第8話

 カフェでのアルバイトは長期連休を除いて平日だけにしている。入学前に思い描いていた学生生活とは少し違って、課題やレポートの提出など毎日が忙しいからだ。家の掃除や買い物などは土日にまとめて終わらせる。忙しいなりに充実していて、これはこれで楽しい。時間が空けば、仲の良いみなみと出掛けることもある。


 人懐っこく愛嬌あいきょうのある南は、男女問わず好かれるし、羨ましいくらい誰とでもすぐに仲良くなれる。きっと他人の懐に入るのが上手いのだろう。小柄で華奢きゃしゃで、可愛らしさばかりに注目されがちだけど、見た目を保つために人知れず努力をしている姿こそが魅力的なのだと思う。私もメイクやスキンケア、アクセサリーの使い方など、南から学ぶことが多い。

 これだけ人気があるのなら、彼氏がいてもおかしくないと思うのだけど……。


「南はどんな人がタイプなの?」


「タイプ? そうねぇ……。心が強くて、自分に素直な人。あと、テンションの低い喋り方なのに大人っぽい声で、細くて長い綺麗な指をしていて、顔は中性的な人」


「ずいぶん具体的な好み……」


「テンちゃんのことだよ」


「ええっ? なんで私?」


「前に言わなかった? 『テンちゃんがもし男の子だったらよかったのに』って」


「男の子っぽく見えるってこと?」


「性別なんて関係ないよ。好みを挙げてみたら、思い当たるのがテンちゃんだったの」


「テンションの低い喋り方とか言ってなかった? 自覚はあるけど……」


「あはは。気付いてたんだ。そういうとこは男の子っぽいよね」


「そ、そう?」


「で、テンちゃんの好きなタイプは?」


 聞かれると言葉に詰まる。

 思い浮かんだのが南だったから。


「特にないけど……。南の向上心があって努力家なところは素敵だと思うな」


「ほんと? じゃあ両想いだね」


 南が嬉しそうに抱きついてくる。

 本当に男の子だったら、よかったのに……。




 今年の夏は、早い時期から暑い日が続いていた。待望の夏休みが近づくにつれて、学生たちも浮足立っていた。ここ、カフェCielシエルに集まったいつもの4人も――


「海にでも行きたいな……。ねぇ、南ちゃん一緒に行かない?」


「えー、日焼けしたくないもん。パス」


「じゃあさ、屋内プールにしよう。陽翔はるととテンちゃんも誘って、4人で行こうよ」


「そんなこと言って、本当は水着姿が見たいだけでしょ?」


「もちろん水着がメインです!」


 吉野よしの君は南のことが好きらしい。でも南に言い寄る人は多いので、受け流し方も手慣れたもの。吉野君もアピールはしているが、誘っては断られるやり取りを、楽しんでいるようにも見える。この4人は気心の知れた仲だから、少しくらいは恋の進展があっても良さそうに思えるのだけど……。


「しょうがない、陽翔と二人で行くか」


「しょうがない、付き合ってやるよ」


 結局、男子は男子との結束力が強いらしい。


 仲良し男子を横目に、南が耳打ちしてくる。

「私たちは、夏休みになったら旅行に行こうよ」


「旅行?」


「1泊くらいならいいでしょ? たまには羽根伸ばそうよ」


 それぞれの想いとは違う組み合わせになったけれど、親友同士で過ごす時間も楽しいものだ。

 大学生活3年目の夏が来る――




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