第十九話:魔王様の大ケガ


 魔王軍は圧倒的な強さだった。


 

「お、おのれ!」


「ふん、逃げるなら追いはしない」


 四天王が一人、武のガゼルはそう言って目の前の騎士から向けていた剣を外す。

 既に勝負はついていた。


 周りにはガゼルに切り伏せられた兵士たちがかろうじて息をしていた。



「情けはいらん! 殺せ!」


「……人間は弱い。そんなものを殺しても何の価値も無いわ」


 ガゼルはそう言って踵を返す。


「ま、待てっ! 私を侮辱するか!?」


「ふん、だったら強くなってまた我の前に来るがいい。強くなったら相手してやるわ」


 そう言ってガゼルはその場を離れる。

 が、実は彼の頬には一筋の汗が流れていた。


 やり過ぎた。


 勢いあまって砦の防壁を破ってしまい、そこにいた兵士たちを簡単に倒してしまった。

 魔王からは勇者をおびき寄せるまであまり殺すなと言われていた。

 とは言え、戦いを好むガゼルはあまりにも弱いドリガー国軍についついやり過ぎてしまった。


 なので慌てて今のような言葉を残し立ち去る事にしたのだった。



 * * *



「ガゼル、あなたはやり過ぎです」


「スィーズか。だからこうして引いたではないか」



 自軍に戻ると、智のスィーズにそう言われる。

 スィーズの指示ではほどほどに圧力をかけ、ドリガー王国軍が撤退しない様にここで時間稼ぎをするつもりだった。

 

 開戦から二日目。

 

 正直もう魔王軍の勝は決まったも同然だった。

 だが勇者をおびき寄せる為には、ここで時間稼ぎしてドリガー国軍を引き付ける必要がある。

 そして南から侵攻した南の魔王の軍隊と挟み討ちして、勇者を確実に葬る計画だった。



 正直、勇者さえ倒してしまえばあとはどうでもいい。

 東の魔王が提唱する緩急地を作り、グランドクロスによる結界さえ張れれば魔族としては長年の悲願である飢えからの解放がされる。

 

 その為には今は唯一の障害となる勇者を倒す必要がある。



「そろそろ勇者も現れても好い頃なのですがね……」


 智のスィーズは、ドリガー国軍が籠城する砦を見るのだった。



 * * * * *



「何と! 我が魔術が利かぬだと!?」


「そこっ!」



 がっ!

 漸っ!!



 四天王が一人、魔のラニマニラは片腕を切り落とされ、慌てて引き下がった。

 砦の西側から主に魔法による攻撃をしていたラニマニラだったが、あまりに弱すぎるドリガー軍に従者をつけずに単独で攻撃をしていた。


 しかし、いきなり現れたその者に魔法で攻撃を仕掛けたも、その魔法が全く通用せず片腕を切り落とされると言う失態をしてしまった。


「何奴!? 我が魔法が通用せんとは!!」


「僕たちが来たからには好きにさせない! はあっ!!」


「おのれッ! 消し炭に成れ!!」


 ラニマニラはそう言って残った片手に魔光弾を発生させてそれを打ち出す。

 その魔光弾はラニマニラの中でもかなり強力なモノだった。

 しかし、その者は驚いた事にその魔光弾を剣で切り裂いた。



「バカなっ!!」



「はぁっ!!」


 まさか魔光弾を切り裂かれるとは思っていなかったラニマニラは、目の前に迫るその刃に間に合わないと悟る。

 そしてその者の右手の甲に光る紋様を見る。



「貴様が勇者か!!」



 ラニマニラは最後にそう叫び、彼の首は胴体から離れるのだった。




 * * *



「んっ? 来たか……」



 魔王はそう言って立ち上がる。

 それに気付いた智のスィーズは魔王に振り返る。


「如何なされました、魔王様?」


「ラニマニラが殺された」



「なんですと!?」



 魔王はそう言ってテントから出る。

 そしてドリガー国軍が籠城する砦を見る。


「どうやら勇者がやってきたようだな。ラニマニラも不覚をとったもんだ」


 そう言いながら、手をかざすとその手首がいきなり裂けて血しぶきが飛び散る。

 しかし、その血はすぐにある形を地面に描き始める。

 それは魔法陣。

 そして魔王は珍しく詠唱を始める。



「この呪文は……」


 魔王の血で書かれたその魔法陣が輝き始め、いつの間にか光があふれる。

 そして唱えていた呪文が完成すると、魔王は目を見開き叫ぶ。



「復活しやがれ、ラニマニラ!!」



 カッ!



