幻影記録 終

 守美日和は、ラップトップのキーボードを叩く手を止め、手紙の束に視線を移した。

 机上には、差出人不明の手紙の束が置いてある。

 どれも封筒には名前がなく、編集部の住所だけが書かれている。

 雑誌の誌面上で何度も呼びかけたが、差出人が誰であれ、手紙を出したと返答をくれた人は一人もいなかった。


 守美の指が怖い話が書かれた便箋に触れる。

 一通ごとに、どれも筆跡が違う。

 その上、どの話も登場人物の名前が書かれていない。

 ウェブサイトに怖い話を掲載することを決めた後でも、サイト上には載せられずに、話の一部を省いたものもある。

 それでも、どの話も共通している。

 名前のない人物達の怖い話。


 守美は手紙の束に手を伸ばし、一枚一枚めくりながら、差出人不明の怖い話に目を通していく。

 実は、これらの話には通底する深いテーマがある。

 そのことに気づいたのは、ごく最近のことではあるが。


 守美は、ゆっくりと手紙の束を机上に置いた。

 どの話にも通底する深いテーマ。

 それは、生きていく上で誰しもがぶつかるテーマでもある。

 社会で生きていくには欠かせない。

 しかも、自分なりに考えていかなければならないこと。


 少し空いた窓から、ひんやりとした夜風が部屋に流れ込む。

 守美は窓の方へ視線を漂わせ、椅子の背もたれにかけていた薄手のショールを肩にかけた。


 差出人不明の手紙を出した『差出人』。

 彼らがようやく、口を開いて、優しく語りかけてきた気がした――。



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