第18話 王都での合流

 予定より時間はかかったが、サイラス達はようやくエトゥールにたどりついた。

 王都エトゥールはサイラスの想像より遥かにでかかった。

 王都に入る手続きは全部リルがやってくれた。途中の街や村で語った身分――子供の商人見習いが初の買付のため護衛傭兵と王都に来たという設定だったらしい。サイラスはリルに言われた通り、エトゥール語がわからない東国イストレ人のふりをして、無言を貫き通した。


 リルは商人がよく使う宿を覚えていた。二人はとりあえず宿をとると荷馬車を預けて城下を散策することにした。

「商人だと王都エトゥールに店を持つことが夢なんだよ」

 リルは楽しそうに説明する。確かに王都は魅力的な場所だった。

「リルも将来は店を持つのか?」

「うーん、店もいいけど、いろんなところにもいきたいなあ」

「そりゃいい」

「今、王都に異国の賢者メレ・アイフェスが二人いるらしいよ?その人たちがすごくてねー、戦争に勝つように助言して、けが人も治して、なんと西の民まで説得しちゃったんだってぇ」

「……西の民?」

「西国のとても強い人達、エトゥールと仲が悪かったんだよ」

「……へぇ」

 サイラスの反応はやや遅れたものになった。

 戦争に加担して、けが人を治療した二人組に心当たりはあるが、それが噂になっているとは計算外だった。さらに西の民の説得とはどういうことだろうか。

「それは有名な話かい?」

「有名、有名、超有名。最近の話題はそればかりだよ」

「……」



「これって……影響を与える、どころか与えすぎてないか?」

『……言うな……頭が痛い……』

「その問題児と連絡は?」

『……応答はない』

「生きてるのかねぇ?」

『……だから、そういう不吉なことは言うな。生体反応バイタルは正常だ』

「シルビアは?」

『遠距離すぎる。彼女は精神感応者じゃないから通信機を介在しないとダメだ』



「サイラス、これからどうするの?」

「さて、どうしようかねぇ……」

 王城の出入り口は当然警備が厳重だった。一介の商人が入れるレベルではない。



「これ正面から行ったら玉砕すると思うけど?」

『……まあ、そうだな……』



 サイラスは考え込んだ。正攻法では無理、と彼は結論に達した。

「じゃあ、リル。王都の美味おいしいものでも食べに行こうか」

「え?いいの?」

「いいの、いいの。腹が減ってはいくさができぬ、って言うんだよ」

「え?エトゥールといくさをするの?!」

 サイラスは笑いながら歩き出した。


******


「シルビア様!!」

 ファーレンシアがシルビアを探しにきた。

「シルビア様に客人がおとずれています」

「客人?」

 シルビアに心当たりなどはない。

「客人が今、エトゥールにたどりついたと」

「それは、精霊が告げたのですか?」

「はい。カイル様を起こすことができる人とのことです」

「!」

 ディム・トゥーラが事態に気づいて降下してきたのだろうか?

