第二章:魔王様の気がかり

第六話:魔王様の気がかり


 魔王は玉座で片肘を立てて、その上に頬を載せ虚空をぼんやりと魔がめていた。


 

 昨日の晩は美味いとんかつを食べた後、ユーリィも食べた。

 無理矢理ユーリィの唇を奪い、魂を吸う。

 もがきながらも、魔王に口づけされ、徐々に魔王の唾液に高揚を始め、大人しくなっているユーリィに舌をねじ込み、凌辱をした。


 そして甘美な味に陶酔しながら、その魂の味を堪能してまた満腹になった。


 一瞬、夢中になって吸い過ぎて、ユーリーを殺してしまったのではないかと心配したが、上気した表情でユーリィは荒い息を吐いていたので、ほっとした。



 せっかくの上物をそんなに簡単に殺してはもったいない。

 それに、人間の食い物というのはかくも美味いものだとは、初めて知った。


 それもこれも全てユーリィのお陰である。



「しかし、何故あいつだけは俺様があれ程魂を吸っても死なない?」


 今までは腹いっぱいになる前に魂を吸いつくし、その相手を殺してしまった。

 頭では分かっていたが、空腹に歯止めが止められず、何時も魂を全部吸っていた。


 しかし、ユーリィだけは違っていた。


 いくら魂を吸っても尽きることがない。

 そんな彼をまじまじと見ると、何となく良いと思ってしまう自分にも驚いている。


 まだ少年と言ってもいい、ひ弱な存在。

 おそらく、人族の同じオスの中でも更にひ弱な部類だろう。

 一緒にいたあのメスの方が強そうだと思えるほどだ。


 だが、そんなユーリィをまじまじと見た魔王は、何と言うか、もの凄く良いと感じてしまった。



「何なんだこれは?」



 一人、誰もいない王の間で魔王は自問自答するも、その答えは見つからない。



「ええぇぇぇぃ、やめやめ!」


 頭に手をやり、銀の長髪を片手でぐしゃぐしゃとしてから立ち上がる。

 そして城下を見る。


 城の庭先では、人間たちが野菜を作っている。

 なんでもユーリィが食材は新鮮なものが欲しいし、人間たちの食料も必要だからと言って場内に畑を作らせているらしい。



 四天王スィーズの提案した、人間を家畜として飼う事により、魔族の食料である魂を安定して搾取出来る方法は功を成していた。

 最近では魔王軍は近隣の人間の村や町を攻め入る事が少なくなってきた。

 もともとは生存する為の侵略。

 その目的が、家畜である人間たちが確保できたことにより、進軍する理由が薄くなってきた。


 それに、最近の魔王はお気に入りのおもちゃを手に入れた。



「ユーリィか……」



 魔王はそう言ってマントを翻して玉座に戻る。

 そして椅子に深々と座って嬉しそうにする。



「くっくっくっくっくっ、今日は何を食わしてくれるんだろうな?」



 心底楽しそうに、そう魔王は笑うのだった。




 * * * * *



「えっと、新鮮な野菜が手に入るなら後は鶏とか豚とかも飼って、安定して欲しいね」


「ふむ、そうなるとこの城の庭だけでは足らなくなるな。魔王様に進言して農場の拡大と家畜の育成もしてみましょう」



 庭の中の畑を見ながら、ユーリィはセバスジャンにそう言う。

 労働力は農民だった人間たちがいるので、何とかなる。

 そして外敵に関しては魔族たちがいるので、魔物も魔獣も怖くない。

 場合によっては倒した魔物や魔獣は食材になる。


 ユーリィは何だかんだ言って、魔族と捕らえられて家畜とされている人族両方が微妙なバランスで共存する状況を作りだしていた。




「ほう、君が魔王様のお気に入りという人間だね?」


 セバスジャンとあれやこれや話をしていると、いきなり後ろから声をかけられた。

 見ればスラっと背の高い、色白で水色の長い髪に眼鏡をかけた線の細い美形の魔族が立っていた。



「これは、スィーズ様。前線の視察からお戻りでしたか?」


「ああ、今の所は我が軍を人族の砦まで進軍はさせたが、私の提案した家畜化計画を魔王様が認可していただいたので、これ以上進軍を急ぐ必要がなくなったからね」


 眼鏡のずれを中指で直しながら彼、四天王が一人、智のスィーズはユーリィを見る。

 ユーリィはその視線に背筋にぞくりとするものを感じる。

 まるで蛇にでもにらまれたような感覚だった。



「ふむ、まだ少年と言ったところか? しかし家畜たちに野菜を作らせたりすることを提案したのは君らしいな?」


「そりゃ、新鮮な食材がなと料理は出来ないもの。それに僕らの食料だって必要でしょ?」


 そう言うユーリィにスィーズはにたりと笑う。

 その微笑みに更にユーリィは背筋にぞくりとするものを感じて思わず一歩下がる。


「ふふふふ、確かに家畜は我らの食料。しかしその家畜の食料を毎度毎度襲った村や町から持ち帰るのも一苦労だからね。我々魔族には畑を作るという考えはなかったよ。しかし、君のおかげで家畜が長生きして、我々への食料提供を長々やってくれるのは我々魔族としては大歓迎だよ」


 そう言ってすっとユーリィの顎に手を伸ばし、くいっと顔を上げさせる。

 スィーズはすっと顔を近づけいう。



「君の魂はとてもかぐわしい香りがする。魔王様の小姓でなければ私が味わっていた所だが、残念だよ」



 そう言ってすっとユーリィから離れる。

 ユーリィは離れられてからもドキドキと心臓がしていた。

 

 とても怖いものを感じた。

 それと同時に魔王の事が何故か頭をよぎっていた。



「ぼ、僕は……」



「まぁまぁ、スィーズ様お戯れはここまでに。彼は魔王様の小姓にございます故」


「はははは、分かっているよ。でも彼には興味がある。また話をしようじゃないか」


 そう言ってスィーズは向こうへと言ってしまった。





 ユーリィは彼のその背をしばし見つめるのだった。


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