3 靴屋さんにて

 わたしは放課後、晴瑛と街を歩いていた。


 人気のケーキ店のテーブルで晴瑛とおしゃべりをしてると、店に、すごくちっちゃい足の女の人が入ってきた。

 昔から、美人の足は三寸金蓮といわれてて、九センチの足の人が最高だっていわれてる。ほんとに、それくらいのサイズじゃないのかな。つま先立ちで楚々として歩いていた。


 その人はテイクアウトのケーキを買うだけだったらしく、ケーキの箱を受け取って、ゆっくりと店を出ていった。晴瑛がいった。


「ねー、今のひと、すごい美人ね! お腹もだぶだぶに太ってたし。いいなー、わたしもあんなふうになりたい」

「じゃあ、もっと食べなきゃ」


「そうなんだけど、そんなに食べられないじゃん。もうおなかいっばいだよ」

 晴瑛は、二個目のケーキを残して、フォークを置いた。


「そりゃ、わたしもそうだけど」

 といいつつ、わたしはさっきの人を思い出していた。


 女優のようなスタイル。すてきな靴。お尻をふって歩く、優雅な歩き方。憧れないっていえば、それはウソだ。わたしもあんなふうになれたらな。


「あの、纏足のことだけど……晴瑛は、纏足してよかったって思ってる?」


「うん、そりゃそうだよ。だって、大足のままだと、かわいい靴がぜんぜんはけないじゃん。それに、就職で差別されるっていうし……でも、纏足しない生き方ってのもアリだと思うなあ。なんで女だけ纏足しなきゃいけないの? 生理に出産、それに纏足? 痛いばっかじゃん」


 だけど、そういう晴瑛は纏足をしてる……晴瑛は、私に気をつかって、いってくれてるのかな。


「最近、パパとママがうるさくって。纏足しないのもどうかなって」

「ふーん、じゃ、今日は靴屋さんにいってみようよ」


「えっ、わたし、いけないよ。足を縛ってないんだし」

「見るだけならいいじゃん。いこっ?」


 わたしたちは大通りにある靴屋さんにきた。

 きらびやかな刺繍をした靴が、たくさん飾られている。華やかで、とってもキラキラした場所。

 ママが靴を買うときについてきたことがあったけど……わたしは、急に自分の足がみじめで汚いものに感じられた。


「ねえねえ、あれ見て。ドロシー・コウの新作ブランドだよ」

 それはとっても小さくて、ヒールがめちゃくちゃ高いキラキラした小靴だった。


「へー、値段も高そう」

「あれを履いてみようよ」


 晴瑛はそういって、店員さんに試着を頼みにいった。晴瑛は、纏足してからずいぶんと経つ。もう痛みもひいて、歩くのにぜんぜん支障はないようだった。その小靴をはいた晴瑛は、とても大人っぽくてきれいに見えた。


「ねえ、これどう?」

「うん、似合うよ」


「紅玉もはいてみなよ」

「えっ、わたし、無理だって……」


 店員さんが、いちばん大きいサイズの靴をもってきいた。わたしは、それにつま先だけ入れてみた。はいらない。当たり前だけど。

 

晴瑛はいった。

「わたしは、別に纏足がいやだとは思わないなあ。だって、こういう靴をはけるのは女だけじゃん。わたし、男みたいな靴をはくのはイヤだよ」


「そうだね……」


「強制されてるって思うから、イヤになるんじゃない。もっと楽しめば?」


 それは、とてもちっちゃい、きれいな靴だ。

 もしわたしが纏足しなければ、それは永遠にはけないまま。そして、そのタイムリミットはもうすぐ。

 高校生くらいになったら、もう骨が固まって纏足するのは難しい。


 晴瑛は、わたしが纏足してもしなくても、きっと仲良く付き合ってくれるだろう。それはいいんだけど……。

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