「ど、どこに?」

「街です」

 なぜ街に?確定座標は精霊樹のそばのはずだ。何か変だった。

 だが、精霊が助言したのなら、その人物を探し出すべきだと、シルビアは本能的に感じた。

 ファーレンシアは、すでに外出用の外套を手にしており、シルビアに渡した。

「……私もご一緒してもよろしいですか?」

「もちろん。一緒にさがしてください」


 ファーレンシアが上空の赤い鷹を指さす。


――精霊鷹。

 鷹は彼女達の歩調に合わせるかのようにゆっくりと羽ばたく。城から城下に降りていく。ファーレンシア達は護衛と共にそれを追いかけた。

「西の民の事件の時も、同じように導いてくれました」

 ファーレンシアが早足で移動しながらシルビアに伝える。それは安心できる情報だ。

 街の中心部の宿が密集するエリアにたどり着く。

 やがて赤い鷹は一つの建物の屋根にとまった。それ以上、移動する気配がない。

「ここでしょうか?」

「そうみたいです」

 建物の内部から、とてもいい匂いがしていた。

「私にはよくわかりませんが……これは食堂ですか?」

「食堂です。わりと城下で人気の店ですが……」と、護衛として同行したアイリも戸惑いを隠せないでいた。

 なぜ食堂……。

「でも精霊がおっしゃるなら……間違いはないですね」

「はい」

 ファーレンシアが頷く。

「先に安全を確認させてください」

 そう言って、アイリと護衛達が先に店に足を踏み入れた。それから店の中を確認し、ファーレンシア達に頷いてみせた。

 シルビア達は店の中に入ったが、食堂の店員は近衛の紋章がはいった護衛達にぎょっとしたようだった。店はにぎわい混雑していた。

 シルビアは店の中を見渡し、一番奥にいる長い黒髪を背中で束ねている男を見つけだした。

「サイラス⁈」

 男は近づいてくる集団に食事の手をとめた。彼の連れなのか子供の方はびっくりしている。

「シルビア?よく、ここがわかったね?」

「教えてもらったので。話したいことがいっぱいあるのですが……なぜ食堂なのです?」

「お腹がすいたから……でも、突っ込むところ、そこ?――まあ、合流できてよかった。城壁を越える手間がはぶけたなぁ」

「なんですって?」

 サイラスの言葉をきいたアイリ達が顔をらせる。

 サイラスは真夜中に城壁を越えて侵入する気だったらしい。無謀な計画にシルビアはため息をついた。しかもサイラスの特異な運動能力なら成功させるからタチが悪い。

 ファーレンシアが精霊の言葉を伝えてくれなければ、一騒動勃発ぼっぱつしていたのだ。シルビアはファーレンシアに深く感謝をした。



 無事に城への入場を果たしたが、サイラスとリルは最初に入浴を要求された。旅で埃にまみれていたのは確かで異存はなかった。

 リルの入浴はシルビアが引き受けた。サイラスと引き離されてリルが半べそをかいていたからだ。

 侍女達は埃まみれの子供を磨きあげる使命に燃えた。リルは素直だったが、耳飾りをはずされることにだけは抵抗した。シルビアは生体認証のイヤリングに気づいた。

 風呂のあと、侍女達に囲まれ、着たこともない豪勢な着替えを強制されたとき、リルはこの代金を要求されたら破産する、と恐怖におびえた。


 廊下ではシルビア達と同様の刺繍のはいった長衣ローブに身をつつんだサイラスが待っていた。彼は長衣ローブの上から剣帯をつけていた。

「サイラス」

 サイラスはかけよってきたリルを抱き上げた。

「ずいぶんとおめかしをしたんだな。お姫様みたいだぞ」

「えへへ」

 リルはサイラスの褒め言葉にまんざらでもなさそうだった。

 エトゥールの領主とその妹姫に挨拶のために謁見えっけんし、すぐにカイルの部屋に向かった。



 カイルの眠る部屋にたどりつくと、シルビアが堪えきれないように質問を投げた。

「どうして街にいたんですか?確定座標は中庭ですよ?」

「着地地点がずれたんだ」

「確定座標が狂うなんてありえないでしょう?」

「それがズレたんだよね。南に500キロ」

「500キロ⁈」

 話を聞いてシルビアは愕然とした。そんなリスクは考えたこともなかったのだ。自分がそんな目にあっていたら、死んでいたのではないだろうか?

 サイラスはシルビアにイヤリングを差し出し、それが何か察した彼女はすぐに身につけた。

『シルビア』

「ディム・トゥーラ!」

 一番連絡のとりたかった人物の声に、シルビアは感極まった。涙がこぼれそうになる。

「連絡が取れてよかった。私にはもうどうしていいかわからなくて……」

『よく、独りで頑張った。――その周辺の人間は?』

「信頼できます。私達の専属護衛とエトゥールの妹姫です」


 サイラスの視覚情報を見ていたディム・トゥーラは、絵の少女の姿にうめく。

――あの馬鹿は、あの時に姫さんと接触してたのか。

 確か強力な精神感応テレパス超遠隔遠視クレヤボヤンスの持主だとカイルは言っていた。理解できるかわからないが、会話はつつぬけ、もしかしたら自分の姿も認識されていると考えた方がいい、とディムは思った。


