第4話 観測ステーション

 惑星探索プロジェクトは中止になった。中央セントラルにある研究都市の決定は早かった。

 原因不明の行方不明者が発生すれば、当然のことだった。カイル・リードはまだ発見されない。手がかりとなる痕跡すらもない。

 カイル・リードの死亡事故・蘇生報告が中央セントラルにあがっていただけに、その彼が行方不明になったことは誤魔化しようがなかった。

 参加研究員は中央セントラルへの帰還か残留かの二択が与えられた。

 研究員の大半は、すぐに中央セントラルに帰還した。今回の事故を不気味に思った者や次の研究プロジェクトの当てがある者などは、すぐに用意されたシャトルで観測ステーションをあとにした。

 残った者は、真の研究馬鹿ともいえた。

 カイルが失踪前に探索入手した情報が膨大で、研究者にとっては宝の山に等しかったからだ。

 ディム・トゥーラは残務整理を口実に残留を選択した。

 エネルギー供給の最小化により、二つあった住居区の一つは完全閉鎖になり、残留者は片側への引越を余儀なくされた。ディムは自分の移動をすませると、カイル・リードの個室コンパートメントをおとずれた。

 ディムは床に腰をおろし、カイルの私物を仕分けて保管ボックスに放り込んで行く。

 作業を続けていると、部屋に小柄な女性が現れた。

「帰らないのね」

「イーレこそ」

「帰れば他の仕事を押し付けられるじゃない」

「サボりか」

貴方あなたも面倒見がいいわね。カイルの私物の整理?」

「移動させないと廃棄対象になるじゃないか」

「彼が帰ってきた時のため?」

「……」

 イーレは微笑ほほえみディムの頭をめるようになでた。実際の構図は、子供が座り込む大人の頭を撫でていた。

「……見てないで手伝ってくれ」

「子供に力仕事を期待しないで」

「……俺よりはるかに年上のくせに」

 ボソっとつぶやくと今度は頭をはたかれた。これが禁句であることは周知の事実である。

「で、帰らないの?」

「……帰る気がしない」

 ディムは本音をもらした。

「俺はカイルの最後の生命綱いのちづなのような気がする」

「まあ、貴方あなただけだったわね。あの規格外の思念波を受け止めれたのは」

「他の精神感応者テレパシストが軟弱すぎるだけだ」

「貴方もカイルも世の中の平均が何か学ぶべきだわ。自分を基準にしないの」

 イーレがやんわりとたしなめる。

「ディム、貴方あなたあの日わざと非番をとったわね?」

 あの日とは惑星探査の日のことに違いない。ディムは不意打ちの指摘にたじろいだ。

「あの日の探査ダイブが中止になればいいと思った?」

「所長がカイルを使おうとしていることは予想していたが、あの日に探査するとは思わなかったんだ。俺に支援追跡バックアップの打診すらなかった。打診しなかったくせに、手に負えなくなったから、非番の俺を呼び出したんだぞ?カイル一人に探索を押し付けやがって――」

「カイルしか成功クリアしなかったからしょうがないでしょ?」

「あげくの果てにか?!」

「そこは『カイルが心配だった』でいいと思うわよ?」

「――」

 ディムは視線をはずした。

「……こんな後味の悪い惑星探索プロジェクトはたくさんだ」

「私も地上に降りなくていいから行けって依頼は初めてよ」

「イーレの専門は先住民文化だったか?」

「そうよ」

 ディムは何か違和感を感じた。

 にや、とイーレは笑った。出来の悪い生徒が解答にたどりつくのを待つ教師のようだった。

「……中央セントラルはこの惑星にヒューマノイド型文明があることを知っていた?」

「はい、正解」

「まてまてまて」

 ディムは惑星探索プロジェクトの募集経緯を思いだそうとした。

 顔見知りが多数参加予定だったから、新しい人間関係の構築を憂う必要もない。だからディム・トゥーラは上司であるエド・ロウから話を持ち掛けられた時、二つ返事で承諾した。

 特異な条件と言えば、辺境だったため、参加は家族のいない単身者に限られた。皆、独身で例外は妻帯者であるエド・ロウぐらいだろう。参加希望者は多かったがこの条件で多数振り落とされて、選抜試験でさらに絞られた。

 活動拠点となる観測ステーションはすでにあり、探査の結果しだいでは、長期滞在を強いられることだけを了承させられた記憶はある。

「――ここは初めての探索のはずだ」

「なんでそう思うの?」

「探索記録がないからだ」

「探索記録がないと初めてなの?」

惑星探索プロジェクトは全て記録されるだろう。終了したら全て公開されるよう管理され――」

 ディムは軽く口をあけた。考えられるのは、記録の抹消。

「……いや、そんな馬鹿な……何か証拠でもあるのか?」

「ないわよ」

 ディムはがくりと脱力した。

「全部イーレの推測の範疇はんちゅうか」

「でもね、中央セントラルはトラブルを事前予測していたわよ」

「まさか」

「1日で惑星探索中止の結論を出すのが早すぎるの。探査で行方不明者や死亡者がでることは珍しいことではない。それは予想されている織り込み済みのリスクなのよ。それなのに、容赦なく中止になった」

「――」

「そしてもっと奇妙なのは、残留を認めたことよ。惑星探索の中止は全員撤収が原則よ」

「急な中止で各研究員の進捗しんちょくを考慮してじゃないのか?」

「私も過去に多数参加して中止は経験しているけど、そんなお情けを享受きょうじゅしたことがないわ」

「他に理由があると?」

 イーレはにこりと微笑むことで肯定した。

「それならカイルが生存している可能性があるからであって――」

「どこで生存していると思う?」

 可能性は一つ。ディムは指で地面を指した。

「正解」

「あいつが地上にいると?」

「だって、カイルが死んでいたら、絶対に貴方はわかるでしょ?」

「――」

 そうだ。納得のいかない根底こんていの理由はそれだった。

 イーレの指摘は正しい。ディム・トゥーラには自信があった。身近でカイルが死んでいたら、必ず何かを察知するはずだ。

「観測ステーションにはいない、中央セントラルにはいない――ただの消去法よ。IDすら感知できない通信妨害ジャミングがある環境なんて限られるじゃない」

「だったらなぜ救援しないんだっ!」

 ディムは激昂げきこうした。

移動装置ポータルの許可さえあれば、捜索できるのに!」

「どこを?」

 ぐっと返答に詰まる。

「生死も現在位置もわからずに接触禁止の文明の中でどうやって探すのよ」

 追い打ちをかける正論にディムは舌打ちした。

貴方あなたは待っていればいいのよ。あの子は必ず貴方あなたを呼ぶわ」

 予言者のようにイーレは告げた。

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