閑話:ユーリィのレシピその2


「なんなんだよ、あれは!」



 ユーリィは厨房に戻り、そう言って小麦粉をバンバンと練っていた。

 

「どうしたんだよ?」


「なんか知らないけど、カイトって人が戻ってきていきなり唇を奪われた!」


 一緒に仕込みをしていたローゼフはそれを聞いてぎょっとする。


 魔王の小姓であるカイトが戻って来たのは聞いていた。

 しかしカイトがユーリィにいきなり手を出したというのは驚いた。

 何故ならユーリィは魔王のお気に入りで、人間のくせして魔王の小姓に任命されたからだ。



「戻って来て早々にカイトの奴も……」


 ローゼフはそう言いながらあく取りを続ける。


 まあ、カイトの気持ちも分からなくもない。

 カイトは魔王の小姓で、魔王を崇拝している。

 そして自分が魔王の小姓であることを誇りに思っている。


 それが、帰ってきたら人間風情の者が同じく魔王の小姓となっているのだ。

 心中穏やかでない事は察せられる。

 もしかしたらユーリィの魂を吸い取って殺そうとしたのかもしれない。


 だが、既にこの城にいる者は皆知っている。

 ユーリィが魔王に魂を吸われても死なない程の魔力を持っているという事を。



「で、結局あいつもお前さんの魂吸いきれずに諦めたんだろ?」


「それは…… まあ、そうなんだけど……」


 色々と察しているローゼフにカイトが何をしようとしたのかユーリィも理解をしていた。

 たぶん、自分が小姓と言う立場にいることが気に入らなかったのだろう。

 何故なら、カイトは自分が魔王の小姓である事に誇りを持っていたようだった。

 さぞかし人間であるユーリィが小姓になった事に怒りを感じていたのだろう。


 しかし……



「魔王も魔王だよ、すでに小姓がいるなら僕なんかを小姓にする事は無かったのに」



「はぁ? お前、魔王様の小姓になれるってのは凄い栄誉のある事なんだぞ?」


 流石に手を止めローゼフはユーリィにそう言う。

 しかし言われたユーリィはこねていた小麦の生地をボールに入れながら言う。


「僕にはよくわからないよ。魔王は僕の魂を吸うのが目的で僕と約束をしたんでしょ? なのに料理を作らせたり、家畜のみんなの食事事情や作物、畜産の手配とか全部ぼくの意見を取り入れてくれる。そして小姓をさせられている……」


「それだけお前さんを気に入ってるってことだよ。いいじゃんか、それで」


 ローゼフにそう言われ、ユーリィは水で濡らしたナプキンをボールにかけてからこちらに来る。

 そしてローゼフに聞く。



「そなのかな?」


「そうだよ。でだ、なんでこんなに仕込みを入念にするんだ?」


「うん、なんでも他の魔王が来るから、僕の料理を彼らに食べさせるんだって魔王が言ってた」


 それを聞いたローゼフはその手を再び止めて目を丸く見開きユーリィに聞く。



「他の魔王って、グランドクロスがここに集まるのか!?」



「え、ああ、そうみたいだよ?」


 ユーリィの答えにローゼフは思わず頭を抱え込む。


「マジかよ……全部の魔王がここへ集まるだなんて、何十年ぶりの話だよ…… しかもユーリィの作った料理を喰わせるだ? 魔王様、一体全体何を考えてるんだよ!?」


 頭を抱えるローゼフにユーリィは首をかしげる。

 が、何かを思いだ明日かのように頭を上げ、ユーリィを見る。


「そうだよ、今はお前さんがいたんだ! 良し、これなら魔王様の面子を潰さずに済む。特に南の魔王アファネス=レナ・ド・アシューク・リゼッテリアは美食家として知られているが、ユーリィがいれば大丈夫だ!!」


「魔王で美食家って…… 魔族は人間の魂を吸うからほとんど食事とかしないのでしょ?」


「いや、南の魔王だけは違う。あいつは前回も俺が作った食い物を馬鹿にしてた。いや、魔王様に『この程度の物しか作れぬものを家臣にしているのか、底が知れる』などと言って魔王様の顔に泥を塗ったんだ……」


 悔しそうにローゼフはわなわなと震えている。

 そんなローゼフを見ながらユーリィはため息をつく。


「じゃぁ、とっておきのコース料理を作らなきゃだね。サラダは温野菜のマリネを出そう。前菜は前回出したプレートで、スープはそうだね、カボチャのスープを作ろうか? それとメインは……」


 ユーリィはそう言ってしばし考える。

 そして、魔王は肉が好きだったことを思い出す。


  