『状況は?』

「カイルが意識を取り戻しません」

『おかしいとは思っていた。何があった?』

「地上の人間と同調を。そのあとから目を覚ましません。ただの同調酔いかと思っていました」

『殴って叩き起こせ』

「試しましたが、だめでした」

 試したのか、と会話を聞いていたサイラスはカイルに同情した。なるほど眠っているカイルは、若干じゃっかん、片頬だけが赤かった。

「呼吸と脈は安定していますが、意識だけはどうにも戻らないのです」

『シルビアを経由して、カイルに接触していいか?』

「もちろんです」

 シルビアは寝台のかたわらの椅子に腰をおろし、意識のないカイルの手を握った。

『待ってくれ、シルビア。シルビアの意識に変なものがいるんだが』

「ああ、ウールヴェですね」

「ウールヴェ⁈」

 悲鳴に近い叫びがあがり、見るとサイラスとリルが壁まで退避し、ドン引きしている。

『なんでマンモスいのししがいるんだ⁈』

「え?何の話です?マンモスでもいのししでもありませんよ?」

「まさか、野生のウールヴェと遭遇したのですか?」

 会話の断片から察したファーレンシアが問いかける。護衛のアイリとミナリオが唖然としていた。

 壁際かべぎわの二人がこくこくと頷く。

「……よくご無事で」

「ああ……やっぱりそういう代物しろものなんだ……」

「でも、サイラスは倒し――」

 リルの口は素早くサイラスによってふさがれた。

 シルビアは自分のフェレットサイズのウールヴェにアイリの元に行くように命じた。シルビアの肩から消え、護衛の女性の元に移動したのを見て、またしても二人はドン引きし壁際かべぎわにはりついた。

瞬間移動テレポートするのか⁈」

「ええ、私も最初は驚きました」

『――そうか、あのウールヴェは転移してきたのか』

「あ、なるほど。ディムの監視をくぐり抜けたのは、そのためか」

 野生のウールヴェの謎が半分とけ、納得する。

 再びシルビアと繋がろうとしたディムは、またしても変な存在を認識した。

『なんだ、その生物は……』

 カイルの枕元には割と大きめの白い獣がいた。顔が細長く狼に似ているが尾が複数ある。忠犬のようにカイルの枕元から微動すらしない。

「まさか、これも?」

「カイルのウールヴェです」


『おかしいだろ、それ!』

「おかしいだろ、それ!」

 サイラスとディムの声は見事にハモった。


 あの白い毛玉が、巨大猪になり、狼もどきになる。シルビアのウールヴェなど小型のフェレットに近い姿をしている。遺伝子情報を無視した個体成長をディムもサイラスも理解できなかった。

 ウールヴェの完全な説明ができないシルビアは視線でファーレンシアに助けを求めた。

「ウールヴェの成長は使役している人間側の影響に左右されますので、姿が変化することは不思議なことではありません」

 護衛のミナリオがファーレンシアの言葉を引き継いだ。

「セオディア様も子供の頃は、そこのトゥーラより大きいウールヴェをお持ちでした」


『……………………トゥーラ?』


 ディム・トゥーラの声の温度が一気に氷点下まで冷え込んだのを、シルビアは感じた。

「えっと……」

『……………………シルビア、「トゥーラ」とは?』

「あ、あの……カイルが名付けて……」

『……………………その、枕元の白い獣に?』

「……あの……そ、その通りですが……」

『……ほほぉ、彼はずいぶんふざけた地上生活を送っていたようだな……』

「ごめんなさい、ごめんなさい」

『シルビアに怒っているわけではない。サイラス、カイルが目覚めたら一発殴っておけ』

「了解」

「サイラスが殴ったらカイルが死んでしまいます!」


 エトゥールの姫は、聞こえるぶっそうな会話に顔を引きつらせている。やはり少女はエトゥール語ではない会話も理解しているようだ、とディムは気づいた。

『サイラス、そのけものをどけてくれ』

 サイラスが寝台に近づきウールヴェを持ち上げようとしたができなかった。

「なんだ、こいつ。動かないぞ」

「あの……護衛3人がかりでも動かせなくて……」

 ミナリオが既に試した事実を告げる。

 どういう生物か研究対象にしたい欲求は、名付けにより極端に目減りしていた。ディム・トゥーラは厄介な存在の処遇について考え込んだ。

『シルビア、このけものに知性は?』

「あります。命令を理解するのでかなり高いと思われます」

『シルビア、一度イヤリングをはずしてくれ。音量をあげる』

 シルビアはイヤリングをはずし、手のひらにのせた。


『どけけもの、カイルを助けるのにお前は邪魔だ』


 ディムは思念とともに肉声で命じた。声に不機嫌さが加わったのは仕方がない。すべては獣に名付けられた名前のせいだ。カイルを殴ろう、少なくとも一発は――と彼は決意した。

