第9話 外の世界は温かい
転送の門を抜け、俺はスラ高原に到着する。
どこまでも続く緑の大地。
高原というから寒いかとも思っていたが、予想以上に暖かく、風が気持ちいい。
そこらじゅうに生い茂るふかふかの草布団は気持ちよさそうで、すぐにでも寝転がりたいぐらいだった。
「ここがスラ高原か」
俺は何故か感動してしまっていた。
草原など元の世界にも存在していたが、異世界の空気を吸っている自分がいると思うと、何か感じるものがあった。
これからLvを上げるために魔物と戦う。
ファンタジー世界が今から待ってると思うと心が踊ってしまう。
「さて…どうしたらいいのかな?」
俺は周りを見渡してみるが、あたり一面高低差のある草が生えているだけ。
魔物がいるとは思えないほど
んー?……こんなとこでLv上がる?。
◇
転送されてから何時間経っただろうか。
俺は草を
「あれ、こんなとこに客とは珍しいな」
「あ、村の方ですか。俺は……てあれ?」
後ろから声を掛けられたから、振り向いて挨拶をしようとするが、そこには誰の姿も無い。
後ろじゃ無かったのかと思い右、左、そしてまた後ろと首を回してみるが誰の姿もない。
「んー?誰かに話しかけられたと思ったんだが」
「おう、俺が話しかけたぞ。上だよ上」
上?と思いながらも顔を上げてみる。
するとそこには小さな羽が左右に2枚ずつ背中についた小さな光る小人が空を飛んでいた。
「ま、魔物か!出たな!」
俺はアスティーナ城で渡された短剣を構える。
「待て待て待て!俺はリトルピクシーだぞ。魔物だけど戦うとかしないから。剣向けて来んなよ」
リトルピクシーと名乗る魔物は攻撃の意思が無いと言ってくる。
だが魔物は魔物。やらなければ村に危害を与えかねないと思い、俺は剣を向けたままにしていた。
すると村の方から人がゾロゾロと出てくる。
「おーい、どした?」
「こっちに来ないでください!。魔物がいるんです。危な…」
「助けてくれよ。この兄ちゃんが剣向けてくるんだよ。魔物かとか言って」
「何?おい、みんな来てれ!変な奴が村に来たぞ!」
俺が村人に危険だと伝えるのをピクシーは食い気味で叫ぶ。
すると村人は一致団結してピクシーではなく、俺の方に向かってくるのだ。
「ちょま、てあっ、うっ」
村人は短剣を持つ俺にお構いなく襲い掛かってきて、複数人でのしかかる。
俺は人に剣を向けるなどできるわけもなく、ただ無抵抗に捕まってしまった。
◇
捕らえられた後、俺は村の住人であるジルの家でご飯を食べることになった。
「いやー、さっきは申し訳ないことをした。勇者なら勇者って早く言ってくれよ」
「いえ。何も知らずに剣を抜いた俺も悪かったですから。すいません」
ジルは俺に謝ってくるが、俺も悪かったと思っているので謝り返した。
俺は捕らえられた後、身分を示すためにステータスプレートで勇者の加護持ちであると教えると、村人はすぐに解放してくれた。
ステータスプレートを見せただけでそこまで信用されるとは思って無かったが、とりあえず無事解放されたのは助かった。
「まさか勇者がうちの村に来るとは思ってもみなかったよ。ここ魔族領からかなり遠いからな。で?、何しにきたんだ?」
「俺は勇者なんだけどLvが低いんだ。だからLvを上げやすいからとスラ高原に来たんだ」
俺はジルに事情を説明する。
転生の話、ウレールの危機について、俺が戦場に出るにはLvが足りないこと。
そんなファンタジー話をジルはすんなりと信じてくれる。
「説明して受け入れてくれるのは嬉しいですけど、そんなに信用してくれますか、普通?」
城の時といい、今といい、そんなに勇者とは受け入れ易いものなのだろうか。
ウレールに勇者はいないって話だったのに。
俺は自分の思いをジルにぶつける。
