出世レースに負けた私が殺戮サークルの姫になるまで
佐遊樹
第1話 左遷女騎士と魔王の息子
私の人生は山なし谷ありで下り坂一直線だ。
そのくせ、山場を迎えてしまっていた。
「ぐ……きみは……人間、だな……?」
薄暗い山の中、ほとんど地面に埋もれるようにして倒れていた人影。
遭難でもしたのか、あるいは行き倒れか、とにかく助けなければと駆け寄ったのが運の尽き。
「ハハッ……僕も……運がない。ここまでか……好きに、したらいいよ……」
倒れていたのは、灰色の髪の青年だった。
力なく伏せられた目は、爛々と光る黄金色だ。
問題はその両眼に浮かんでいる特徴的な翼の紋章。
人類に対して敵対的な種族──魔族に特有の
しかも翼は十二枚羽。これは魔族の頂点に君臨していた、今は亡き魔王の直系であることを意味する。
「最っ悪です」
頬がビキバキとひきつっているという自覚があった。
かつて、勇者によって魔王は討たれた。
とはいえ、人間と魔族が和解したわけではない。魔王軍の残党は今もあちこちで暗躍している。
彼もそういった連中の仲間だろうか――不安に思いながら、膝をついて、顔を覗き込む。
彼の身体はボロボロで、あちこちから血が流れており痛々しい。
「その剣……この国の騎士団だろう……? 見ての通りだ……魔王の息子の首だ、君は大出世だろう……だから、一思いに……」
それだけ言って、彼の身体からがくんと力が抜け落ちた。
気を失ったようだ。
私は腰に差していた剣を一瞥した。確かに、柄には騎士団の証である十字の模様が刻まれている。
いやあ、でもなあ。
私、騎士団で干されて左遷されちゃった立場なんだけど。
「……どうしましょうか。どうもしたくないですが」
さらりと爽やかな風が吹いて、しみったれた言葉を拭い去る。
……本当に、どうしろっていうんだ?
気絶した青年の身体を前に、私は鉛より重い息を吐くのだった。
◇
「う、うう……っ」
ベッドの上で呻き声を上げる青年。
私はぎゅっとタオルを絞って水を切ると、彼の額にびっしりと浮かんだ脂汗をふき取った。
こうして倒れている分には、人間と見分けがつかないなぁ。
「あのう、騎士様。お水をお持ちしました」
その時、部屋の扉越しに声がかけられた。
一室を貸してくれた宿のおばさんだ。
「はい、ありがとうございます。廊下に置いておいてください」
「中にもっていかなくても大丈夫でしょうか……?」
「……えっと。流行り病の可能性がありますので」
騎士と魔族が一緒にいて、しかも片方を看病しているなんて、知られたら大事件である。
罪悪感を抱きながらも、要らない混乱を与えないよう丁寧に断る。
「分かりました、じゃあ、何かあったら呼んでくださいな」
「ありがとうございます」
足音が離れていくのを確認してから、私はドアを少し開けて、冷たい水の入った桶をさっと部屋に入れる。
ドアを閉めてベッドに向かえば、上体を起こした青年がじっとこちらを見ていた。
「え……」
自分が生きていることが不思議、といわんばかりの表情だった。
身に纏っていたぼろぼろの服は上だけ脱がして、燃やして処分している。
ベッドにつかないように血も全部ふき取って、止血処置をした。
まあ、そんなことする前に、魔族である彼の身体は再生を始めていたのだけど。
黄金色の瞳には人間の敵対者である証の眼章。
でも表情は面白いぐらいぽかんとしたもので、思わず笑いそうになってしまう。
「君は、騎士……あの時僕を見つけた騎士だね……?」
「はい、そうですよ」
私は白を基調とした騎士団の制服を指し示して、胸を張る。
「ケラス王国騎士団所属、カナメと言います。はじめまして、魔王の息子さん」
「……なるほどさっきは意識がおぼろげで分からなかったけど、一般騎士か」
「はい、警邏任務中でした」
魔王の息子は深く息を吐き、自分の手に目を落とす。
「運が良かったのか悪かったのか……うちの将軍たちと戦っていたような、そっちの聖騎士なら、諦めもついたんだけど」
「聖騎士? あ、魔族の将軍と戦ってたってことは大隊長たちですかね?」
どうやら互いに違う呼び方をしていたようだ。
恐らくは勇者たちを手伝い、魔王軍の幹部と激戦を繰り広げていた騎士団大隊長のお三方だろう。
「というか弱っているとはいえよく僕を介抱したね、君。もしかして聖騎士……じゃなくて大隊長か。近くにいるのかい?」
「あ、それなら安心してください。三人いる大隊長のうち一人は私が倒しておきましたから」
「は??」
ぽかんと口を開けた魔王の息子は、今までの中でも最大の間抜けな顔だった。
◇
まだこの時、私は知らなかった。
一介の騎士に過ぎない私と、人類の天敵であった魔王の息子。
普通に考えれば出会うはずのなかった私たちが出会ったこと。
それがきっかけに、私の人生がめちゃくちゃになること、でもそれはそれとして、得難い仲間を得ていくことを。
今はただ宿の一室で、私は彼の困惑の表情を見つめるばかりだった。
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