 魔法陣が一瞬まばゆい光を放つと、書かれた魔法陣から浮かび上がってラニマニラが出てきた。



「ここは…… そうですか、魔王様が助けてくださったのですな」


「ふん、油断しすぎだ。で、勇者か?」


「はい、不覚を取りました」


 そう言ってラニマニラはその場で膝をつき魔王に首を垂れる。


 それを魔王は見ながら笑う。


「思ったより早く着いたじゃねーか。よし、全軍引かせろ! 出るぞ、ユーリィ魔力をくれ!」


 後ろでその一部始終を見ていたユーリィは驚いていたが、カイトに背を押され、魔王の元へ行く。



「あ、あの……」


「なに、すぐに勇者をぶちのめしてこの戦争を終わりにする。後はまたお前の美味い飯を食いながら楽しくやるさ」



 ニカっと笑う魔王に、ユーリィはそっと目を閉じ顔を上げる。

 そしてまた魔王にその唇を奪われるのだった。



 * * *



「魔王様、南の魔王アファネスの到着を待たないのですか?」


「ふん、奴が来るにはまだ数日かかるだろ? それより目の前に勇者の野郎がいる。勇者はぜってぇ許さねぇ。この俺様がぶっ殺す!!」



 魔王はそう言って、四天王が見守る中、この陣を出て行く。

 魔族たち皆魔王が通るその道にひれ伏している。



「魔王様、ご武運を」


「どうかご無事で」



 武のガゼルも義のエルバランもかしづきながらそう言う。

 魔王ザルバードは彼らのそんな言葉を受けながら悠然とドリガー王国の砦に向かう。



 そしてそこには数人の者を残し、全ての兵が引いていた。

 魔王はそこまで悠然と歩いて行きその者たちに対峙する。



「お前が勇者か? 俺様はザルバード=レナ・ド・モンテカルロッシュ・ビザーグ。始祖レナ・ドの血を引く東の魔王だ」


「勇者ロラゼム。東の魔王ザルバード、貴様が捕らえているサルバスの村の住民を返してもらう! 貴様の非道極まる扱いから解放してやるんだ!!」


「はぁ? サルバスの村だぁ? あいつ等なら元気に俺の城で農作業してんぞ?」


 対峙した勇者と魔王は言葉を交わすが、ややもかみ合っていない。

 しかしザルバードにとってはそんな事は些細な事だった。



「まあいい、勇者は俺のオヤジの仇だ。てめぇとは関係ねぇが、勇者は許さねぇ、ぶち殺す!」


「捕らえられ苦しめられている人々の為、僕は貴様を倒す!」



 やはりかみ合わない会話だが、双方そこまで言った瞬間その場で姿を消す。

 そして、対峙していた中央でいきなり剣戟の音が鳴り響く。


 

 ガキーンっ!



「ほう、俺様の一手を止めるか?」


「こんなモノっ!」



 ばっ!


 現れた魔王と勇者はつばぜり合いの状態からまた一瞬でその場から姿を消す。

 そして人の目には捕らえられない程の速度で、あちらこちらで剣戟の火花を散らす。



 がきーんっ!

 ががきーんっ!!



「ふんやるじゃねーか、だがこれはどうだ!」


 魔王はそう言って魔光弾を放ちながらその陰に入り込み勇者に斬り込む。

 勇者はその魔光弾を剣で切り裂くと同時に、左手に括り付けられた盾で魔王の斬撃を反らすように流す。


 しかしその時点で魔王は次の魔法を発動させる。

 足元から一気に地獄の業火が燃え上がり勇者を襲う。



「ロラゼム!」


 しかし、勇者の仲間の一人が防御魔法を発動させ、間一髪その業火の炎に包まれる事を免れる。

 そして勇者は大きく下がって仲間の近くまで行く。



「すまん」


「ロラゼム、回復を!!」


 だが完全に魔王の炎を避けきれず、所々にやけどを負っていた。

 それを仲間の神官姿の少女が回復させる。


「魔王の魔法は絶大だ。可能な限りの防御魔法をかける」


「頼む、くそ、なんて強さだ!」


 回復魔法を受け、そして仲間の魔導士の対魔法防御の魔法をかけてもらう勇者だったが、そこを魔王が見逃すはずもない。



「俺様を前に補佐を受ける暇があると思っているのか?」


「しまった、みんな下がれ!」


 

 仲間から補佐を受けるその一瞬に隙が出来、魔王は勇者の目の前で大剣を振り上げていた。



「だめっ! お願いロラゼム、魔王を倒してユーリィを救って!!」


 

 しかし、その大剣が振り下ろされるその前に一人の少女が勇者ロラゼムとかばうように飛び込んできた。



「シーラ!!」



 叫ぶ勇者の言葉に誰もが少女が切り伏せられると思った瞬間、魔王のその剣は彼女の服一枚をほんのわずかに切り裂いて肌に当たる前で止まった。



「シーラだと? あのメスか??」



「魔王っ!!」



 どすっ!





 魔王がシーラに気付いたその瞬間、勇者の聖剣が魔王の胸に突き刺さるのだった。

 

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