第19話 世界の番人

――起キナイ

――起キナイ

――皆ガ 困ッテ イル


 気持ちよく寝ているのに何かが邪魔をしていた。ザワザワしていて安眠妨害これ極まりだった。


――頑固ダ

――スゴク 頑固ダ

――ヨク 似テイル


――本当ニ ヨク 似テイル

――彼モ 頑固 ダッタ


 彼って誰だ?と、いうか五月蝿うるさい。眠りたい。もう少し眠りたい。邪魔をしないでくれ。


――姫ガ 泣イテ イル

――ズット 泣イテ イル


 ああ、ファーレンシアが泣いている。それはとても不本意だ。困る。一番困る。


――泣カセテ イルノハ オ前ダ

――オ前ガ 悪イ

――オ前ガ 悪イ


 責めるくらいならどうすればいいのか教えてくれ。彼女を泣かしたくない。彼女は笑顔がいい。いつだって彼女の笑顔に癒された。


――起キロ

――起キロ


 不意にカイルは目が覚めた。

 覚めたと思ったが、そこは現実ではなかった。白い空間で何もない。まるで別世界に迷い込んだようだった。

 なんだろう。ここは。


 カイルはあたりを見回した。手がかりらしい物は何もない。

 夢の中だろうか?

 起き上がり、歩き出してみたが、際限がなくカイルは歩くことを諦め、その場に腰を下ろした。

 さて、困った。

 こんな経験は初めてだった。明晰夢めいせきむかと思ったが違うようだ。さっきのザワザワうるさかった集団はなんだったのだろう。


――ウルサク ナイ

――ウルサク ナイ 

――失礼ダ 

――失礼ダ

――彼モ 失礼 ダッタ 

――ソックリ

――彼ニ ソックリダ


 うるさかった集団が戻ってきてしまった。

 カイルは顳顬こめかみをおさえ、息をついた。これが唯一の情報源っぽいが、子供がわいわい取り囲んでいるイメージだ。

 思念がすごく幼いのだ。

「うるさいから、代表が喋って」

 ザワザワとする。それはまるで話し合っているかのようだった。

 代表が喋れとは難易度が高い要求だったのだろうか?


――ウルサク ナイ


 おっ、ザワザワしているが声は単発になった。

「よくできました。そのまま代表だけ喋って」


――ヨク デキル 代表


 この意識は幼く、語彙ごいが少ない。

 うわー、情報を引き出すのにどのくらいかかるんだろう。カイルは気が遠くなった。とりあえず質問をしてみることにした。

「ここはどこ?」


――番人 ノ 領域


 意外なことに答えが返ってきた。本当によくできる代表かもしれない。

「番人って何?」


――番人 ハ 番人


 前言撤回。

「なんで僕はここにいるのかな?」

 期待しないで質問を投げる。


――番人 ガ 捕マエタ


 なんですと?

「何で番人が僕を捕まえたの?」

 今度は沈黙が長かった。


――…………餌?


 回答内容も酷かったが、なぜ疑問形なんだろうか?番人が餌のために捕まえた。ちょっと救いのない内容だった。

「番人が僕を食べるのかな?」


――番人 ハ 食ベナイ


「じゃあ誰が食べる予定なの?」


――でぃむ・とぅーら


「はあ?!」

 まさかの固有名詞がふってきた。

「ディム・トゥーラが僕を食べるのか?」


――食ベル? 食ベナイ? しるびあ ノ あいり ノ オ菓子?


