20話、もう一度君に会いたい
奴の大戦斧が轟音と共に地を抉ると、俺の肩から胸にかけてがパクリと開かれ、血飛沫が夜空に舞い散り地獄のような闇の森を紅く彩っていた。
ゴホッ、ゲボッ
咳にも大量の血が混ざっている。
これは、肺にも到達したか……。
この状況は非常に不味い。
奴の大戦斧が抉った傷は思いのほか深く、いまも心臓の鼓動に合わせてゴポッゴポッと大量の血液が流れ出ていた。
先ほどまで存在すら無かった。
濃密な死の気配が辺りを漂い、焦り始める。
「くそおおぉぉ」
「ー
イメージ不足からの威力低下を気にもせず
いま追撃を受ければ終わりだ。
二度と
この危機的状況を打開すべく無数の『蒼い炎鳥』が
迫りくる無数の『蒼い炎鳥』を相手に、『決して焼かれるものか!』 と黒オーガ共は大戦斧を豪快に振り回し必死に抗っていたが、乱雑に放ったうちの1発が運よく命中し、最初に現れた黒オーガの左腕を激しく焼いた。
蒼き業火に包まれる黒オーガの左腕。
ゴアアァァァ。
叫び声をあげ、大戦斧を離し炎を消そうとのたうちまわる。
いまだ!
逃げるなら今しかない!
近くにあった収納袋だけを持ち、全てを無視して逃げた。
地に無残に横たわる多数の魔物の死骸も、莫大な数の魔石たちもかなぐり捨ててしゃにむに駆けた。
「ー
少しでも出血を止めようと、得意の治癒魔法を走りながら唱えるが、明らかに効果が低い。傷は埋まらず、出血すら止まっていないのだ。
「どういう事だ?」
追い詰められた状況に動揺する精神。
大量の出血により脅かされ始めた命への不安。
ここで死せばアンリエッタさんに二度と会えなくなるという悲嘆。
そして闇の中を駆けながら魔法を行使するという今の状況。
精神の集中を阻害するものばかりなこの状況で放たれる、
「ー
「ー
と、とにかく少しでも出血を止めなければ。
効果が低いのであれば連発するしかない。
漆黒の闇の中、時おり飛来するかのように現れる枝に顔を斬られようと、腕を斬られようが構わずに全速力で闇の森を駆ける。
黒オーガを振り切れただろうか?
それともまだすぐ後ろを駆けているのだろうか?
後ろを見てみたい衝動に駆られるが、まるで黒く塗りつぶされたかのような闇をよそ見して走れるわけがない。そして速度を落とせば追いつかれる、追いつかれれば終わる。その恐怖で後ろを振り返る事すら出来ないでいた。
──そして不幸とは繋がるもので。
ぐあっ、とうとう来たか?
くそっ、くそがあああああ。
ギリギリと頭が軋むように痛み、ぐらぁと視界は歪み始める。
これは無理だ。
これでは走れない。
ただ一つの希望だった魔力が枯渇し、命を守るための重大な選択肢が一つ失われてしまったのだ。何処かに身を隠し、何とかして止血を施し魔力の回復を待たねばならない。
もう闇雲に駆けていてはだめだ。
軋む頭に歪む視界のなかを必死に走り、身を隠すのに良い場所が無いか探す。
魔力切れによる眩暈なのか、大量の失血による眩暈なのかも、もうわからない。
思考に冴えはなくなり、ふら付く足でようやく見つけた岩の窪みに腰を下ろした。
ふぅ。
止血、それは何よりも優先させる応急処置の基本だ。
人は血を大量に流すだけで簡単に死に至る。
黒オーガとの激戦や、逃走中の魔法連発もあって魔力はすっからかんだった。
いや、本当はまだ1発程度なら放てるかもしれない。
だが、この状態で放った瞬間意識を失えば、それが黄泉路への旅立ちとなる恐れがある。意識がある今やらねばならない事がまだあるのだ。
こうしてる間にもポタリポタリと命の雫が抜け落ちていく。
人が数人程度入れるような小さな窪みに身を隠し、大きな収納袋を一人必死になって漁っていた。
何か使えるものはないか? あってくれ!
「くそっ」
回避と治癒魔法に絶対の自信があった俺は、治癒ポーションの1本すらも持ってきていなかったのだ。より貴重な魔力ポーションなんてあるはずがない。
少しでも旅費を抑えたかったという事情もあるけど。
何せ目標は金貨100枚なのだから……。
やはり何もないか……。
ポーションの1本くらい買っておくのだった。
指で圧迫止血をするのはどうだ? いや無理だな。
よりによって創部は胸ときている。
圧迫止血の効果が薄い所でもあるし、何より傷は大きく、押さえてどうにか出来る範囲を超えていた。
──万事休す。
諦めきれない俺は、収納袋を隅から隅まで何度も何度も探した。
そして見つけたんだ。
たった1つの小さな希望を。
収納袋の奥底で、綺麗に小さく折りたたまれた。
愛しいあの人の服を。
洗ったままの綺麗な服がそこにあった。
あの日の夜。
誰も居なくなった屋敷で、真っ暗な庭に干されたままのアンリエッタさんの服。
そのまま残して朽ちていくのは心情的に許せなかったし、彼女を取り戻せた時に替えの服にもなるかな? と思って収納袋へ詰めたんだ。
まぁ彼女との思い出の残滓がここにあると思うと、何だか少し心が温かくなるって側面があったのは事実だけれど……。
それをおもむろに取り出すと、次々とボタンをばらして数本の糸を確保する。
集めたその数本の糸で傷口を縫っていくんだ。
長さも不揃いで、縫合用の針で無ければ糸でも無い。
ぼやける視界の中、アンリエッタさんの糸が俺の胸に空いた傷口を閉じていく。
見てくれは悪く、お前本当に医者か? と疑われても仕方がないほどに無様な縫合だけれど、傷は確実に閉じていく。
彼女は黒い服を着ることが多かった。
黒髪を少しでも隠したかったのかもしれないな。
そんな彼女の服から取った、俺の胸に空いた穴を塞ぐこの糸もやはり黒かった。
黒は不吉? はは。
馬鹿らしい、そんな訳があるか。
朦朧とする意識のなか傷口の縫合を終えた俺は、残ったアンリエッタさんの服を包帯状へと切り裂き、胴をぐるりと巻いたあと首から脇へと巻く事で縫合と止血を終えた。
「
夜の闇のなか、岩の窪みで一人ごちる。
最愛のあの人がいなくなり、もう枯れたと思った目から雫がこぼれ落ちた。
この状態なら意識を失っても大丈夫だろう。
毎日毎日アンリエッタさんと行ってきた魔法の訓練。
初心を思い出すかのように丁寧に魔力を操作し、イメージを重ねていく。
足の先から指の先まで、それこそ毛髪の先までと。
体中のあらゆるところから、残った魔力の残滓をかき集めて行く。
これならいける。
「ー
本当は最後まで、破れた血管が次々と修復され、傷んだ組織が、裂けた皮膚が治療されていく様をイメージし続けなければならないのだけど、落ちてゆく意識のなか
↓ 薄れゆく意識の中、彼の脳裏に最後に浮かぶその人は……↓
https://kakuyomu.jp/users/MinawaKanzaki/news/16818093075740915303
夕日に照らされた、美しいアンリエッタさんが答えてくれたあの場面だったよ。
『えぇ、知ってますよ? わたしも大好きです』
彼女の側に戻り……たい。
もう1度あい……たい。
生きて、いたい……よ……。
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