「ねぇ、牛一頭手に入らないかな? 絞めた後、バラバラにしないで丸焼きに出来ないかな?」


「牛一頭丸焼きだって? なんだそれは!?」



 ローゼフは牛の丸焼きと聞いて驚く。

 魔族は魔力補給の為に戦場などでは牛も食べることもあるが、口にしやすいように切り分けるのが普通だ。

 しかし牛一頭丸ごと焼くなど聞いた事も無かった。



「ほほう、なかなか面白いことを思いつきますな?」


 ローゼフがユーリィの発案に驚いていると、いきなり声がした。

 見れば厨房の入り口にセバスジャンが立っていた。



「セバスジャン、牛一頭手に入るの?」


「可能ではありますが、一体どのような料理ですかな?」


「うん、昔聞いた話で大事な賓客を最大限の敬意を持って迎える時の料理らしいよ。そして牛一頭丸々焼いたものを出せるのはそれだけ力があることを誇示する為の物だって」


「なるほど、まさしく魔王様の力を示す為には最良ですな。分かりました、すぐに用意をしましょう」


 セバスジャンはそう言って踵を返して立ち去ろうとするのをユーリィは引き止める。



「ちょっと待って、出来れば黒い色で毛並みが良くて若い牛が良い。痩せているの駄目だよ」



 それを聞いたセバスジャンは頷いてから立ち去る。

 ローゼフはユーリィに聞く。


「まあ、セバスジャンの事だからユーリィの望み通りの物を持ってくるだろうけど、ただ牛を丸焼きにしたって焼いただけの事だろう?」


「まあそうなんだけど、実際には脇腹の部分を切り取って出すつもり。そこはカルビと言って脂身が良く乗っていて、焼き上げ方にもよるけど、とても美味しい部位なんだ」


 ユーリィはそう言いながらいくつかのスパイスと人参、玉ねぎ、干しブドウ、そしてジャガイモとパンも用意する。



「後は内臓を奇麗に取ってくれるだろうから、これらの食材を下準備して牛のお腹に詰め込む。そしてっ表面にオリーブオイルにハーブとガーリックを漬け込んだものを塗りながらじっくりと焼き上げるんだ」


 言いながら人参、ジャガイモの皮をむき、玉ねぎも大きめに切り始める。

 それをオリーブオイルにガーリックを入れて香りを移した後、入れて炒め始める。

 塩コショウして、程よく火が通ってうっすらと茶色になった頃に、オレガノ、バジル、ナツメ、乾燥パセリ、シナモンそして干しブドウとちぎったパンも一緒に入れて再度炒める。


 全体的に良く炒まったら、それをボールに移してまた同じものを作り始める。



「なんだよ、そんなにたくさん作るのかよ?」


「これは牛のお腹に詰め込むからね。焼き上がった時に牛の脂も吸って美味しくなると同時に、カルビの部分にもこれの香りと風味が染み込むからね。鶏とかでも応用できるんだけど、今回は牛だから沢山準備しないとね」


 そう言ってユーリィは牛の腹に詰め込む分をどんどん作ってゆくのだった。



 * * *



 翌日、セバスジャンはユーリィのリクエストどうりの牛を持って来た。



「流石セバスジャン、注文通りだね」


「既に血抜きはしてあります。してこれをどのようにするつもりですかな?」


 牛一頭、丸々ここへ運ばれたが、ここからはユーリィの指示に従ってローゼフが処理をする。

 ユーリィはローゼフに内臓を奇麗に取って、良く洗い、塩を塗り込んで表面を軽くあぶって一皮焼いてもらう。

 そして昨日準備して置いたあんを腹の中に詰め込み、ローゼフに言う。



「これで準備は出来たけど、魔法でじっくり均一に焼いて行く事って出来る?」


「ちと難しいが、数人がかりでやれば出来なくも無いが…… 俺一人じゃ魔力がなぁ」


 ローゼフがそう言って唸っていると、またまた厨房の入り口から声がする。



「それなら俺が手を貸すぞ?」


「ガゼルの魔法は雑だ。私が手を貸そう」


「それなら私も手伝うぞ? ところでデザートは何を準備しているのだ??」



 見れば四天王のガゼルとラニマニラ、エルバランの三人が立っていた。


「手伝ってくれるの? ありがとう! じゃあ、大体二日かけてじっくりゆっくり中まで火が通るように焼いてね! 時々オリーブオイルを塗りながら寝ないでお願い! 僕は他の料理の仕込みを始めるからね。魔王の話だと、後二、三日で他の魔王も来るだろうって言ってたから、ぎりぎり間に合うよね!」




 にっこりと笑うユーリィにローゼフは思わず「げぇっ」と声を漏らすのだった。


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