 意味が不明すぎる。カイルは考えこんだ。アイリのお菓子とシルビア。アイリのお菓子――シルビアが喜ぶもの。シルビアの袖の下――

「釣り餌か?!」


――釣ル 釣ル 絶対 食ライツク 大漁 大漁 絶対釣レル。


 大漁なんて言葉をどこで覚えたんだ。そもそも観測ステーションにいるディム・トゥーラをなぜ釣るのか。

「なぜディムを釣るの?」


――でぃむ・とぅーら 強イ


 ディム・トゥーラが強いのは精神感応テレパスだ。精神感応テレパスが強いから釣るらしい。

「まあ、中央セントラルのエリートだからね。でも強いならファーレンシアだってそうでしょう」


――姫 ダメ 姫 ダイジ


「ファーレンシアは大事で僕達は?」


――大事 ダケド 大事 ジャナイ


「……ひどい扱いだ」

 カイルは脱力した。

「で、君たちは何かな?」

 今度は沈黙が恐ろしく長かった。


――ヒドイ


 すごく責められている。正体がわからないことを本気で悲しんでいる想念だ。


――ヒドイ


――頑固ダ

――ヒドイ

――しるびあ ノ方ガ 優シイ

――ヒドイ

――無関心

――頑固

――彼ハ ヒドクナカッタ


 非難の嵐である。シルビアやアイリやディム・トゥーラをなぜか知っている存在だ。


――ヒドイ

――鬼 ダ

――鬼畜 ダ


「鬼だの、鬼畜だの、大漁とかいったいどこで語彙ごいを仕入れて……ウールヴェか!」


――ヒドイ


「お前はトゥーラだな。ごめんごめん。悪かった」


――ヒドイ


「戻ったらアイリのお菓子をあげるから」


――許ス


アイリのお菓子は無敵だった。

「番人の領域から出たいんだけど?」


――ムリ


「そこをなんとか」


――餌 ダカラ ムリ


「ディム・トゥーラを釣るのは無理だ。彼はエトゥールにはいない」


――イル


「はい?」


――怒ッテイル 殴ル 絶対 殴ル 殴ラレル


「え?何その不吉な予言」


 唐突にウールヴェ達の気配が消えた。

「トゥーラ?」

 カイルは自分のウールヴェに呼びかけたが、完全に気配は消失していた。あたりは静まりかえっている。出られない空間にカイルは一人取り残された状態だった。

 カイルは諦めの吐息をつくと、今入手した情報の吟味を始めた。


 番人の領域――『番人』とは何だろう?

 どうやって自分を捕まえたのか。

 多分、西の民との同調酔いで防御が落ちた時だな、とカイルは推測した。

 番人はなぜか自分を餌にディムに接触しようとしている。

 これが、わからない。彼は精神感応力は中央トップレベルの実力だ。だが、ファーレンシアも似たようなものだ。

 ファーレンシアは大事だからダメというウールヴェの見解は、何か危険なリスクのある行動をとらせたいようにも思える。と、同時に『番人』はエトゥールの妹姫を気遣い、エトゥールの敵ではないことになる。


 あの悪意があり、エトゥールを戦乱に追い詰めようと巧妙な策を弄す存在ではないようだ。

 そもそも現実ではどのくらい時間がたっているのだろうか。考えたが答えはでなかった。

 ウールヴェが多少会話ができ、この領域に出入りできるのなら、シルビアかファーレンシアと連絡を取ることはできるかもしれない。そう考えたが、ウールヴェとの経路は完全に遮断されていた。

