第十六話:魔王様の大満足


「さあ、お前たちも見て驚くがいい!!」



 東の魔王ザルバードはそう言って本日のメインディッシュである牛の丸焼きを持ってこさせる。

 

 流石に魔王たちも牛が丸々一頭焼かれたものが出てきて驚きを隠せいない。



「牛一頭丸々焼いたのかよ!?」


「へぇ~、厨房でちょっとだけ見たけど、こうしてみるとやっぱりすごいね」


「無駄な事だが、流石にこれは常識を超えている」



 南の魔王アファネスは今までの料理にも驚かされていたが、流石にこんなものが出て来るとは思ってもいなかったため、かなり驚いていた。

 厨房で既に牛の丸焼きを焼いている様を見てはいた西の魔王ロベルバードだが、出来あがったそれにやはり驚きを示す。

 そして北の魔王であるエレグルスはその常識を無視したそれに驚きを越えてあきれ果てていた。



「本日のメインディッシュ、牛の丸焼きにございます」


 セバスジャンがそう言って一礼をすると、ユーリィとローゼフは早速牛の丸焼きを切り始める。

 ユーリィは脇腹の場所をナイフで切り裂き、ほど良い大きさに切り分ける。

 そして内蔵の部分に詰めた中身も引き出して、お皿のわきに乗せる。

 別に作っておいたソースをかけ、飾りつけのパセリを添えて完成。


 それを各魔王の前に出す。

 すると、香ばしい香りと共に、肉汁のあふれたうまそうな香りが漂う。



「ふむ、流石に切り分けてきたか。しかし牛を丸々焼いたわりには中にまで火が通っている様だが?」


「へへへ、お前らが来る数日前からこいつは調理が始まっているんだぜ?」


 エレグルスが皿に出された肉の状態を見ながらそう言うと、ザルバードはまるで自分がやったかのように自慢する。

 それをユーリィは苦笑しながら、味の濃いめのワインを準備する。   


 ワインを各魔王に注いで、いよいよメインディッシュを口に運ぶ魔王たち。

 そしてそれを口に含んだ瞬間、全ての魔王たちが目を見開く。



「これは!」


「う、うまいっ!」


「驚いたね、こんなに美味しいだなんて」


「うめ―っ!! お前らが来るまで手を出さずに我慢した甲斐があったぜ!」



 切り分けて口に入れたその肉は、しっとりと柔らかくとてもジューシーだった。

 外の皮はパリパリだが、そのパリパリの皮が内部の肉汁を包み込み、じっくりと焼くことにより旨味と油をたっぷりと保持している。

 だからと言って、余分な脂は抜け出ているので油っこすぎると言う事は無い。

 そして、じっくりと香草の効いたオイルを塗りながら焼いた事により、香草のほのかな味わいと香りも相まって肉本来の味を引き立たせている。

 

 エレグルスはソースのかかったところも口にする。



「何と!」



 それは赤ワインと出てきた肉汁をいろいろな野菜と一緒に煮込んで作った特製のデミグラソースだった。

 肉単体でも勿論美味いが、じっくりと煮込んだデミグラソースがかかる事により、その複雑な旨味が肉自体の旨味をさらに引き出す。

  


「なんだよなんだよこれ! 反則じゃないか!!」


 アファネスもそう言ってそれらを口に運ぶ。

 と、ロベルバードは隣に置かれている物を口に運ぶ。


「んむっ! これは凄い! 牛の油を吸った野菜やパン、そして干しブドウか! 全体的にはしょっぱい味付けだが、干しブドウの甘みがアクセントとなってとてもうまいね」


 内臓の部分に詰め込まれていたあんだった。

 それはじっくりと熱をかける事により、牛の内部で牛の油を吸い、特別な旨味を出す。

 そして干しブドウの甘みが非常に良いアクセントとなる。


 ザルバードは赤ワインを口にする。


「ごくごく、ぷはぁーっ! おいユーリィおかわりだ!!」


 濃い目の赤ワインは、肉のそれを流すかのように口の中に程よい渋みと酸味を残す。

 しかしそれがまた次の肉を欲する。


 ユーリィは言われた通り、苦笑しながらまた牛の丸焼きを切り分け始めるのだった。




 * * *



「正直に言おう、見事だった」


「うん、そうだね。人族の食事がこうも美味しいとはね、驚きだったよ」


「くっそぅ~。僕の領地でもここまで美味しい物はない。ザルバード一体どう言う事だよ?」



 食事を終え、最後のアップルパイのデザートを食べ終わってから各魔王はザルバードに対してそう言う。

 

 ザルバードは満足そうに、最後のデザートであるアップルパイと紅茶を飲み終わり、クイクイっと指でユーリィを呼びつける。



「はっはっはっはっはっ! こいつだよ、俺様の小姓になったユーリィのお陰だ! こいつの作る料理は最高なんだぜ!!」



 魔王の隣にまで呼び寄せられたユーリィはそう言われ、ぺこりとお辞儀をする。

 正直魔族に対してはいまだ思う所はある。

 でも今は自分の作った料理を「美味しい」と言ってくれた魔王たちに、料理人としてちゃんと挨拶をするべきだと思った。



「ふぅ~ん、厨房で見た時から不思議に思っていたんだけど、君がザルバードを変えたんだ」


 西の魔王、ロベルバードはユーリィを見ながら面白そうに言う。

 それに北の魔王エレグルスも南の魔王アファネスもユーリィにじっと視線を注ぐ。



「へへへへ、すげーだろ? しかしこうなって来ると余計に腹が減って来る。ユーリィ!」


「え、あ、ちょっと魔王! みんなの前でっ、いやぁ、んむぅっ!!」



 ザルバードはそう言いながらユーリィの細い腰を引き寄せ顎に指をかけて上を向かせて唇を奪う。

 ユーリィは他の魔王の手前、焦るも既にザルバードに引き寄せられ、いつものように唇を奪われるが、その表情は決して言葉どうりでは無かった。


 頬を染め、目を閉じザルバードに唇を奪われる。

 

 もう何度目か分からないそれに、絡み合う舌。

 ザルバードの唾液は甘く、ユーリィはそれを欲してしまう。



 ちゃばちゅば♡

 ぢゅちゅーっ♡



 二人の重なる唇からする音に、他の魔王たちは驚きを示す。

 そして、離れる二人の唇の間には、唾液の橋が一瞬で来てから消える。



「驚いたな、ザルバードに魂をそれだけ吸われているにもかかわらず死なないとは」


「へぇ、なんでその少年がザルバードの手元に置かれているかが分かったよ」


「くぅ、なんなんだよそいつ! 僕のザルバードの餌の癖に!!」



 はぁはぁと赤い顔をしながらザルバードに寄りかかり、息を荒げるユーリィ。

 口元を手の甲で拭い、ザルバードは高笑いをする。



「はーっはっはっはっはっはっはっ! 腹いっぱいになったぜ!! こいつは俺様の小姓だ、すっげーだろ!!」





 全ての魔王が驚く中、東の魔王であるザルバードは心底ご満悦になるのだった。


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