第二十一話:魔王様、大好き!


 それはとても自然な動きだった。



 勇者に敗れ、そして約束を守った魔王ザルバードにユーリィは口づけを自らの意思でした。


 今までユーリィは自分から魔王に口づけをした事は一度も無かった。

 いつもいきなり唇を奪われ、蹂躙されていた。

 最初はとてもショックで、そして男同士で口づけをする事にとても抵抗があった。

 しかし、魔族の唾液には媚薬効果があるとは言え最近では魔王が欲するならばユーリィはその唇を魔王に許していた。


 だが、今にも死にゆく魔王にユーリィは自らの意志でその唇を重ねる。


 それはここに居る者全てがあまりにも自然で意識できぬほどのものだった。

 もうじき命の灯火が消えるザルバードに、人間である、食料であるユーリィが自ら唇を重ねるのだ。



「お前……」


 カイトは同じく小姓であるユーリィのその行動に思わずそうつぶやく。

 分かってはいる。

 主であるザルバードは心臓をつき抜かれ、もう助かる事は無い。

 ここに居る誰もがそれを分かっている。


 だからこそ、南の魔王であるアファネスはザルバードと子を残して、東の魔王にさせることでその血脈を守ろうとした。 


 だがザルバードはそれを拒否した。


 最後の最後まで自由奔放、気まぐれで我が儘。

 しかしここに居る魔族皆がザルバードを慕っていた。


 そして今口づけをしているユーリィまでもいつの間にかこの魔王ザルバードに引かれていた。



 ザルバードは長く続く創世の女神の眷属である人族との戦いを終わらせようとしていた。


 そして家畜としてその傘下に収める人族たちに対してもその生活基盤を確保してくれていた。

 現在、東の魔王の城の周りには人族の村が出来あがっている。

 以前サルバスの村にいた住人を中心に、魔族に捕まった人々が作る村。

 