 ウールヴェとの交流が『番人』とやらにバレたのだろうか。


「――っ!」


 いきなりの激痛とともに大量の映像が意識に流れ込んできた。それは明らかに時系列がめちゃくちゃだった。


 エトゥールの街が作られていくかと思えば、次にはエトゥールの周辺の豊かな田園地帯が砂漠に近い荒野になっていた。


 知らない男女が言い争いをしていた。


 次にはウールヴェを肩に乗せた子供が砂漠を歩いている。


 場面が次々とめまぐるしく変わっていく。カイルは目眩を感じた。周辺が暑くなり、急に冷えたりもしていく。


 王都は消滅していた。


 大地は凍りついていた。


 飢えていく人々がいた。


 疫病の蔓延で死を待つのみの人々がいた。


 食糧をめぐり醜い争いが起きていた。


 ファーレンシアもセオディアもアイリもミナリオも皆死んでしまった。


「――違うっ!」

 ファーレンシアやセオディアは生きている。


 サイラス・リーがなぜか地上にいた。森で不気味な生き物と戦っている。


 クトリ・ロダスが山を指差し何かを言っていた。


 イーレが血まみれで倒れている。


 森が燃えていた。


 感情をあまり表さないシルビアが泣いている。


 人も場面も時代も無秩序だった。


「僕に干渉するなっ!」


 これは同調だ。強制的に他人が持っている膨大な情報が流れ込んでくる。カイルは身を守るため、遮断しようとしたが妨害された。

 他人の記憶に侵食され、自我が犯されていく。


――このままだとまずいっ!

 

 強烈な吐き気と頭痛が限界を示していた。先に待つのは自我の崩壊による発狂だ。

 永遠に続くかと思われた映像はいきなり途切れた。


 いないはずのディム・トゥーラが立っていた。



 ディム・トゥーラが同調を遮断してくれたことは、間違いない。彼はゆっくりとカイルに近づいてきた。夢でも幻でもいい。それが信頼しているディム・トゥーラであることに、カイルはほっと息をついた。

「……ディム?」

 ディム・トゥーラは座り込んでいるカイルの目の前まで来た。彼の姿は、夢とは思えないリアルさがあった。

 次の瞬間殴られ、ウールヴェの予言は成就した。



 殴った本人の方も驚いていた。手をみつめ、感心するかのようにつぶやいた。

「すごいな、この空間領域では実体化しているようだ。どういう仕組みになんだか……」

「……僕を殴って確かめないで」

 手加減がまったくなく、精神だけのはずなのに、肉体を伴っているかのように痛みがあった。

 カイルの抗議は藪蛇やぶへびになった。怒りの波動をまとってディム・トゥーラに見下ろされ、にらまれた。

「……あ?ウールヴェにふざけた名前をつけやがって、足りないくらいだぞ?」

「なんで知ってるのっ!」

「なるほど、バレなきゃいいと思っていた確信犯か?」

「ごめんなさいごめんなさい」

 会話を交わしてカイルは事態に気づいた。目の前に立つ人物を凝視する。

「え?本物のディム?」

「何を今更……」

「餌に釣られちゃダメでしょう!」

「何の話だ?」

 ディムはあらためて辺りを見まわした。

「で、ここは何だ?何と同調した?」

「よくわからない。ウールヴェは『番人の領域』と言っていた」

「番人?」


――――ようやくそろった


 唐突に声が響き、二人は身構えた。声は空間全体に響いていた。

そろっただと?」


――――この者が囚われなければお前はこなかった。


「は?」

「だから言ったでしょ。僕はディムを引きずり出すらしいよ」

「こんな不味まずえさなんかいらん」

「……言い方……」


――――事実、きただろう


きだ」


――――まいた種は刈り取れ

――――お前達のせき


「まいた種とはなんだ?カイルが地上におりたことか?」


――――違う


「じゃあ、なんだ?」


――――お前たちが狂わせたすべてだ


「狂わせた?」

 カイルは呆然とした。心当たりはない。だが見えない圧が押し潰そうとするかのように、じわじわと増える。やがて圧が止まった。ディム・トゥーラがひそかに周囲の遮蔽しゃへいを強化したようだった。