「ステータスプレート見たら勇者の加護にハートの加護だろ?悪い奴には思えんよ。勇者の加護ってのは詳しく知らないけど、ハートの加護ってのは聖女様とかが持ってるやつだろ?。悪い奴が持ってないだろ」
「俺がステータス偽装してるとか?」
「無理無理そんなの。ステータスプレートの内容を隠すことは出来ても嘘の表示なんてできないよ。まあでも、ウレールに住んでる俺らでもステータスプレートは目安ぐらいで、何なのかはよくわかってないんだけどな、ガハハハハ」
ジルは明るいのか、呑気なだけなのか、勇者とかハートの加護持ちなら悪い奴ではないだろうと思ってくれてる。
「それに悪い奴だとしてもLv1だろ?俺でも勝てそうだしな。あ、間違ってもヨヨ様に手を出したりはするなよ。そん時は俺がこうしてやるからな!」
ジルは俺の前でパンをガツガツと食べる。
そのちぎってちぎってされたパンが勇者想定なのだろう。
でもそうだな。
俺が今村人に手を挙げたところで返り討ちに合うだろう。
農民のジルでもLvは6。体力、攻撃力、防御力と全てが俺の上。
しかし農民に負ける勇者ってのはどうなのだろうか。
「まぁ、疑ってないとは言ったが女神っていうのはそんな雑なのか?俺らよりウレールのこと詳しいだろうに。何も聞いてないんか?。ステータスの話よりそっちの方が怪しいもんだ」
ジルは女神に会ったのに何も知らないことの方が疑わしいらしい。
それはそうだ。
俺だってウレールのことを全部知った上で勇者として戦うもんだと思っていたのだから。
女神に会って何も聞かされて無いと言うのは嘘と思われてもおかしくない。
こんなことでもアリスの雑さが足を引っ張るのかと俺は思った。
「明日はヨヨ様がお前をスラ洞窟に連れて行ってくれるんだろ?朝早いんだからゆっくり休めよ。あ、そうだそうだ」
ジルはパンをモグモグさせながら食卓を離れ、家を出て行った。
しばらくして帰ってくると、手に持っていた1つの木のコップをシエロの目の前に置く。
「これな、俺の畑で取れた野菜と隣の家の奴が作ってる牛乳を混ぜて作ったんだ。ウレール救うために来てくれた勇者って言うなら頑張ってもらわないとな!」
シエロの前に置かれたコップに入っているのは緑と白が綺麗に混ざったスムージー。
野菜は正直苦手ではあるが作ってくれた物を飲まないわけにはいかないと思い、スムージーを口に運ぶ。
「アスティーナの城にいたってんならいいもん食わしてもらってたんだよな。悪いな、こんなもんしか出せなくて。でもシエロに頑張って欲しいと思って俺ら……ってシエロ?」
「………温かい」
ジルたちが作ってくれたスムージーは野菜と牛乳を煮込んで作ってくれたのだろう。
湯気が目に見えるほどの温かいスムージー。
城のご飯は確かに美味しかった。
でもこのスムージーはジルたちの気持ちがこもったもの。
ジルが出してくれたスムージーはすごく美味しいとはお世辞にも言えないが、俺は心を打たれ、涙していた。
不味かったかとジルは言ってくるが、そうではない。
知らない世界の知らない土地で初めて会う人に応援されるのがすごく嬉しかったんだ。
自分でも涙するとは思ってもみなかったが、優しさのこもったこのスムージーは俺の15年の人生でも最高のものになった。
「……ありがとうジル。……俺修行頑張るよ」
魔族領から遠いラック村。
シエルが訪れた初めての村は温かいところであった。
「俺、今日はもう寝るよ。ご飯と飲み物ありがとう。気持ち伝わったから。おやすみジル」
「お、おう。ゆっくり休めよ」
俺はジルの用意してくれた部屋のベットで横になる。
「ユウリ、俺……この世界好きかもしれない」
アリス、リュード、コロネなどが特殊だっただけで本当はいい世界かもと思い、転送の間での発言を撤回。
感動で目を赤くして眠る冒険1日目であった。
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