ささくれにまつわる記憶

丸山 令

ラブコメは後半から

 爪ささくれって、一度見つけてしまうと とにかく気になる。

 爪を引っ掛けてはがすと、しっかり存在感をアピールしてくるアイツ。


 分かっている。

 それをむしり取ると、後々まで酷いことになることは。

 でも、気になって仕方ない。

 いや。ダメだ。

 意識を紛らわすために、とりあえず、元あった位置に収納してみよう。

 

 でも、数分後には、また弄っている。

 ハサミだと上手く切れないんだよな。これ。

 爪切りがあればベターだけど、常々爪切りを持ち歩いているほど、用意周到でもなく。


 思い切って、引っこ抜く?

 成功体験が無いこともない。


 だが、失敗したら目も当てられない。

 一番酷い時は、病院に行くはめになった。

 膿がたまって、指が二倍に腫れたのだ。

 ぶっとい針を突き刺された後、痛みで思わず呻きたくなるぐらい思いっきり指で押して膿を出して貰った。

 あの時の先生の笑顔。

 この人、絶対エスだと思ったよね。


 結局、ブドウ球菌なんておっかないものが検出され、飲み薬と塗り薬で完治した。

 あれ以来、コイツを甘く見ちゃいけないと、迂闊に手を出せなくなった。


 話は変わるが、俺の幼い頃の爪ささくれの記憶は、ふわふわと柔らかく良い匂いがして、温かく包み込まれるような優しいものだ。

 まぁ、物理的に。


 爪ささくれをとがめそうな我が子をとっ捕まえて、後ろから包み込むように抱っこし、爪切りで上手に切ってくれたのは、快活な母である。

 そのたび、「むしるなっ!」と強めに注意されたのは、言うまでもないのだが。



「と、まぁ。そう言ったわけで、すまないがこのささくれを切ってくれないか?」


 俺は、正面の席で残念なものを見る目をしている幼馴染みの鮎川あいりに、右手を差し出した。


「それは構わないが、それまでのポエミーな説明、必要だったか?」


「必要かどうか知らんが、安直に断られないために、説得力を増そうと思ったわけだ。

 まぁ、ぶっちゃけ、左手で爪切り持って、右中指の右側にできたささくれを切るの、難しくない?」


「不器用なだけだろう? ま、別に断ったりしないけどな」


 あいりは、息を吐きつつ立ち上がると俺の横の席に座り、両手で右手を包み込んだ。


 あ。ふわっと柑橘系の香りが……。

 てか、あいりさん?


 俺の肘を固定するためか、あいりの二の腕は俺の肘の上を通り、肘はしっかり机に置かれている。

 ええと、あの、腕に柔らかくて温かい感触ががが⁈

 

「動くなよ」


 こちらの動揺など気にも止めていないのか、短い言葉で注意して、あいりは俺のささくれを切ってくれた。


 いやもう。感無量ってか、ダメ元でもお願いしてみるものだ。

 こうして、俺の爪ささくれにまつわる幸せな記憶が、新たに加わったのだった。


 それにしても、この不用心さは少々心配だ。

 誰に対してもこれでは、こちらの心臓がもたない。


「ありがとう。ところで、向かい合った状態じゃ、ダメだったのか?」


 途端、あいりが頬が一気に赤らむ。


「人の手って方向が違うから、こっちの方がやりやすい」


「ああ。確かにな。でも、他のヤローにやるなよ?」


「太朗みたいな手のかかる男は、そんなにいないんじゃないか?」


 余裕の笑みで、元の席に戻ってしまった。

 やれやれ。

 そこで、「太朗にしかしない」とか言ってくれれば、「告白して良いのかな?」って思えるんだけどな。


 ま、今じゃないんだろう。

 とりあえず、受験だ。

 そう考えて、オレは参考書に目を落とした。

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