第12話 英雄のゆくえ
弟から療養を命じられ、ヴァーツァは不服だったようだ。
「それにしてもバタイユ。一年は長すぎるだろ? おかげで、アンリの戴冠式を見損ねたじゃないか。これは大きな損失だぞ」
「長くないよ。蛮族にやられて、兄さんは瀕死の重傷だったんだよ?」
「仕方がない、アンリを守る為だったんだから。俺は彼の盾だ」
陛下とヴァーツァが親友だというのは本当らしい。少なくともヴァーツァの方は、アンリ陛下に対し、真摯な友情を抱いている。
憤慨したようにバタイユが喚く。
「だって、心配したんだよ? ちょっと目を話した隙に柩がどっかへ行っちゃって、それからずっと行方不明になっちゃうんだもん。昨日、兄さんの意識の波動が伝わってきて、ようやく居場所がわかったんだ」
クルルルルル……。
バタイユが話し終わった時、不思議な声がした。
小さな影が部屋に入ってきた。顔に黒い筋が通っている毛むくじゃらの……。
「げ、ネズミ!」
「メルル!」
俺とヴァーツァが同時に叫んだ。
あろうことか、ネズミは、二本足で仁王立ちした。つぶらに見えないこともない眼で、ぎろりと俺を睨み据える。
「ネズミではございませんです! フクロモモンガですます!」
「ネズミがしゃべった……」
「失礼な。わたくしめをなんだと思っているのですか。それに、何度も言わせないで下さいです。わたくしめはフクロモモンガ、ネズミなどではありませぬ」
「メルル、今までどこにいたんだ?」
ヴァーツァが尋ねる。優しい声だった。
「ずっとあなた様の柩についておりましたでございますです。メルルだけでございますよ? ヴァーツァ様のそばにおりましたのは」
「ありがとう、メルル。君の気配はいつも感じていたよ」
「エシェック村からここへはどうやってきたんだ?」
バタイユが問う。
「貴方様の魔方陣に同行させてもらいましたです、バタイユ様」
「ふうん」
バタイユは、いかにも面白くないと言った風だ。
ヴァーツァが俺に向き直った。メルルに向けていた優しい眼差しがそのまま残っている。どきんとした。
「メルルは俺の忠実な僕なんだ」
「ネズミがしもべ……」
唖然とするしかない。
メルルが激高した。
「だから、ネズミじゃなくてフクロモモンガですます! それに、貴方様はわたくしめに恩がございます」
「恩だって?」
問い返すと、メルルは胸を張った。
「迷子のあなた様を、ヴァーツァ様の元までお連れ申したのは、わたくしめでございますですよ」
「迷子になんかなっていなかったよ」
一応弁解してみたが、メルルはフンと鼻を鳴らしただけだった
そういえば、ヴァーツァの柩が安置されていた礼拝堂へは、大きなネズミの後を追って行ったんだった。あのネズミの頭にも、黒い筋が通っていたっけ。
「なんで俺をカルダンヌ公の元へ?」
「あなた様がヴァーツァ様を探していたからでございます。それにわたくしめは、ヴァーツァ様から申し付かっておりました。ハンサムな若い男の子がいたら、とりあえず引っさらって確保しておけ、と」
……げ。
もしかしてあの噂は本当なのか? カルダンヌ公が、きれいな女の子を何人も融解して、飽きるとすぐ殺してしまうという……。
俺は女の子ではない。だが、彼におびき寄せられたことだけは、どうやら間違いがないようだ。
考えてみれば、柩に(ヴァーツァにではない!)キスしたのだって、どうみても不自然だ。俺は衝動的に誰かに(何かに!)キスするような人間ではない。あの時は、まるで誰かに操られたような気分だった。あれはもしかしたら、ヴァーツァの妖力かもしれない。
「兄さん!」
怒りに燃えた叫び声がした。ヴァーツァが首を竦めた。
「それにメルル! お前、僕の命令はちっとも聞かなかったくせに、なんで、兄さんの命令は聞くんだ? それもふしだら極まりない言いつけを!」
「おいおい、ふしだらはひどいな。俺はただ、己の欲望に忠実であろうとしただけだ」
「そういうのをふしだらっていうの!」
「わたくしめはヴァーツァ様のしもべ、誇り高きフクロモモンガでございますです。マタタビごときで買収されません!」
敢然とメルルが言ってのけた時だった。
「メルル、このっ!」
バタイユが小さな毛むくじゃらの身体をひっつかんだ。止める間もなく彼はそれを、壁めがけてたたきつけた。
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