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「地球最後の告白を」を聴いて「コンサータを飲んだ状態で熊本高校に戻れるとしたら」みたいな小説が書きたくなった

──『後悔は、やったことをやらなければよかったと思うこと

   間違いは、やらなかったことをやっておけばよかったと思うこと』──

☆☆☆


 2024年4月7日(日)。20時38分。


 ずっと寝ていた。無職のことわり


 こんにちは。井上和音です。


 「こんにちは。年賀いやがらせです。『タイトルから書いています。タイトルとは関係ない話が続くかもしれません』みたいな注意書きいらないんですか。そもそもが具体的な高校名出していいのでしょうか」


 駄目だと思う。でもね。熊本高校に戻りたいんだ。


 「井上さんの恋バナですか。一回告白して、振られて。それ以外聞いたことないのですが」


 正直に言うと、一回告白して、振られたというか、傷付けてしまい。友達だと思ってこれからよろしくのはずだったのが、いきなり告白されてショックを受けたらしい。当時流行っていた携帯のブログには「重たい朝がやって来た」と次の日に書いてあった。


 これを機に恋愛するのをやめた。考えてみれば高校生で働いてもいないで、自由に使えるお金も無くて「好きです」と言ってしまったところで、何が出来ると言うのだろうか。「何が出来るのだろうか」と思いながら告白した。振られた。「振られて良かった」と思ってしまう自分もいた。受け入れられた後のプランなど何一つ考えてはいなかった。


 最低だね。


 もっと最低なことを言うと、高校三年生の時にまた別の人を好きになった。高校一年生の時に振られたし、傷付けてしまったし、もう二度と恋愛はしないで、大学にでも入ってから恋愛をすればいいんじゃないかと思っていたら、また一人、特別に思ってしまう人が現れてしまった。


 告白はしなかった。その人には高三になって彼氏が出来ていた。同じ部活の人だったので、面倒なことにはなりたくないと、告白するのをやめていた。


 それを今でも引きずっている。ちなみに、その人は大学へ行き、彼氏は浪人して、二人は別れたとインターネット上で知った。


 自分も浪人したので、Facebookくらいしか情報源が無かったのだけど。


 こう書いていると、統合失調症とはまるで縁のない高校生活を歩んでいるような気がする。統合失調症の気配は全く無かったんだよな。


 高三の人とは、統合失調症になる前くらいまでずっと引きずっていた。なんなら同じ大学へ行きたいと思っていたくらいだ。同じ大学へ行き、たまたま先輩後輩となってもう一度だけ話をしてみたかった。


 大学も結局は別だった。別だったというよりかは、相手からしたら眼中にも無かっただろうから、自分の中で別になったとそれだけだった。


 「大学生活中に彼女とかできなかったのですか。はっきり言って、京都で一人暮らし大学生って彼女彼氏はやりたいことやりたい放題だと思うのですが。普通男女の契りというか交わりくらいはあるでしょう」


 全く無かった。睡眠障害の末に二浪して志望校でもなかった大学だったのか、人が人に見えなくなっていた。「ああ、bodyが動いているな」くらいにしか思えなかった。


 ゼミの人とも誰とも話さなかった。懇親会にも行かなかった。入学式にも行かなったし、卒業式や卒業アルバムの写真を撮ることも無かった。


 男女問わず、誰一人頼れる人が居なかった。自分が文学部哲学科に来たのは将来作家になるために来たと本気で思っていたので、読書をしたり、何が本当に面白いものなのかを探し続ける大学生活で、恋愛は全くしなかった。


 それを最近引きずり始めた。最初のゼミの時に、同じゼミで同じく孤独に浸っているような女性がいた。その人と仲良くというか、話しかけるくらいはしておけばよかったと思い始めた。


 誰かがいれば、統合失調症になることもなかったのかもしれないのにね。


 もしくは、実家以外の居場所があったのかもしれない。


 なんにせよ、道を外した。人生が外れた。恋愛とかだけじゃなくて、せめて人と関わっておくべきだった。後悔する、苦労する大学生活だったとしても、今となってはまるで幻のような大学生活になってしまった。私は本当に京都市に住んでいたのだろうか。


 京都市で何かしたのだろうか。


 しかしながら、一人でぼけーっとしていたら、今日のように「無職の理」ということで、ずっと日が出ている間は寝続けていたことは間違いない。


 京大病院西病棟に二度目の入院をしていたら、もう終わりだろうと思われる。一度でダメなら二度目は、おそらく半年は閉鎖病棟から出してもらえないだろうなと思われてしまう。


 人生崩壊ざむらい。どちらにしようと人生は終わっていたのかもしれない。今が終わっているとすれば。


 というわけで、人生で結局統合失調症まで行ってしまった一つの原因は、高校時代に恋愛に失敗し、好きとは何かを知らないで、大学まで一緒に行きたいと思うほど好きだった人には告白をせずに、ひん曲がった人生を歩んだその先に、統合失調症という帰結があるのではないかという主張がある。


 後悔ではなく、間違い。あと、コンサータが足りなかった。しかし、親元で暮らしながら劇薬のコンサータを貰うような人生になっていたかは、まずあり得ない。「高校はどこですか」「熊本高校です」「では発達障害ではありません」で終わる問診の可能性がとても高い。


 実際に、高校時代に「これはナレコレプシーでは」と思い、メンタルクリニックを受診した思い出がある。自分一人で行った。「昼間眠くて仕方がないのですが、どうすればいいですか」と訊いたら、答えは「まだ若いから睡眠薬は出せないんだよね」という、若造をめ切った回答しか得られなかった。何しにメンタルクリニックに行ったんだよ。睡眠薬でこれなので、発達障害の薬などまず無理だったと思われる。


 というわけで、「もしも、コンサータを手に入れた状態で高校時代に戻れるとしたら」みたいな小説を書いてみたくなった。書いてみたくなっただけなので、多分書かない。無職の理。有言不実行。書いたところで人気も出そうにありません。私に小説を書く力はありませんから。


 付き合って、抱き締めてみたかったと最悪なことばかり頭に浮かんできている井上さんでした。無職の理のはずが明日からまた仕事ですよ。無益労役。有益労働。もう四字熟語も訳わかんなくなりましたが、コンサータと睡眠導入剤を飲んだ状態で高校一年生に戻りたいのは本音です。神さま。人を本気で好きになれていたあの時代に戻してお願い。今、電車で人を見ても「bodyがたくさん」くらいにしか思えなくなってきているから。これ彼女とか一生無理よ。助けて神さま。

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