいだろうな。


 そんなことをぼんやり考えていると、あの子が歩いてくるのが目に入った。

 大足の胡仿蘭こほうらんだ。

 この学年中で、わたし以外に纏足してない子は、あの子一人だけだった。


 かかとをつけて、きびきびと歩いている。正直、あんな歩き方いやだ。ぜんぜんステキじゃないもん。それに、やせてる。女性は昔から、どこへも出かけずにぶくぶく太ってるのが最高だとされてるのに。あんなの、まるで男の子みたいじゃない。


 そして、あの足。なんであんなに大きいの? わたしより大きいんじゃない? まるで、おしゃれには全然興味ないってかんじ。あー、やだやだ。女を捨ててるのね。


 わたしは、自分の罵り言葉にゾッとした。わたし、ふだんからこんなこと考えてるの? それに、彼女がそうだってことは、わたしもそうだってことじゃない。


 ああ、わたしは身も心も醜い……。


 わたしがじーっと見つめてる視線に気づいたのか、彼女がこっちを見た。わっ、どうしよう!

 胡仿蘭が、大足でどたどたと近づいてくる。彼女は、もう目と鼻の先。そして、わたしたちは同時におなじことを言った。


「――どうしてあなたは纏足しないの?」


 わたしは、彼女と一緒に公園を歩いていた。なぜだかわからないけれど、彼女と話をしているところは誰にも見られたくなかった。


「わたしの名前、胡仿蘭だよ。知ってた?」

「うん……あ、わたしは李紅玉」


「この学年で纏足してないのって、あなたと私だけだよね。ずっと前から気になってたんだ」

「あ、あのっ、じゃあ教えて! なんで仿蘭ちゃんは纏足しないの?」


「する必要ないから」

「ウソ! 纏足しないと、女性扱いされないんだよ。就職したくても、面接で落とされるって聞いてるのに」


「私、家族の仕事の関係で、二ホンで育ったんだよね」

「二ホン?」


「知らないかな。海のずーっと向こうの、小さな島国だよ。ワラジって靴をはいてるの」

 あっ、ワラジだったら知ってる。


 ドキュメンタリー番組で見たことある。足の指にひもをひっかけて、足が丸見え状態になってる靴だ。一緒にテレビを見てたパパは「なんだこりゃ。教育に悪いな」といって、テレビを消したんだった。


「二ホンの人は纏足なんてほとんどしないし、今もずっとワラジなんだよ」

「えーっ、あんなのはいて、大丈夫なの?」


「うん、慣れたらそんなに寒くないよ」

 寒いとかそうじゃなくって、素足を見せるなんて恥ずかしくないのかな。そういう文化なの?


「纏足してない国もいっぱいあるよ。インドとか、普通の人はそんなにしてないらしいよ。アラブでもヒールの高い靴がはやってるけど、纏足するまではいってないでしょ。だから、私も別にいいかなって思って」


「ず、ずーっと纏足しないでいるつもり? 一生?」

「うん、そうだよ――わたし、登山をしたいんだよね」

「登山?」


「これ見て。二ホンで家族と山にのぼってきたんだけど……」

 そういって、彼女はスマホの中の画像を見せてくれた。どこか山の頂上らしいところに、彼女とパパらしき人がいる。その人は、もじゃもじゃ頭で、なんだか変わり者ってかんじ。


「そこから見た景色がすっごくきれいで。もう一度、自分でのぼってみたいの。だから、私は纏足しないよ」

 中国で、登山なんてする女の人は、ほとんどいない。どうしてもしたいって人は、カゴにのったり、男の人に背負ってもらったりしている。


「そうなんだ……でも、周りの人に何かいわれない?」

「いわれるよ。近所の男の子から『大足女』とか『纏足しないなんて、こえー』ってからかわれてるし。でも、私はこの足が必要なの。だから、私は足を縛らないよ」


 彼女の答えは、迷いがなかった。


「紅玉ちゃんはどうなの? なんでしないの?」


 彼女はやさしく聞いてくれたけど、その時わたしは、何も答えられなかった……。


 わたしは、纏足してどうなりたいんだろう。もし纏足しなかったら、何をしたいんだろう。

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