 威圧のある声にカイルのウールヴェは素直に立ち上がると、寝台を降りてファーレンシアの方に向かった。

 突然の部屋に大きく響いた謎の声にファーレンシア達は驚きを隠せない。

 だが、リルだけは慣れていたので平然としていた。

 イヤリングをつけ直すとあらためてシルビアは椅子に腰をおろし、カイルの右手を握った。ディムはシルビアを経由して、カイルの意識を探った。

『――何かと同調している』

「西の民との同調が切れていないのでしょうか?」

『西の民とは?』

「和議のためにきた西の民族の代表です。問題を解決するためにカイルが相手の記憶を読みました」

『違う。もっと別なものだ。目覚めないのは同調状態が続いているせいだ。同調を解除する必要がある』

「できますか?」

 ディム・トゥーラは考えこんだ。直接、思念を放ってみる。

『エトゥールの姫君』

 ファーレンシアははっとした。

『カイルを起こすために力を借りたい』

「やります。やらせてください」

 彼女の返答に迷いはなかった。



 ファーレンシアは指示に従い、シルビアと交代して寝台の側の椅子に腰を下ろした。シルビアも新たに椅子を用意してその隣に陣取る。

『サイラス、部屋に鍵をかけろ。邪魔がはいると危険だ』

 サイラスはドアの鍵を下ろすとその位置に立った。専属護衛のミナリオとアイリは戸惑っているようだった。

「兄への報告は無用です」

 ファーレンシアが先手をうって二人に釘をさした。

「いったい何を……」

「メレ・アイフェスの指導のもと、カイル様を呼び戻しにいきます」

「危険ではないのですか?」

 ファーレンシアの元専属護衛であるアイリの問いに、ファーレンシアは自信ありげに答えた。

「問題ありません。ですから兄への報告は無用です。ここにいてください」

 再度、専属護衛達に釘をさした。

 シルビアは、権力を行使したファーレンシアの手がわずかに震えていることに気づいた。


『シルビア、姫君の身体を支えておいてくれ。絶対に離すな。いざとなったら姫だけでも逃す。シルビアはその脱出路になる』

「了解しました」

 シルビアはファーレンシアの身体に触れた。細い肩に腕をまわし体勢を整える。

『エトゥールの姫君、カイルの手を握ってくれ』

 ファーレンシアはすぐにカイルの右手を強く握った。

 ――カイル様、戻ってきてください

『――行く』

 合図の念話とともに軽い衝撃がきた。


******


 ファーレンシアは驚いた。指示のあった通りにしていたら、どこかに立っていた。間違いなくエトゥール城のカイルの部屋ではない。周囲が夢のようにぼやけている。

 だが、いつのまにか、すぐそばに茶色の髪と瞳の長身の男性が立っていた。

 兄と同じくらいの20代半ばの年齢かと思ったが、ファーレンシアはそれが間違っていることに気づいた。外見は若いが目が鋭すぎて、未熟さが皆無なのだ。メレ・エトゥールより遥かに年上であるに違いなかった。

 これは念話で自分に指示を与えた人物だ、とファーレンシアは気づいた。

「ファーレンシア・エル・エトゥールと申します」

 一礼して名乗る。

「ディム・トゥーラだ」

 部屋でウールヴェに命じた声だった。

「……トゥーラ……」

 カイルのウールヴェと同じ名前であることに気づいた。聞こえていた一連のやり取りの謎がとけた気分だった。

 察したファーレンシアの様子に男は深いため息をついた。

「ウールヴェについては忘れてくれ」

「あ……はい」

 短いやり取りだが、ファーレンシアの緊張はとけた。カイルがウールヴェに名前をつけた人物ならば、信頼できる。

「そうじゃない。あれは嫌がらせだ」

 ファーレンシアは自分の考えが筒抜けなことに驚いたが、彼の言葉に首をかしげる。

「嫌がらせ……ですか?」

「それを知ったら俺が怒ることは、わかっていたはずだ。それをあえてするとは、嫌がらせ以外の何物でもない」

「そうでしょうか?カイル様はよくウールヴェの名前を呼び、長々と話かけていました。エトゥールにいる不安を和らげていたようにも見えました。ディム様は、カイル様の信頼を得ているのでは、ありませんか?一番そばにいてもらいたかったのでは、と思いますが……」

「……」

「私は何をすればいいのでしょうか?」

「今、俺達はカイルの精神領域にいる。遮蔽しゃへいは、かけておくから危険はない」

 彼が指で額に触れると不思議なことに不安定さが消えた。ぼやけていた視界が一気に鮮明になった。

「シルビアの存在は感じられるか?」

「あ、はい……はっきりと」

 同じ規格外か、と彼はつぶやいたが、意味するところはファーレンシアにはわからなかった。

「シルビアに繋がったまま、ここにいて欲しい」

「わかりました」

 余計なことは問わない聡明さにディムは感心した。

「カイル様をお願いします」

「殴ってでも連れてくるから安心してくれ」

 返ってきた言葉は物騒だった。

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