「カイルを地上に転移させたのはお前か?」


――――そうだ


 カイルは背筋が凍った。衛星軌道から自分を転移した驚異的な力をもつ存在がここにいる。すべてがここから始まっているのだ。

「目的はなんだ?」


――――大災厄だいさいやくを止めろ


「……大災厄って何?」とカイルが問う。


――――お前達は知っている

――――知っているのに止めなかった大罪たいざい

――――許されない


 知っているか、とディムが目線でカイルに問い、カイルは首をふった。が、カイルは思い出した。

「初めてあったときにファーレンシアが滅びの前兆の夢を見ると言ってた」

 心当たりはそれしかない。

「サイラスの確定座標への着地を妨害したのもお前か」

「は?」

 確定座標への着地を妨害?カイルは知らない間に起きている事件に耳を疑った。それはありえないことだった。


――――必要だから飛ばした


「必要だと?」


――――お前は地上にしばる存在がなかった

――――大災厄を止めねば、あの子供も死ぬ 


「子供?」

 カイルは訳がわからずディムを見たが、ぞっとした。彼は怒っていた。間違いなく彼の逆鱗げきりんにふれたのだ。

「地上への干渉は禁じられている」

 低い声でディム・トゥーラは応じた。


――――それはお前達の世界の法だ。関係ない。

――――大災厄は迫っている


「止める義理はない」


――――子供が死んでもか?


「くどい!」

 冷淡に言い切る彼の心情は真逆であることをカイルは気づいていた。

 カイルの脳裏に先ほどの映像が蘇った。ファーレンシアもセオディアもミナリオもアイリも死んだ世界。あれは大災厄後の世界なのか?未来の世界なのか?

「まってくれ、あれはエトゥールの未来なのか?僕に見せた映像はそうなのか?」


――――そうだ


「何をみた?」

「エトゥールが消滅していた。人が飢えて死んでいく。あれを回避するには何をしたらいい?」

「カイル!」


――――大災厄を止めろ


「拒否したら?」


――――永遠にこの場にとどまるといい。滅亡の日まで


 ディム・トゥーラが激怒しているのはわかった。だが次の一言はカイルの予想を越えていた。彼はにやりと嗤って言った。

「エトゥールの姫君も一緒にか?」

「え?ファーレンシア?」

 カイルの方が激しく動揺した。

「なんでファーレンシアがいるんだ?巻き込んだのか?」

「お前、この修羅場しゅらばの最中にどっちの味方をしているんだ?」

 呆れたようにディムが言う。

「当事者なんだから巻き込むのは当然だろう?」

「それとこれは話が別だろう。この腹黒番人をやり込めるのに、ファーレンシアを巻き込むのは間違っている」

「腹黒番人とはなかなかいいネーミングだ。おい、腹黒番人、エトゥールの姫君にお前との会話は筒抜けだ。俺と姫君は繋がっているからな」


 いきなり風が吹き抜けたような印象があった。


ちっ、とディム・トゥーラは舌打ちをする。

「――この野郎。姫をはじきき飛ばしやがった」

「なんだって⁈」




「ファーレンシア様!」

 のけぞって意識を戻した自分をシルビアはしっかりと支えてくれた。ファーレンシアは息をついた。

「……カイル様が同調しているのは精霊です」

「え?」

「私は跳ね飛ばされました。もう一度戻ります。シルビア様、先ほどと同じようにお願いします」

「大丈夫ですか?」

「ディム様の見様見真似みようみまねですが、いきます」

 この対立は絶対に止めなければならない。ファーレンシアはカイルとディム・トゥーラの痕跡をたどるために目を閉じた。



「姫に聞かせるには後ろめたい、ってか。子供を盾にする卑怯な行為は」

「ディム、ファーレンシアは?」

「問題ない。遮蔽しゃへいはかけてある」

 カイルはほっとしたが、彼の精神感応能力に舌をまいた。彼は自身とカイル、ファーレンシアに遮蔽をほどこし、かつ番人の領域で自我を保つ安全地帯を作り出している。しかも彼はブチ切れという言葉がふさわしいほどの精神状態だ。それでもカイルとファーレンシアに対する繋がりは維持されている。

