ささくれができた拳

左原伊純

ささくれができた拳

 気づけば親指の爪の端にささくれができていた。最近手がやたら乾燥する。


 だいぶ前はこの拳で少林寺拳法をやっていた。


 だけど辞めてしまい、今では黒歴史になっている。

 むしろ、さっさと辞めればよかったと思っている。


 少林寺拳法を習っていたのは大学一年から三年までだ。


「皆うまくなれるよ」


 と先輩全員が言う。


「私でもうまくなれますか?」

 と聞くと、もちろんと返された。


 突き、蹴りの練習の後に先輩から言われた。


「ごめん、あなたの場合は分からない」


 辞めときゃよかったポイントその一だった。


 ちなみにその先輩は、私が大会でやらかすことなく演武を終えたことに感動したんだとか。


 私が体調不良で留年したときのことだった。

 少林寺拳法の先生からわざわざメールが来た。


『一学年下と一緒の学年になるあなたの立場が心配になります』


 別に、後輩とトラブルを起こしたことなど一度もないのに、勝手に心配されて勝手にそう言われた。


 辞めときゃよかったポイントその二だった。



 そんな感じで、さっさと辞めときゃよかった。


 私はなんとなく、久々に一人のアパートで突き蹴りをしてみた。


 意外と型は覚えていて、次第に思い出していく。あんな楽しいことがあった、こんなこともあった。やっぱり少林寺拳法を始めてよかったと、思った。


 少林寺拳法部の人たちは嫌な人も多かったけど、少林寺拳法自体は楽しかった。


 先生方に人格も含めて否定されたときに、「私は少林寺拳法を愛してるのに」と友達に話したのは黒歴史だけど。愛してるってなによ。


 ジャンプして、跳び二連蹴りをする。どすっとアパートの床が音を鳴らした。


 上の階の人に床ドンされた。いくら拳法を習おうと、一階は二階に勝てません。


 次は突き蹴りを連続でやってみる。なんだ、意外とできるじゃないか。


 翌日、脚が筋肉痛になった。

 年月には勝てません。



 先生から貰った少林寺拳法のピンズを喜んで受け取り、道着入れのバッグに付けていた。

『少林寺拳法ノート』を作ってその日習ったことを文字にして記録していた。

 ユニクロの白Tシャツを見て、道着の下に着るのにちょうどいいと真っ先に思った。


 そんなに無邪気に少林寺拳法を愛していたんだ。

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