第十話:魔王様のもう一人の小姓


「よくぞ戻って来た、カイト」


「はっ、魔王様」



 今魔王の間に一人の魔族の少年が片膝をついて魔王に頭を下げていた。

 年の頃、人であれば十三、四歳くらいに見えるのでユーリィと同じくらいに見える。

 魔王は彼を見てやや機嫌がいいようだ。

 後ろに控えているユーリィには魔王のその様子が分かるくらいにはなっていた。



「で、あいつらはどうだ?」


「はっ、魔王様の書状を持って行きましたが魔王様の広大なお考えに興味を示されたようです」


「ほう、では俺様の呼びかけに答えると?」


「はい、近々こちらに向かうとの返答をいただきました」


 それを聞いた魔王はいきなり笑い声をあげて立ち上がる。



「はーっはっはっはっはっはっ! そうか、奴らが来る気になったか!! ユーリィ、聞いたか? あいつら来たらぜってぇ驚くぞ! そしてユーリィの作った食いモン食わせて自慢してやるぜ!!」



 後ろに控えていたユーリィはいきなりの事でビクッとなり、たじろぐ。


「な、なんだよいきなり? あいつ等って誰だよ??」


「聞いて驚け、世界の魔王たちだ! この世界には魔王が四人いる。東の俺様ザルバード=レナ・ド・モンテカルロッシュ・ビザーグ、西の魔王ロベルバード=レナ・ド・ウェスタ―・ロマネテ、南の魔王アファネス=レナ・ド・アシューク・リゼッテリア、そして北の魔王エレグルス=レナ・ド・ザビンチ・シュクリナーゼだ。俺たち魔王はグランドクロスと呼ばれ、この世界で魔の頂点に立つ者だ」


 何時になく饒舌にそう言いながら、マントをばさりと払って両の手を広げる。

 その様に、控えていた少年の魔族はキラキラした目をしながら頬を染めて言う。



「ああっ、世界の頂点に立つ我が君、四大魔王の中で一番お美しく、そしてお強い。その魔王様の招集に他の魔王たちが集まる、これはもう魔王の中でてっぺん取ったも同じですよ、魔王様!!」



 どんなてっぺんかは分からないが、言われた魔王はうんうん頷きながら腕を組む。


「まぁ、オレ様が声を掛ければこの通りよ! 久々にあいつらの悔しがる顔を拝んでやるぜ!」


 くっくっくっくっと笑いながら想像でもしているのだろう、腕を組んだまま目をつぶり楽しそうにしている。

 そんな魔王を羨望の眼差しで見つめる少年魔族カイト。

 が、その瞳がいきなりすぅっと細くなり、後ろに控えているユーリィに向けられる。


 

「ところで、魔王様。私のいるべき場所に何やら人間の様なものがいるのですが?」


「ん? ああ、ユーリィか? こいつは俺の小姓に任命した奴だ」



「なっ!?」



 魔王のその言葉を聞き、少年魔族カイトは背景を真っ暗にして大きな雷を落す。

 そして自身は真っ白になってしばし固まる。


 が、すぐに復活して魔王の足元まで駆けつけ、すがるように聞く。



「一体どう言う事ですか!? 魔王様の小姓はこの私カイトただ一人のはず! それを小汚い人間如きの小僧にその栄誉ある座を渡すなど!!」



「まぁ、落ちつけカイト。お前だって俺様の小姓であることには変わりない。だがな、このユーリィは俺様に魂を吸われても死なない。それ所かこの俺様を腹いっぱいに、満腹にしたんだぜ?」


 それを聞いたカイトは大いに驚く。


「ま、魔王様を一人で満腹にしただって!?」


 思わずユーリィを見る。

 魔族にしてみれば、人間など食料でしかない。

 それに姿かたちは魔族と似ているが、魔族から見れば人間など犬猫同様見分けなどそうそうつかない。

 だが、このユーリィだけは何故か見た目の良さもあるのか、普通の人間とは違って見えた。



「き、貴様は一体何者なんだ?」


「え、あ、いや、魔王と約束してここに居るのだけど……」


「なっ!? ま、魔王様と貴様如き人間が、け、契約をしたというのか!!!?」


   

 カッ!

 どんがらがっしゃぁ~んっ!!



 カイトは背景を二度目の真っ暗にして、今度は滝のような雷を落す。

 そして真っ白に石化してから風に流され風化して粉々になって行く。



「って、それ所じゃない! ま、魔王様一体どう言う事ですか!? け、契約までしただなんて!! そんな、魔王様ともあろうお方がたかが人間風情と、け、結婚なさるとはぁっっっ!!!!?」



「はぁっ!?」



 カイトのその叫びに、今度はユーリィが驚く。

 思わず魔王とカイトを交互に見てしまう。



「契約じゃねぇよ。約束したんだ。こいつがこいつの知り合いのメスを助けてくれれば自身を捧げるとな。まあ、俺様も腹が減っていたんですぐにこいつを喰ったんだが、そうしたらすっげぇ美味い魂で、しかも吸い尽くす事が出来ずこの俺様を満腹にしやがった。更にこいつの作る料理はすげぇうまくてな、今じゃ四天王たちも俺様と一緒にこいつの料理を喰う毎日だ」


 カッカッカッカッカッと笑う魔王。

 そんな魔王とユーリィを見比べてカイトはすっと無表情になる。



「魔王様の小姓は私一人で十分です…… こんな人間如き!」



 そう言ってカイトはいきなりユーリィに襲いかかる。

 そしてその唇を奪う。


「んむっ!?」


 

 ずじゅ―っ!!