――イーレ並みに最凶すぎるだろう

「やかましい」


 筒抜けだった。


 ディムは見えない番人に言い放つ。

「人をこまのように操れるとは思うな。人を利用するな。思い通りにするには選択を誤ったな」

 カイルは彼の言葉に何かが引っかかった。駒――盤上遊戯ばんじょうゆうぎ。だがこの存在からは悪意は感じない。やり方が強引なだけだ。強引すぎてディムの怒りを買った。

 ディム・トゥーラは何かに気づき笑い出した。

「弾き飛ばした姫は、自力で戻ってきたぞ。しかも同調をマスターしてだ。聞かれたくなかったようだが、無駄だ」

 カイルはギョッとした。こんな短時間で能力が開花するなど異常すぎる。場の影響なのかカイルにはわからなかった。

「なんでそんなに冷静なの⁈ あきらかにおかしいだろ⁈」

「規格外はお前で慣れている」

「いや、全然違うでしょ⁈」

「姫は何度でもくるだろう。俺の遮蔽しゃへいはやがて切れ、本人の身体に負荷がかかる」

 ディムは番人がエトゥールの姫に手を出せないのを正確に見抜いていた。

「俺達を足止めするなら、大災厄だいさいやくより先に姫は死ぬな。子供と等価交換だ」

「彼女を巻き込まないでくれっ!腹黒すぎるだろ!」

「最高の褒め言葉だ」

「ちーがーうー!」

「ほら、来たぞ」


 いつのまにかファーレンシアが立っていた。

「彼等を巻き込んだのは、兄と私ファーレンシア・エル・エトゥールの責です」

 静かにファーレンシアは訴えた。

「大災厄が己の力で回避できない時は、滅びを受け入れる覚悟はできています。ですからメレ・アイフェス達に強制させることは、本意ではありません。どうかご理解を」


――――彼等がいなければ大災厄は回避できぬ


「ならば、滅びは運命です。自然のあるべき姿ではありませんか?」

「僕達がいれば回避できるのか?」

 カイルが割り込んだ。


――――できる


「どうやって?」


――――隠された痕跡を探せ。


「もっと具体的に」


――――誓約により言えぬ。大災厄を止めるか?


 誓約?誓約って何だ?

 カイルは交渉の糸口を手放すつもりはなかった。

「止めてもいいが、こちらも条件がある。地上に降りたシルビアの帰還は邪魔しないでくれ」

「サイラスも降りている」とディムが囁く。

「僕以外の人間の帰還を邪魔しないなら協力する」

「お前を含めないでどうする!」

「この番人は僕を返す気はさらさらないよ。この条件がのめないなら僕はこの空間を出ない。滅亡は止められない。さあ、どうする?」


――――本人が望む帰還なら邪魔はしない


「確定座標に干渉するな」とディム。


――――それはわからない。必要な場所に飛ばす


「必要だと?」


――――お前が子供と縁を結んだように全ては必然だ


カイルは問いただす。

「もう一つ聞きたい。エトゥールを滅ぼそうとしている存在だ」


――――については関知していない。あれはあれの思惑で動いている


「同族じゃないのか?」


――――違う


「敵対してもいいんだね?」


――――エトゥールを守れば、自然と対峙する。気をつけるといい


 最後の奇妙な忠告の言葉とともに番人の領域は消失し、あとには静寂が残った。



 正常に戻ったカイルの精神領域でディムは空を仰ぎ、カイルは床に手をつき脱力した。強大なプレッシャーは、領域とともに消失している。

「あれは……何?」

「精霊です。『世界の番人』とも言われてます」

「ファーレンシアが聞く声と同一?」

 ファーレンシアは頷いたが、戸惑ってもいた。

「こんなにはっきりと言葉が聞こえて、会話を交わしたのは初めてです」

「多分ディムが居たからだ。あの中で自我を保つのは難しいと思う」

 姿形がない存在――確かにその通りだ。今までファーレンシアが説明しようとしていた事柄ことがらをはっきりとカイルは理解した。あれほど忌避していた精霊鷹が可愛く思える。