 しかし、それは決して悲惨なモノではなく、ともすればもともと所属していたドリガー王国より状況がいいかもしれない。

 毎年毎年重い税を徴収され、公共事業には村の男たちが無賃金で駆り出され、戦争ともなれば徴兵までされる。

 人族の国家において、およそ自分たちは搾取されるだけの対象だった。


 しかし魔族たちは違った。


 「税」と言いう名でローテーションで魂を吸われるが、それは軽い疲労を感じる程度で済む。

 そして村の安全は魔族たちが確保してくれ害獣や魔物から守ってくれる。

 それだけでなく、家畜の世話だと言ってケガや病気も魔法の治療もしてくれる。

 魔王の趣味で人族の料理をたしなむので多少の献上品は必要だが、それを献上しても有り余る作物は手元に残る。

 捕まって居る住人たちは何時しか自ら「契約の首輪」をする事を望むほどになっていた。

 それほどまでに魔王に統治されている人々の生活は裕福になっていたのだった。



「魔王……僕も約束を守るよ。僕の魂にある魔力を全部魔王にさ揚げる。約束だよ……」


 いったん魔王の唇から離れてユーリィはそう言って、もう一度魔王ザルバードに唇に自分の唇を重ねる。

 いくら魔力をザルバードに注ぎ込んでも、もうザルバードは助からないのに。



 が、ユーリィが再度唇を重ねたその時だった。



 魔王とユーリィが輝き始めた。

 それはこの場にまぶしくて直視できない程の爆発的な光を放つ。



「な、なんだ!? おい、ユーリィっ!!」


「こ、これは……」


 カイトもアファネスもその爆発的に膨れ上がる光に直視できず、手でその光を遮ろうとする。



「魔王様っ!」


「一体何が起こっているんだ!?」


 セバスジャンもガゼルもその光に目がくらみながらも主であるザルバードを心配する。


「魔王様っ!!」


「我が主よ!!」


「この光、一体何が!?」


 四天王のスィーズもエルバランもラニマニラもその光に目がくらみながらも魔王に何が起こっているのか理解できずにいる。



「この光、これって命の光……一体どう言う事なんだ!? ザルバード!!」


 南の魔王アファネスはそれでもこの光の正体に気付く。

 そして直視できない程の光は更にその輝きを増し行くのだった。




 * * * * *



 ユーリィは気が付くと裸の状態で、真っ白な光の世界にいた。



 周りを見渡しても何も無い、宙に浮いたような感じの場所。

 一体これはどういうことかと首をかしげると、目の前に赤黒い光が見える。


 ユーリィはそれに引き寄せられるように近づいてゆくと、それは大きな丸い水晶の様なものだった。

 ユーリィはそれに何となく触れると、声が聞こえる。



 ―― 誰だ? ――



「えっ? ぼ、僕はユーリィ……」


 ―― お前は何者だ? ――


「何者って…… 僕は……」


 その問いにユーリィはしばし沈黙するも、まっ直ぐと前を向きはっきりと言う。


「僕は、僕は魔王の小姓! 魔王様の小姓ユーリィだよ!!」


 ―― お前は魔王の小姓なのだな? では主を助けたいか? ――


「魔王を助ける? 出来るの!!!?」


 ―― 契約をしろ。お前の全てを魔王に捧げよ。さすればその契約は成就する ――


「僕の…… 全てを? …… 分かった。僕の全部を魔王にあげる。今度は僕が約束を守る番だ!!」


 ―― ここに規約は成立した。小姓ユーリィよ、その命魔王と共に ――



 その声はそこまで言うと、目の前の赤黒い水晶がはじける様に割れて粉々になる。

 そして中から赤と黒の炎が噴き出しユーリィの身体を包み込む。


 だか熱くはない。

 そして恐怖心も無い。

 ただ、魔王を感じる。

 あの温かい魔王を感じていた。



「魔王、ザルバード!!」



 ユーリィがそう叫ぶと、この炎は一気にこの白く輝く世界をその黒と赤の業火で包みのだった。



 * * * * *



「くそっ、一体何が起こっているんだ!? 魔王様、ユーリィっ!!」



 まばゆい光に翻弄されながらもカイトは手を伸ばそうとする。

 が、そのまばゆい光が一気に赤黒い光に変わり、そして何の前触れもなく消える。


 手でその光をさえぎっていたカイトだが、いきなり収まったその先を見て驚く。



「……魔王……さまっ!!」


 見ればもう虫の息だった魔王が起き上がり、ユーリィの唇をいつも通りに奪っていた。

 


 むちゅ

 くちゅ、じゅちゅぅ~♡



「んむぅ、んはぁ、んちゅ、ちゅば♡」



 ユーリィもいつも通りに魔王に唇を奪われ、そして頬を染めてその腕に引きよされ恍惚とした表情をしている。



「ん”~、じゅぽんっ! ぷっはぁ~っ、うめぇっ!!」



 魔王はユーリィの魂を吸って満足そうに唇を離す。

 そしていつものように手の甲で口元をぬぐう。



「「「「魔王様っ!!」」」」



 四天王も声を合わせて魔王を呼ぶ。

 

「魔王様、これは一体?」


 セバスジャンがはぁはぁと、ぐったりとしているユーリィを魔王から受け取ると、魔王はその場に立ち上がる。

 胸の傷は完全になくなっていて、そして血色もすこぶるよくなっている。



「ザルバード、これは一体どう言う事だよ? あの光、命の光だよね? それにその人間は……」


 アファネスはザルバードの前にずいっと出てそう聞く。

 するとザルバードは口元に笑みを浮かべ、ニカッと笑う。


「俺様とユーリィの契約は成立した! ユーリィは俺様に全てを捧げる、そしてその望みは!」


 魔王から驚くほどの魔力が噴き出す。




「俺たち魔族による平和だ!」 



 

