第7話 旅立ち前夜

夕食を取り合えた俺は少しアリスと話をするため、用意された部屋に戻り、天界に意識を飛ばす。


「アリス、話がある」


俺は螺旋階段上の畳の部屋に行く。

だがそこにはアリスの姿はなかった。

アリスの名前を大声で連呼してみるが何の反応もない。


「24時間ここにいるわけじゃないのか?そういえば飯の時、1回も話しかけてこなかったな」


アリスにスラ高原の話を詳しく聞いて対策を練ろうと思っていたのだが……?


「……なんだこれ?……パンフレット?」


俺は前に見た畳の部屋と雰囲気が少し違うことに気づいた。

ちゃぶ台の上に置いてあるカラフルな雑誌とパンフレット。


雑誌には付箋ふせんがかなり貼られてあり、パンフレットには赤ペンでグルグルに印がついていた。


俺は気になって、そのパンフレットを手に取って見てみる。

赤のグルグルにはこう書かれている。


『あなたに癒しを!サタン島マグマ温泉ツアー4泊5日の旅!!』


………


え?あいつもしかして旅行行ってる?

俺が転生したばっかなのに?

え、え、え、え?


俺は現実を受け止めるまでパニックになった。

異世界転生直後に監視を放棄されるなど考えてもみなかった。


「は〜、ダメだ。あいつは……マジでダメだ」


俺は頭を抱えずにはいられなかった。

ハートの女神というぐらいだから、回復の補助とか生きるための知恵を少し期待してたのに。


ごめん、寝ちゃってた!とか明日にでも言ってくるなら全然許そう。

でももし本当に4泊5日の旅に出かけてるならあいつはシバこう。


「女だろうが俺はちゃんとシバくぞー」


女に手を挙げるかもしれないことを覚悟してアスティーナ城の自室に戻るのであった。





次の日の朝、俺はユウリと2人で朝食を取っていた。

俺はユウリに自分の故郷である地球について話をしている。


「へぇー。シエロの世界にはアニメやゲームというものがあるんですね!」


「はい。だから平和な地球でも魔法や魔族などの知識は多少あるのです」


「魔法も魔族もいない世界でそれを作るクリエイター。とてもすごいことです。我が国の魔法騎士団とかに是非入れたい人材ですね!」


「え、えぇ。まぁ……新しい魔法とか生み出すかもしれないですね、は、ははは」


俺の話を楽しそうに聞いてくれるユウリはとても可愛く、俺もどんどん話を広げてしまう。


話していてわかったことだが、この世界には娯楽という概念がそんなに無いらしい。

そのためユウリは地球の話に興味深々。

その中でもかなりの興味を示したのはアニメの話だった。


アニメクリエイターを召喚士のように捉えてるのは少し笑った。

ひ弱なイメージしかないアニメクリエイターを騎士団に入れても戦うとかは無理だろうに。


「シエロ様。スラ高原に行くゲートの準備が終わりました。お食事が終わり次第、地下の転送の間にお越しください」


俺とユウリが楽しい時間を過ごしているとコロネがやってきた。


初のLv上げはアスティーナ王国近辺ではかなり難しいらしく、アーツのないシエロでも戦えそうなスラ高原に行くのが良いと言うことで、瞬時に転移できるようにゲートを用意してくれたのだ。


アニメやゲームなどがない世界。

だが転移装置がある世界。

俺はまだまだウレールのことを知らない。

初の冒険先であるスラ高原とは一体どんなところなのだろうか。


「もう行ってしまうのですか?もっとお話し聞きたかったのですが」


ユウリは悲しげに俺を見つめてくる。

親バカリュードではないが、そんな綺麗な目で見つめられたら行きずらいじゃないか。


ユウリと話したいのは俺も同じ。

でもLvを上げて魔王軍と戦い、魔王フミヤ・マチーノを倒すことがユウリともっと仲良くする時間ができると自分に言い聞かせる。


「俺は勇者として召喚されたんです。立派な勇者になって魔王を倒せれば話時間はゆっくり取れます。そうだ、戦争が終わったらユウリのためにラノベを書きましょう」


「ラノベ?」


「ああ、ラノベって言うのはアニメを文字だけで読めるようになった本のことです。アニメみたいな映像は作れませんが本を書いて地球の娯楽を知ってもらいたいのです」


「ラノベですか!はい、是非お願いしたいです」


俺はユウリと戦争を終わらせて地球の文化を教えると約束した。


「約束したからには無事に帰ってこなきゃですね。まずはスラ高原で鍛えてきます。3、4日で帰ってくるとは思いますが……お元気で」


俺はユウリに一時の別れを告げ、コロネが言っていたアスティーナ城地下にある転送の間へと向かった。





「ねぇ、コロネさん」


「なんでしょうか、シエロ様?」


「スラ高原ってどんなとこなの?」


俺は昨日聞かなかったスラ高原について、転移目前でコロネに聞く。

行く場所の名前だけは聞いていたが誰にもスラ高原のことは聞けず、ここまで来てしまっていたのだ。


「スラ高原ですか。実は私も知らないのです。ウレールの中で1番安全と言われるラック村近辺の高原らしいのですが。いかんせん私もアスティーナ王国から出たことが無いものですから」


コロネもスラ高原については何もわからないと言う。


ただスラ高原近くのラック村は魔族領土とは1番離れた場所にあるため、強い魔族と出くわすことがないと言う。

その村の話だけは聞いたことがあるから近くのスラ高原なら大丈夫だろうと言うのがリュードやコロネの見解なのだ。


「知らないけど安全っぽいで俺は行かされるのか。不安しかないわ。……じゃあコロネさんはどうやってLv25まで行ったの?」


話を聞く限りスラ高原は低いLvの者にとって経験を積む良い場所。

アスティーナ城の転移装置を使えばすぐ行けただろうに。

なんで誰も知らないんだ?


「私たちがスラ高原を知らないのは遠い国にある場所だからです。転移装置は王族の方々しか使う権限がありませんから。それに私たちアスティーナ出身の者は皆親に連れられてバルチアナ平原などで経験を積むのが普通でしたので」


「そ、そうですか」


コロネは俺が不思議そうにしてたのを察してか、スラ高原を皆が知らない理由を教えてくれた。


転移装置は自由には使えないのか。

それはスラ高原に行ったことがないのも納得だ、なるほどなるほど……。

ん?親に連れられてってことはパーティー組めば楽にLv上がるんじゃないのか?


俺はすぐさまコロネにパーティーを組んだらLv上げ早くないかと提案してみると


「本当ですね!気づきませんでした!」


と返事が返って来た。


………この世界大丈夫なのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る