「大災厄については?」とディムが問う。

「大災厄がきてエトゥールが滅びると言われてました」

 ファーレンシアが淡々と告げる。

「事実なのか」

 少女は頷いた。カイルは驚いたようにファーレンシアを見つめた。

「滅びの前兆の夢を見たって、このこと?」

 またもや、ファーレンシアはこくりと頷いた。

 国の滅亡など、少女が背負うには重すぎる未来ではないだろうか。

 カイルは決心した。

「番人がどうして僕を指名したのか、わからないけど、やってみるよ。大災厄を止める」

「カイル!安請け合いをするなっ!」

「安請け合いじゃない。ディム、協力してくれるだろう?」

「俺は協力するなんて一言も言ってないぞ」

「言ったよ」

「言ってない」

「僕が帰るまで支援追跡バックアップをするって言ったよ」

 カイルはディムを見上げた。

「僕が帰れないから、支援追跡バックアップは続行だよね」

「――」


 ディムはまじまじとカイルを見つめた。

「……………………お前は悪魔か?」

「たまに言われる」

 ディムは大きなため息をついた。

「姫を連れて、とっとと現実世界に戻れ。今後についての話はそれからだ」

「わかった」

 カイルは立ち上がって、ファーレンシアを見つめる。

「ファーレンシア、来てくれてありがとう。いつも助けられる」

「……いえ」

 カイルは辺りを見回した。それから首を傾げる。

「どうした?」

「……起き方がわからない」

 いつも同調する側だったので、対象の精神領域から離脱することばかりだった。番人の同調が長かったせいもある。自分の精神領域からどうやって離脱すればいいんだろう。

 ディム・トゥーラは、呆れたようにカイルを見つめた。

「……世話がやける。俺が弾き飛ばすか」

 同調を解消するには本人の意思か、感情の乱れだ。

 カイルに強い衝撃を与えるものは何か。

 ディム・トゥーラはちらりとファーレンシアを見つめてからカイルに笑った。こういうことは不意打ちに限る。


「……よし、わかった。一応、お前に選択権を与えよう」

 ディムはカイルの両肩をぽんと叩いた。いつもと違い、やけにその叩き方が優しく、カイルは警戒した。

「どんな?」

「提案は二つだ」

「うん?」

「ステーションにある絵を姫に見せるのと、燃やすのとどっちがいい?」

「ちょっと待ったああああああ!!!」



「――!」

 部屋の天井が目に入る。今度は夢か現実か?

 ファーレンシアが覗きこむようにカイルを見つめていた。カイルが目覚めたことにほっとした表情を見せ、それからポロポロと泣き出した。

「目覚めました」とシルビアが告げる。

『これで起きないなら俺は引退する』

 ディム・トゥーラの声が聞こえる。無事に同調から解放され現実に戻ることができたのだ。

「ディム」

 カイルは寝たまま呼びかけた。

「ありがとう」

『ウールヴェの件は許したわけじゃないからな。疲れた。寝る。全員一日騒ぎを起こすな』

「……うわ、不機嫌」

「当たり前です。誰のせいだと思っているんですか。あなたも安静ですよ」

 カイルの生体反応バイタルを追いかけながら、シルビアも冷淡に告げる。既視感のある光景だ。

「ファーレンシア様もお疲れでしょう。ご協力ありがとうございました。ゆっくりおやすみください」

「あ、はい……あの……カイル様に一つ質問が……」

「?」

「すてーしょんの絵とは、何ですか?」


 しっかり聞かれているっ!!!


