4話、オリジナル鍛錬法

 アンリエッタさんに抱き上げられたまま、くるくると回った2人。

 あの数十秒は本当に至福で、幸せのひと時だった。もう死んでもいいや。

 あぁ、でも死んだらアンリエッタさんに会えないからやっぱ無理、ごめん。


「ぼっちゃま凄いですよ! 天才かもしれ、いえ、もうそれ所ではないのかも」

「そ、そんな大げさだよ」

「ハーフエルフなので長く居れませんでしたが、私が途中まで育ったエルフの里でもぼっちゃまのような治癒能力を持つ者はおりませんでしたよ?」

 それはそれは美しいアンリエッタさんだったが、長く居れなかったの辺りで一瞬影が差したのを見逃す俺ではない。

 最早プロのアンリエッタさんウォッチャーだからな。


「ーファーストエイド速攻治癒ー」

 ん? どこかで聞いたセリフが!?

 唱え方に秘密があると思ったのか、アンリエッタさんが俺と同じように唱えながら治癒魔法を実行していた。思ったよりも好奇心旺盛な女性ひとなんだ。そんなアンリエッタさんも良き。

「うーん、ぼっちゃまと同じような感じではないですねぇ」

「──怪我してないと効果も分かりませんし」

 と言いながらスカートを少したくし上げ、太ももの辺りに手をやるアンリエッタさん。細身に見えて意外と肉付きの良い白い太ももさんがチラリと見えた。


 ええええ、ちょ、突如始まるサービスタイム。

 きょ、今日俺を殺しに来てない??

 あっ、しまった! 今の脳内録画スイッチ押してなかったかもしれん。

 もう一度を要求する!

 

 気が付けばアンリエッタさんの手に小さな短刀? のような物が握られていた。

「ちょ、ちょっと待ってよアンリエッタさん。それで、どうする気?」

 首を少し傾け、不思議そうな表情を浮かべる黒髪碧眼のエルフさん。

「ナイフですよ? 目的はひとつかと」

 と言って、美しい手のひらへ水平に傷を入れようとするアンリエッタさん。

 意外とポンコツなところもあるのか、それも良き、違う違う、だめだ。

 それはよくなーーーい。

「だめだよ! 自分で傷つけるなんて!」

 と言って、彼女の残された片方の手を両手で握りしめて隠す。

 美しおててをっ、守らなきゃっ。

「だめですか?」

「絶対ダメだよ。僕許さないよ」

「どうしても?」

「どうしてもだよ!」

 

「分かりました。ではやめておきますね」

 と言い、ナイフをしまう彼女。

 ナイフをしまう際にまた少しだけサービスタイムがあったのは、俺とお前だけの秘密だぞ? ちゃんと録画したか?


「大体なんでナイフなんか持ってるのさ」

「これは護身用です。買い物やお館様の用事で屋敷を出ることもありますから」

 なるほど、力を封じられてる状態で身を守るすべすらも無しという訳にはいかないか、何より美人だし、変な事を企む輩もいそうだもんなぁ。

「アンリエッタさん美人だもんね」

「はぃ?」

 時折見せるアンリエッタさんの変顔。これもまた良き。

 想像すらしていない事を言われると、こういう表情を見せることがあるんだ。

 舐めるなよ、プロのアンリエッ(略)

 おい! 略すな!


「私にそんなこと言ってくださるのは、ぼっちゃまくらいですよ?」

「そうなの?」

「はい、大体の方は……その」

「うん」

「気持ち悪いですとか、不吉だとか……」

 いつもいつもアンリエッタさんに抱きしめられたりして、やる気をプレゼントしてもらってる。今度はこちらから彼女にお返ししたい。

 背はまだまだ低く、双方並び立つと彼女のおへそあたりしか届かない俺だけど彼女の背に腕を回すように抱きついた。

「アンリエッタさんは気持ち悪くないし、不吉じゃないから!」


「ありがとうございます」

 そっと頭を何度も撫でられながら、頭上から響く彼女の美声。

 顔は見えないけど、なんとなく雰囲気で喜んでくれているのがわかったんだ。勇気を出してよかったなぁ。

 

 ◇◇

 

 朝起きたら水を汲んで瓶に入れる、それが俺の新しい日課の1つ。

 すると必ず、必ずだぞ? 毎朝水を汲み始めた頃にアンリエッタさんがやって来て「いつもありがとうございます」と笑顔で言ってくれるんだ。

 人は親切にすぐ慣れてしまう。今受けている好意が当たり前になってしまうんだ。でもアンリエッタさんは違う、俺が彼女を心の底から尊敬してる部分の1つだ。

 

 朝っぱらからアンリエッタさんの話はもういいって?

 おいおい何言ってるんだよ、これからじゃないか。

 それから神よ、まだ元の世界には戻さなくていいからな? 絶対だぞ?