 魔王はそう言うとその場から一気にテントを突き破って飛び上がる、素っ裸のままで。

 そしてドリガー王国の砦を見て一気にそちらに飛んで行く。




「勇者ぁっ! タイマン勝負しろや、ごぅるぅぁあああああぁぁぁぁっ!!!!」




 そう叫びながら砦に魔光弾を放つ。

 その一撃は防壁を軽々ぶち壊し、崩れさせる。


 砦に対峙したまま宙にとどまっている魔王は素っ裸のまま親指を自分に向けて言い放つ。



「今度は邪魔は入らさせねぇ、勇者、この俺様とタイマンしろやっ!!」



 そう大声でいう魔王に、崩れ去った砦の壁から一つの影が出てきた。



「魔王、まだ生きていたのか……」


「出てきやがったな、勇者! ああそうさ、この俺様を誰だと思っている? さあ、ケリ付けようぜ!!」


 そう言ってザルバードは地面に降り立つ。

 そして勇者と対峙する。



「正直、もう倒したとばかり思っていたよ」


「ふん、あの程度で俺様が倒されるかよ! 邪魔さえ入らなければてめぇなんざちょちょいのちょいだ!」



 そこまで言うと魔王は虚空に手を突っ込んで剣を引き抜く。

 それを見た勇者も腰から聖剣を抜き放つ。


 そしてしばしにらみ合い、次の瞬間双方姿を消す。



 ガキ―んっ!!


 ガン、ガン!

 ガキーンっ!!!



 いきなり周辺に剣戟の音が鳴り響き、あちらこちらで火花が散る。

 それは剣どうしがぶつかり合う音であるが、火花が散るほんの一瞬だけつばぜり合いをする魔王と勇者の姿が現れそしてまた消える。



 ガンガン!


 ガキーン!

 ガガキーンっ!!


 どごっ!



 あちらこちらで火花は飛び散り、地面には窪みが出来、周辺を破壊してゆく。

 だが二人の姿は見えず、激しい戦いが繰り広げられているのは明白だった。


 悠久の戦いとも、一瞬の攻防とも思えるそれは、間合いを取った二人が現れてその最後の決着が間近である事を誰にでも感じさせる。



「へへへ、やるじゃねーか、勇者!」


「くっ、それでも僕は!!」


 

 はぁはぁと二人とも肩で息をしている。

 しかし、その呼吸が一瞬止まったその瞬間双方とも最後の一撃を放つ。




「うぉおおおおぉぉぉっ、勇者ぁーっ!!」


「はぁあああぁぁぁぁっ! 魔王ぅっ!!」




 カッ!!



 魔王と勇者の放つその一撃は周りの物を吹き飛ばすほどの衝撃を放つ。

 そして交わる剣と剣。



 がきーんっ!



 魔王と勇者は互いに剣を振り切り、その場で止まる。

 双方振り返り、剣を構えた瞬間に魔王の持つ剣と勇者の持つ聖剣が同時に粉々に壊れた。



「ちっ、この魂喰らいの剣がぶっ壊れるとはな……」


「僕の聖剣が!」


 

 お互いに武器が粉々になり、しばしそれを見ていたが、どちらと無く壊れた剣の柄を放り投げる、。

 そして次の瞬間拳と拳が交差する。



 ばきっ!

 ばばきっ!



「くっ、この野郎!!」


「くぅぅううぅ、魔王っ!!」



 二人はその場で殴り合いを始める。

 それは男たちの熱い殴り合い。


 殴られるたびに口や鼻から血を流しながらも双方止まる事は無い。



「この勇者野郎がっ!」


「魔族がっ!」



 そして双方ボロボロになりながらも殴り合いを続ける。



「魔族が人族を脅かす限り僕は絶対に負けない!」


「何を言う、勇者てめぇがいるから俺らは安心して枕を高くして眠れねぇんだぞ!」



 ばきっ!

 ばばきっ!! 



「お前たちが人族を襲うからだ!」


「うるせぇ! 俺たちはただ食料が必要なだけだ! だから人間たちを飼いならし、てめぇらと結界越しに今後関わらねぇようにしようとしてんだ!!」


「だがその人たちは虐げられている!!」


「バカ野郎! 大切な家畜を虐げる訳ねぇだろうに! そんなことしたら俺たちの食いモンが無くなっちまう!! 俺たちの傘下に入った人間は増え始めてんだぞ!!」



「!?」



 ばきっ!



