巨人のささくれ

谷橋 ウナギ

巨人のささくれ


 地面を斜めに貫いたような、棘状の岩々が並ぶ土地。極度に乾燥し、植物は無く、常に過酷さだけが支配する。

 空を見上げれば苛烈な太陽。腐肉を探し円を描く猛禽。しかし何より恐ろしい存在──それはこの地に住まう人である。


「安心してくれ。俺達もプロだ。抵抗しなけりゃ命は取らない」


 その恐ろしい人間が言った。

 彼はベナス。砂影のベナス。盗賊の頭目を務めている。

 鳥類の羽をあしらった衣服。ボサボサで長く伸ばした毛髪。そして何よりも筋肉が、目を引く威圧感のある男。


 彼の前には三人の男が手を後ろにして跪いていた。彼等は通りがかった商人で、ベナス達は彼等を襲撃した。

 馬車三台。護衛が十数人。行商人としては大規模だ。もっとも既にその原型は無い。護衛は血を流して倒れている。


 よって馬車は盗賊達の物。短剣盗賊団の物である。

 後は商人達の処遇だけ。それについてベナスは寛大だ。


「お前らも知ってるかもしれないが、俺達には所謂掟がある。そいつが無けりゃ畜生同然だ。よって掟は護る。絶対にだ」


 ベナスは横を向いて数歩歩き、人指し指をクルクルと回した。

 ──と、その時だった。一人の男が急激に立った。


 隙を見せたベナスに飛びかかる。殺して逃げるつもりなのだろうか?

 それは永遠に解らない。ベナスが彼を刺してしまったから。


「話は最後まで聞け馬鹿野郎」


 刺された男は血を流し、死から逃れるために藻掻いている。

 ベナスはその頭を踏んづけて、残りの二人の商人に言った。


「良いか? 俺達はこのささくれに昔から住んでる。原住民だ。その土地に無断で来るってことは、本来殺されても仕方ない」


 ベナスは慈悲深そうに言っている。

 そして倒れた男の首を折る。


「だが、俺達も鬼や悪魔じゃない。最初は融和しようと努力した。飾りを送ったりとか色々な? 綺麗だろう? 古くからある奴だ」


 ベナスは懐から木で作った小さな飾り物を取り出した。

 お守りだ。効果はわからないが、ベナスは幸い今も生きている。


「しかしお前らの王様は、俺達を殺して奪おうとした。土地に文化、それに信仰を。故に俺達は今こうしている」


 ベナスは表面には出さないが、深く強い怒りを抱えていた。

 盗賊団の者は皆そうだ。そしてだからこそ今話している。


「さて諸君。俺達は君達の、商売道具を貰っていくが……水と食料は一部だけ残す。そいつを持って国に帰るんだ」


 彼等を逃がすのは掟だからだ。

 だが他に役得があってもいい。


「もし無事に帰れたら伝えてくれ。俺達の領域に踏み込むなと。それと我らの同胞を殺した、そのツケは絶対に払わせると」


 言うとベナスは仲間に合図した。

 仲間達は悠然と帰還する。戦利品をその手に携えて。


「離れたら合図の口笛を吹く。そしたら動いて良い。わかったな?」


 ベナスは最後にそれだけを言うと、仲間達の後を追い歩き出す。


 ここは“巨人のささくれ”と呼ばれる彼等の土地。掟の住まう場所。

 彼等は過酷さの一部となって、今日も命を繋ぎ続けていた。

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巨人のささくれ 谷橋 ウナギ @FuusenKurage

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