 

 朝食を終えた俺は、木剣を持っていつも通りの裏庭で、いつもの様に剣術の訓練を始める。今日はちょっと試したい事もあるんだよな。

 木を組んであつらえた簡素な人形の前にそっと立ち、精神を統一して臨む。何事も適当にやり身に修めれる物はないし、健全な精神は健全な肉体に宿るやらで前世で少しかじらされた居合術、くそ厳しい親父だったけど、こうなってくると感謝だなぁ。

 

 手に持つは練習用の木剣で、作りは荒く、刀身にやいばも無ければ鞘すらも無い。

 木剣を左腰に持ち、鞘から抜くイメージで腰を入れ、右手一本で横一文字に薙ぐように一閃する。

 本来であれば、抜き放たれた刀身はその身を鞘で滑らせながら急加速し、疾風のごとき速さで敵を切断するはずなんだが、よくよく考えるとこの世界日本刀ってあるのかな? 直刀しか無さそうなんだよな、知らんけど。

 初太刀に続き、剣を振り上げ敵の頭から急所である水月みぞおちまでを一気に振り下ろす二の太刀、素早く刀身を戻し右袈裟に振り下ろす三の太刀、袈裟に振り下ろされた刀身を少し捻り逆下袈裟に切り上げる四の太刀。

 脇の下や喉元などの、人体の急所を狙った紫電の突きも忘れない。

 

 剣を素早く振ることは剣術に置いて最も重要な振舞の一つだが、剣を引くこともそれに匹敵するくらい大事な要素なんだ。素早く動くモノを相手に見舞う斬撃は全てが当たるとは限らない。剣閃が空を切った時、無防備に晒されるは自分の命なのだから。


 今自分にできる最大限の剣速で払い、斬り下ろし、突く。

 刃を戻す際は振り下ろす時よりも更に早いイメージで。

 渾身の一撃を何度も何度も繰り返していると、あまりの疲労に腕はプルプルと震え痙攣し、木剣を握る手にも力が入らなくなる。

 

「もうだめだ、限界だ」

 さあ、ここからだ、ここからが今日の本番なんだ。 

 木剣を地に置き、魔法詠唱へと気持ちを切り替える。

 脳内で、ズタズタに裂かれ傷ついた筋繊維をイメージしていく、その傷ついた筋繊維の1本1本がより強く、太く修復されてゆき、骨は密度を増してより丈夫に。仕上げに蓄積された乳酸が綺麗に消失していく。

 一連のイメージをより写実的に、明確な映像として脳内に作り上げ魔力を放出する。

 

「ーインターヴェンション強化再生魔法ー」

 全身が淡い光に包まれ何とも心地よい。

 指をグーパーと動かしてみても、先ほどの様な疲労感は一切無い。成功したかな?

 上着をめくって腹筋を見たり、腕を見てみるが特に筋肉が付いた感じはしないなぁ。1本1本が太く強くだけじゃダメかな? 筋繊維が増えるイメージもあったほうがいいのかも知れない。

 いや、ちょっと待てよ? キッズでマッチョとかちょっとなヤダな……、筋繊維が増えるイメージはもう少し大人になってからにして、今は一本一本が強く強靭で、つ切れない様なしなやかさを併せ持つ感じでイメージで良いか。


 午前の主な鍛錬である剣術を終えて、後に続くは昼食と、午後のアンリエッタさんとの魔法練習の時間ゴールデンタイムなんだけど、流石にこのままの格好でアンリエッタさんの元へ行くわけには行かない。泥と汗にまみれて匂うかもしれないから……。


 アンリエッタさんに臭いとか言われたら、嘆死してしまうかもしれない。

 俺の心のHPは意外と多く無いんだ。

 井戸の前へと赴き、水を汲み上げて体を拭いていく。

 仕上げに残った綺麗な水を頭からぶっ掛けて終わりだ。


 上半身素っ裸になって思うんだ、少しだけ良い体付きになって来た気がしないか? 前はどこを見てもふわふわでたゆんたゆんボディだったもんな……。デブではなく細身ではあったけど全身全て白く柔らかかったんだよ。

 

「ぼっちゃまは本当に綺麗好きですね」

 突然背後より聞こえてくる声。そう、この美しい声の持ち主は。

 間違うはずが無い。

「アンリエッタさん!」

「少し大人しくしていてくださいね」

 と言うと白い布を頭から被せ、びしょ濡れになった俺を拭いてくれる彼女。

 拭く動作に体は強く揺さぶられ、自然とアンリエッタさんの腰辺りを掴んでしまう。

 前後するタオルの隙間から、時折見える彼女はやっぱり笑顔だった。

 最近気づいたんだけど彼女が側にいると毒気が抜かれて、素直な自分になれる気がしている。そしてなぜかそんな自分が嫌じゃ無いんだ。


「はい、終わりましたよ」

 と言って、次は新しい上着を頭から通してくれる。

「そういえば、アンリエッタさん」

「はい」

「嫌だから言うんじゃないよ? ただ興味があるから教えて欲しいんだ」

「何でしょう?」

「その力を制限されてしまう輪っかだけど、水魔法がもっと使えたら水汲みや、湯浴みの準備も楽でしょ? どうして水すらダメなの?」


「それは、簡単ですよ」「ほら」

 と言って見せてくれるアンリエッタさん。

 彼女の手の平には、ピンポン玉サイズくらいの水球が出来ていた。

「力の制限がもしなかったら……、大きめの水球で頭を覆ってしまえますもの」

「た、確かに……、寝てる間にされたら死んじゃうね」

「でしょう?」

 うーん、言ってる事は確かにわかるけど、それって要は使用人の事は一切信用してませんって事なんじゃないの?

「うーん、僕ならアンリエッタさんの首の輪なんて取っちゃうけどなぁ」

「うふふ、その時を楽しみにしていますね」

 表現が難しい程の、優しく幸せそうな笑みを見せるアンリエッタさん。

 あの輪を取るにはどうすれば良いのか、その方法すら知らない我が身だけど、いつかあの首輪を取ってあげるんだ。絶対に!


_____________________________________

神崎水花です。

2作目を手に取って下さりありがとうございました。感謝申し上げます。


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