 その魔王の言葉に一瞬勇者の動きが止まる。

 そこへ魔王の一撃が決まり、勇者はその場に倒れる。



「へへへへ、どうした勇者? もう終わりか?」


 そうは言うモノの魔王も既に足元がおぼついていない。

 ふらふらしていた魔王は倒れた勇者を挑発しようとして足をふらつかせ、その場に尻もちを付く。



「くっ、ちくしょう」


「捕らえられている人々が増えているだと?」


 しかし勇者は倒れたままそう言う。

 尻もちをついた魔王はそれでも勇者のその言葉が耳に入る。



「ああ、お前ら人族の国にいる時より良い生活が出来てるとユーリィの奴が言ってだぞ」


「そんな、お前ら魔族は人族に害を成す存在。そんな魔族の元にいて人々が良い生活が出来ていると言うのか?」


「少なくともユーリィの言う通りにしていたらそうなった。俺たち魔族はお前らの魂を喰わなければ死ぬ。だが、魂を吸いきらなければ死ぬことはない。そして時間が立てば回復する。家畜である人間を俺たちは守る。人間たちは俺たちに魂を吸わせる。だから俺たちはもうお前ら人族の国を襲う必要は無くなった。ただ勇者のお前はそんな俺たち魔族の王、魔王を殺す存在。だからてめぇだけはぜってぇに許さねぇ!」



 魔王は一気にそこまで言ってから仰向けに倒れる。


「だがちょっと休ませろ。休んだらぜてぇぶっ殺してやる!」



「……おい魔王。お前は約束は守るんだよな?」


 魔王のその言葉に勇者はいきなりそんな事を言い始める。

 それを聞いた魔王は驚くも答える。


「ああ、魔族にとって約束は絶対だ。契約と同じだからな」


「……だったら、僕はもう魔王を狙わない。だからお前たちもこれ以上人族の国に手を出すな」



「はあっッ!?」



 思わず魔王は上半身を起こして勇者を見る。

 勇者も上半身を起こし魔王を睨めつけながら言う。



「約束をする。お前たちが二度と人族の国に手を出さないなら、僕はお前たち魔王に手を出さない。こんな戦争で人々の命が失われる事はもうさんざんなんだ!」


「てめぇ……」


 魔王はそう言いながらよろよろと立ち上がる。

 そして勇者も同じくよろよろと立ち上がった。


 そして双方拳を構えると、一気にその拳をお互いの顔に叩き込む。



 ばきっ!

 ばきっ!



「け、契約成立だ……」


「約束だ……」



 双方その一撃でまた倒れかかるも、すぐにその場から飛び退き各々の陣営に戻って行く。

 そしてこの戦争は魔王軍が引き始め終戦を迎えるのだった。



 * * *



「魔王っ!」



「くっそぉ~、勇者の野郎最後に思い切りぶんなぐってきやがった!」


 せっかくのイケメンをぼろぼろにして魔王は戻って来た。

 しかしその表情はどことなく穏やかだった。


 魔王を迎え入れたユーリィは、ぼろぼろになってカイトに支えられている魔王の前に行く。



「なんだユーリィ変なかおしてどうしたんだ?」


「だって、だって、魔王がぼろぼろになって……」


「ふん、これしき食事して魔力がもどりゃぁすぐに治る。っと、カイトちゃんと支えろよ?」


「すみません魔王様」


「へへへ、、まあいい。あの勇者の野郎、俺と同じく拳にも防御にも魔力使って強化してやがった。全く人間のくせにな。くそう、魔力使い過ぎて腹減っちまった! ユーリィ飯だ、こっち来い!!」


「え、あ、その、みんなの前で?」



「当たりめぇだろう、おめーは俺様のものだ! 身も心も魂までもな!!」



「あ、その、う、うん///////」


 ユーリィは恥ずかしそうにそう言って魔王の元へ行く。

 そして魔王にしか聞こえない小さな声でつぶやく。


「大好き……」


「ふん、やっと俺様の魅力に気付いたか?」





 ユーリィは魔王にその唇を再び奪われるのだった。


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