第10話 アンデッド


 「なんでこんなん、連れて来るんだよ」

 バタイユがぷんぷん怒っている。カルダンヌ公ヴァーツァの弟だ。


 光の渦に巻き込まれ、連れて来られた先は、古い城だった。周囲は岩に囲まれ、その向こうに煌めく青い海が見える。

 どうやら離れ小島の古城のようだ。


「こんなんで悪かったな。俺だって好きで連れて来られたわけじゃない」


 子ども相手に、意地になって言い返してしまった。

 つか、ここ、どこ?

 なぜ俺がこんなところに?


「だって君は俺を愛しているんだろ? だから連れてきてやったのだ」

 ヴァーツァはテーブルについていた。優雅に紅茶茶碗を傾けている。


「お黙りなさい! 悪霊退散!」


 杭を突き付けようとして愕然とした。

 ない。銀製の杭はあの礼拝堂に置いてきてしまった。


「悪霊? ひどいな」

 言いながら、悪霊本人は落ち着き払って紅茶を啜っている。


 夜はすっかり明け、部屋の中は爽やかな朝の光が満ち満ちていた。このすがすがしい空気の中、容赦なく真実をつきつけることにした。


「カルダンヌ公、貴方は死んだのです。貴方の御遺体はエシェック村に置き去りにされましたが、魂の方は悪霊となって、王都で狼藉の限りを尽くしました。天災を起こし、要人を殺し、多くの人を恐慌に陥れました」

「悪霊? ちょっと待ってくれ。俺はあの棺の中で眠っていただけだ。死んでたわけじゃない」

「……へ?」


 まじまじと目の前の男を見据えた。

 軍服は窮屈とかで、彼はシャツ姿になっていた。白いシャツと金色の髪、そして健康そうなバラ色の頬。瞳の色は、夕べよりは薄い、すみれ色に見える。


「そうだよ。兄さんは死んでなんかない」


 弟のバタイユが口を出す。彼は木馬に馬乗りになって揺らしていた。だが、普通の子どものようには全然見えなかった。

 礼拝堂の中は暗くて気がつかなかったが、彼の眼球は真っ赤だったのだ。


「兄さんが入っていたのは、厳密には棺じゃない、療養箱だ。僕が造った。今回の傷は、さすがの僕にも手に負えなかったからね。治すのに時間がかかった」

 弟が言うのに、兄が補足する。

「バタイユはアンデッドなんだ。この子は俺のことが大好きでね。だから、7歳の魔法選びの時に、治癒魔法を選択した」


 ん? 今、さりげなく凄い言葉を聞いたような……?


「治癒魔法は、兄さんに使うために選択したんだよ、もちろん! 僕は兄さん専属の治療師だ!」

「わかってるさ」


 ペシスゥスの貴族は、9歳の時に、自分が主として使う魔法を選ぶ。いわゆる専門魔法の選択だ。何の魔法を選ぶかは、本人の属性による。


 稀にだが、自分の好みで魔法を選ぶ者もいる。ただしこの場合は、何でも選べるオールマイティな能力を必要とする。専門魔法を選べたバタイユは、だから相当の魔術の使い手なのだろう。


 専門魔法が決まってからは、その魔法に特化した教育を受ける。魔法学校もあるけど、大貴族であれば、選りすぐりの家庭教師がつけられる。カルダンヌ公爵家の子息なら、間違いなく家庭教師による教育を受けただろう。


 ちなみに、時として平民でも魔法が使える者が生まれる。俺みたいに。

 幸い俺は最低限の教育を受けられたけど、普通は、きちんとした魔法の知識なんか授けて貰えない。その結果、大抵の者は魔力が暴走し、悲惨な末路を迎える。


 弟のことがよほど可愛いのだろう。ヴァーツァの頬に笑みが浮かんだ。その兄に、バタイユがすり寄っていく。なんだか必死の顔をしている。


「兄さんにはずっと生きていて貰わなくちゃ困るんだ! 父上も母上も早くに亡くなられて、兄さんまで死んじゃったら、僕はひとりぼっちになってしまう!」

「大丈夫だよ。バタイユ、お前はいい子だ。俺がいなくなっても、誰かがきっと、お前を愛してくれる」

「そんな人、いるもんか!」


 ヒステリックにバタイユが叫んだ。聞き分けのない声は孤独で痛々しい。その姿は、俺自身を見ているようだ。

 会った最初から、バタイユには意地悪ばかり言われてきたが、この時初めて、この子に親近感が湧いた。


 ヴァーツァが俺に向き直る。


「俺はアンリ殿下と一緒に軍に入ったけど、バタイユは、ほら、見ての通り少年の見た目だからそうもいかない。けれどこの子は、俺が戦闘で怪我をするたびにすっ飛んできて、治してくれるんだ」

 ほろ苦く微笑んだ。

「おかしいだろ? アンデッドが治療魔法を使うなんて」


 俺の頭の中でようやく言葉が意味を結んだ。

「アンデッドだって?」








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