 ディム・トゥーラはウールヴェの名付に怒っていた。これは彼のささやかな復讐なのだ。なんたる罰ゲームだ、とカイルは嘆いた。

「……今度、話すよ」

「約束ですよ?」

 カイルが頷くと、少女は涙をぬぐい微笑んで立ち上がった。

「おやすみなさいませ」

「おやすみ、ファーレンシア」


 少女が立ち去ると彼女のそばにいた白い大きな獣が寝台にあがりこんできた。

「?」

 純白の狼もどきが、我が物顔でカイルの枕元を陣取る。

「……何これ」

「貴方のウールヴェです」

「はい?」

 いやいや、僕のウールヴェは手のひらに乗るよく惰眠をむさぼる可愛い奴で……


――――ヒドイ あいり ノ オ菓子 追加


 間違いなくウールヴェのトゥーラだった。



 世界の番人との対話から一夜明けたあと、カイルの部屋にシルビアとサイラスは再び集まった。

 専属護衛達には席をはずしてもらう。

 番人の領域であったやり取りの「大災厄」を簡単に漏らすことはできないからだ。

「ふーん」

 関心がなさそうにサイラス・リーは聞いていた。が、違った。

「その番人とやらを殴るにはどうしたらいい?」

 かえってきた台詞が物騒すぎて、カイルは内心、冷や汗をかいた。

「サイラス、ここの会話も筒抜けだと思うから物騒な発言はやめて」

「世界の番人にこっちの感情も筒抜けかね?」

「サイラスの感情は?」

「『とりあえず一発殴らせろ。話はそれからだ』」

「……師匠の影響を受けすぎだよ……」

『さすが、わが弟子』

「イーレもあおらないで」

『俺の分も追加で』

「ディムがブチ切れたことはよく理解しているから、元に戻って」

 カイルは頭が痛くなった。誰も世界の番人に協力的ではない。

 当たり前だと言えば、当たり前だ。世界の番人は、絶対者であるかのように――事実、絶対者なのだろうが――カイル達に大災厄に対峙するように強要してきた。

 だが、カイル以外は地上に無関心であることに気づいていない。いや、気づいているかもしれない。

 だから、ディム・トゥーラと『子供』の関わりを突いて、結果、彼を激怒させたのだ。

 前途多難な幕開けだった。しかし、カイル自身が精霊に強い拒否感があるから、人のことはあまり言えなかった。


『今、クトリに地上の観測データをまとめさせている。大災厄が地震か噴火かはたまた津波なのか、可能性は一つずつつぶす予定だ。中央セントラルの量子コンピューターにかければ自然災害は予測できる』

「あとの可能性は戦争かそのサイラスが遭遇した魔獣がらみとかかな?」

「疫病かもしれません」

「戦争なんてこの世界日常茶飯事じゃないのかい?」

「それを私達に止めろとは違和感がありますね。多分違うでしょう」

『それから、中央セントラルが取締りにでてきた場合、ステーションからの援助ができなくなる可能性があることを留意してくれ。そこで先手をうってイーレを地上にろす』

 え?と地上組が驚く。イーレの地上嫌いは研究都市でも有名だったからだ。

「いいんですか?イーレ」

『しょうがないでしょ。指揮系統がなくなるのは困るでしょ?それにね、私、世界の番人が気になっているのよね』

「何が気になるの?」

『彼、誓約があるから語れないって言ったんでしょ?誰とどういう誓約をしたのかしら』

「……考えてみなかった」

『確定座標を必要な場所に飛ばすというなら、それは大災厄の回避のヒントでもあると思うのよ。私が降りるのが王都の確定座標か、どこに飛ばされるか楽しみね』

「危険な場所だったらどうするのさ」

『え?私になんか心配な要素あるの?』

「ない……の……かな?」

「なぜ、疑問形」とサイラスが突っ込む。

『私がおりるまでに番人の伝承でも集めておいてちょうだい』

「やってみる。明日、セオディア・メレ・エトゥールと話す予定だから、その時間だけあけておいて」

『わかった。口を出す気はないからそのつもりで』

「了解」

『あ、そうそう。ディムが貴方の絵を地上に持っていけとしつこいんだけど、本当にいるの?』

「僕が悪うございました。許してください」


カイルは全力で謝った。







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