第13話 嫉妬
翌日からの私の一日の行動は以下の通りだ。
朝、修二くんと一緒にSHELに行く。「会議室」で榊原先生をはじめとしたSHELのメンバーと打ち合わせする。そのあと修二くんたちは実験へむかい、私はそのまま会議室を占拠する。会議室で勉強していると、研究の相談だったり、場合によっては単なる雑談だったりでちょくちょく人が訪れる。実験の人たちは機械にふりまわされているので、隙間の時間をいかに有効に使うか工夫しているようだ。
私は「会議室」に居るよう厳命され、トイレと図書室くらいしか行けるところがない。「聖女効果」の影響を防ぐため、実験ホールはおろか制御室にも入れてもらえなかった。ついでに言っとくと会議室には自分のパソコンを持ち込んでいるから、実験制御用のPCへのリモートログインは可能だ。それを言ったらパスワードを変えられた。
まあ私には前科があるからしかたがない。
昼食をはさみ午後も会議室で研究して、他の人には悪いけど午後4時すぎに帰宅する。帰りにスーパーに寄って食材を買い込む。
のぞみのくれたレシピ通りに夕食の下ごしらえをし、時間調整に勉強し、午後7時位にSHELに修二くんを迎えに行く。
修二くんと夕食をとり、実験に問題がなければ夫婦の時間をすごす。実験上必要があれば私の運転で修二くんをSHELまで送る。夜の東海村は空気がしっとりしていて、気をつけないと夜露で衣服が濡れてしまいそうな気がする。修二くんが施設内に姿を消すと、急に虫の声が聞こえてくる。昼間がとんでもなく暑い東海村にも確実に秋が訪れている。
SHEL滞在三日目に伊達先生と高木さんがやってきた。時間的余裕がある私が、修二くんの車を借りて東海駅まで迎えに行く。駅で二人をまっているとき、一年前に新発田先生が迎えに来てくれたことを思い出した。こちらの滞在中に、かならずお見舞いに行こうと思う。お嬢さんたちにも会いたい。
高木さんが「聖女様~!」と叫びながら走ってきた。いいんだけどその呼び方は恥ずかしいからやめてほしい。後ろから伊達先生が手を振りながらやってくる。
「いやぁ唐沢さん、元気かね」
さすがは伊達先生、私の名前を正確に言ってくれる。
「実験できるようになったの?」
前言撤回、がっかりである。
「いえ、理論面からの打ち合わせです」
「ふーん」
伊達先生のSHEL出張の目的は、中性子分光器に強い電磁石を組み込むこととのことだ。中性子散乱実験では、サンプルに当てる中性子線、サンプルから散乱される中性子線の進路をあけるように電磁石を配置しなければならない。電磁石からサンプルまで少し距離ができてしまうのでどうしても磁場が弱くなる。分光器のサイズの問題もあり、電磁石のデザインにかなりの制約がある。
超伝導磁石でも出せない強い磁場を発生させるには、ごく短い時間強い電流を電磁石に流す。時間的に短くしかできないのは、発熱の問題である。SHELの中性子線は50分の1秒毎にサンプルに当てられるので、この周期にあわせて電磁石に電流を流すことで強磁場下での中性子散乱実験ができそうなのだ。この電磁石の実用化を伊達先生は画策しているのだ。
伊達先生はこの分野で日本一だから、その説明はとてもわかり易かった。
「唐澤さん、これで超伝導の実験、やりたいでしょ」
伊達先生はそう言って説明をしめくくったあとで付け加えた。
「そうそう、明日、木下さん、来るよ」
「え、ホントですか?」
「サプラーイズ!」
これは聞いていなかった。伊達先生によれば、優花は就活の関係で今日一日どうしてもはずせなかったらしい。
「悪いんだけどさ、明日もう一度、木下さん迎えに来てあげてよ」
お安い御用である。のぞみもきっと喜ぶ。
優花も交えたSHEL滞在は楽しかった。修二くんはいままで全然会えなかった優花と時間を過ごすよう言ってくれるが、優花は優花で私に修二くんとゆっくりするよう言ってくれる。友人関係を大事にしてくれる配偶者、配偶者との時間を重視してくれる友人、私は幸せだ。どちらも両立するため、優花を夕食に招く。もちろんのぞみもだ。
夕食後、優花が部屋においてある戦車のプラモデルに気づいた。
「修二くん、これって、あのアニメのプラモデルよね」
「う、うん、そうだけどよく知ってるね」
「健太も好きなんだ。私映画館までいかされた」
「ああ映画館いいよね。大迫力で」
ふーん、修二くんは映画館まで行ったんだ。どうせお父さんの差し金だろう。
「聖女様、このアニメ見たことあるの?」
「無い」
「じゃ、今から見よう! 旦那様の趣味は理解しておかないと」
別に見たくはないが、急に修二くんが機敏に動き出し、ブルーレイだかDVDだかをパソコンにセットし、第一話を見させられた。
見終わったあと、私は修二くんに聞いた。
「で、どの子が好みなの?」
「いや、どの子ってんじゃなくてストーリーがね」
「ふーん」
微妙な空気を察知したのか優花とのぞみはSHELの宿泊施設まで帰ると言い出した。私が車で送ろうとしたが、
「夜危ないよ。僕が行くよ」
などと修二くんが言い出したので任せた。
髪が黒くて長い子が怪しいと思う。
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