 カイトがユーリィの唇を奪い、魂を吸う。

 それは一切合切容赦のない、本気の食事。

 普通の人間であれば数秒と持たないであろうその捕食に、しかしカイトは目を見開く。

 いくらユーリィの魂を吸っても吸いきれない。

 カイトとて、魔王の小姓になるだけあって並みの魔族よりずっと優れている。

 当然必要とする魔力も多く、本気で魂を吸えばすぐに人一人など殺せる。


 が、ユーリィに関してはいくら吸っても吸いきれない。

 それどころか、もう吸いきれない程腹がふくれて来る。


 そしてカイトはユーリィの唇から自分の唇を離す。



「ぷはぁっ、はぁはぁ、あ、有り得ない。これだけ吸っているのに全く魂が減った気がしない……」



「ふふふふ、どうだカイト? すっげーだろこいつ! しかし、勝手に俺の喰いモンに手を出すとは、いくらお前でもお仕置きだな?」


 そう言って魔王はグイっとカイトを引き寄せる。

 そしていきなりカイトの唇を奪う。



「んんんぅむうぅ♡」



 しかし唇を奪われたカイトはものすごくうれしそうな表情をする。

 それどころか、魔王の首に手を回しさらに自分から体を引き寄せ魔王に唇を吸わせる。



 じゅちゅ、ちゅぱ、じゅる……



 隣で見ているユーリィにまで聞こえて来る熱い口づけの音。

 ユーリィはそんな二人を見て思わず身動きが出来なくなる。


 魔王が食事の為に人間の唇を奪うのは知っている。

 だが、ユーリィに出会ってから魔王はユーリィ意外に口づけを交わした所を見た事がない。

 何時も自分を求め、そして魔王にキスされていたユーリィ。

 それが目の前で他の男の子と口づけをしている。


 

 ちくっ



 何故か胸の奥にトゲの様なものが刺さった感じがした。

 しかし魔王とカイトの口づけはまだ終わらない。

 カイトの上気した様子を見ていると、ユーリィの胸の奥のトゲが更に刺さったような感じがする。



「ぷはぁ~。ふう、結構魔力を吸っていたんだな?」


「んはぁ、ま、魔王様、もっと吸ってくださいぃ、私の全部吸ってぇ♡」


 やっと離れたかと思ったらカイトはぐったりとしながら魔王の胸に寄りかかる。

 そして赤い顔をしながらはぁはぁ言っている。



「な、なんなんだよ、それ……」


「ん? ああ、お前から吸い取った魔力をカイトから奪い取ったんだよ。魔族は魔力を吸い取れるが、より上位の存在は下位の存在の魔力を吸い取る事が出来んだ。だから勝手に俺の食い物に手を出したカイトにはお仕置きで、お前から吸い取った魔力を全部俺様が吸い取ったのさ」


 思わず聞いてしまったユーリィに、そう言いながら魔王は手の甲で口元をぬぐう。

 それを聞いたユーリィは何故か自分でもわからない複雑な感情が込み上げてくる。

 

 自分の魔力を魔王が吸い取ってくれたのは何となく嬉しい。

 が、その為にカイトと口づけをした事は何となく嫌な気持が込み上げてくる。

 その二つの気持ちが絡み合って複雑な感情となり、ユーリィ自身もよく分からなくなってきた。



「はぁはぁ、魔王様。凄かったです♡」


「いいかカイト、ユーリィは俺のモンだからな? 勝手につまみ食いするんじゃねーぞ?」


「そ、それは…… 分かりました……」


 カイトは魔王の胸元から離れ、ややも不満気ではあったがちらりとユーリィを見てからそう答える。 

 離れる時にニヤリとするその表情に、何故かユーリィはムカッとした。


「むか?」


 しかし、湧き上がってきた感情に困惑している暇もなく、カイトはとても重要な話を始めた。



「それと魔王様、南の魔王アファネス=レナ・ド・アシューク・リゼッテリアのもとに勇者が現れたと噂があります」


「なんだと?」


 魔王から離れ、足元にまた片膝をついてカイトはそう言う。

 それを聞いた魔王は方眉をピクリと動かし、カイトに確認をする。



「その話、詳しくしろ」


「はい、これはまだ噂段階ですが南の魔王は接する人間の国に勇者が現れたという情報を手に入れました。現在確認中との事で、今回魔王様の招集に応じた理由の一つと言ってました」


 カイトのその話に、あからさまに不機嫌になる魔王。

 しかし、ふんっと鼻を鳴らしてから南を見て言う。



「本物かどうかはあいつが来てから聞くとしよう…… もし本物の勇者であれば一切容赦するものか!」





 魔王のその言葉にはただならぬ怒気が含まれていたのだった。



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