冷コー、玲子の、純喫茶物語

みっちゃん87

第1話 冷コーと出会いの午後

午後3時の鐘が純喫茶の静けさを優しく切り裂く。その瞬間、扉が開き、水色のワンピースを纏った女性が現れる。玲子さんだ。彼女の登場は、純喫茶にとって小さなイベントのようなもの。サングラスに白い帽子、レトロな装いが彼女の独自の世界観を物語っている。彼女が座るのはいつも同じ、カウンターの隅っこ。そして注文するのはいつも同じ、「冷コーください」。


マスター、加藤はその言葉を聞くたびに微笑む。古びた言葉を使う彼女の姿に、なぜか心惹かれる。玲子さんがこの純喫茶を訪れ始めてから、加藤は彼女の注文に特別な注意を払うようになった。アイスコーヒーにはいつもより少し多めに愛情を込めて、彼女のために最高の一杯を。


彼女はいつも本を片手に、静かにアイスコーヒーを楽しむ。今日もまた、その瞳は読書に没頭している。加藤には、彼女が何を読んでいるのか、その表情からどんな物語に心を奪われているのか、知る由もない。しかし、彼女の存在がこの純喫茶に新たな色を加えていることだけは確かだ。


ある日、加藤は彼女に話しかける勇気を出す。「冷コー、お好きですか?」


彼女は驚いたように顔を上げ、そして、あの不器用だがあどけない笑顔を見せた。「はい、特にここの冷コーは大好きなんです。昔ながらの味がするんですよね。」


その瞬間、加藤は理解した。彼女の純喫茶への愛情は、ただの懐古ではない。それは、時代を超えて受け継がれる、何か大切なものへの敬意なのだ。


「玲子さん」と名前を呼ぶことはないけれど、彼女が純喫茶の一部となり、午後3時のアイスコーヒーが二人の間に小さな絆を作り始めていることを、加藤は感じていた。

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