第3話
根本さんはそれから四分後にやって来て、涼くんはひととおり装備についての真坂さんの話が終わったころに到着した。
「すみませーん、出がけに友達からメールが入っちゃって」
大体が時間にルーズな男だが、急いで来たのはほんとうだろう。首筋にびっしょり汗をかいている。
「じゃ、出発だ」
真坂さんが号令をかけたとき、涼くんが、
「何、持ってんですか」
と、根本さんに声をかけた。
「あ、これ? ちょっとした挨拶代わり」
「挨拶?」
チュンさんが、驚く。
「だってほら、今日は土曜日。しゅるさんが自宅にいると考えられるでしょ? そのとき、これ、渡そうと思って」
よく見ると、根本さんが持っているのは、洋菓子の店の紙袋だった。フィナンシェがおいしいらしい。
「いつもは和菓子の箱詰めだから、こんなときは洋モノがいいかなと思って」
「さすが気が利くなあ」
真坂さんが感心し、
「だけど、偶然見つけたフリをしたほうがいいんじゃないですかあ」
涼くんの意見に、春奈も賛成だった。いくらお菓子を手土産にされても、自宅を探られるのは気持ちがいいもんじゃないと思う。
ごちゃごちゃといろんな話をしながら進んでいくうちに、林の奥へ入っていった。日はすっかり暮れ、林の中は静かな夜に包まれている。
真っ暗だった。とりあえず遊歩道を進んできたけれど、足元が暗くて心もとない。
「やっぱりこれがないと進めないな」
嬉しそうに、真坂さんが懐中電灯を点けた。続いてチュンさんも点ける。チュンさんの懐中電灯は小ぶりで、光の帯は細い。比べて真坂さんの光は、太くてしっかりしている。
「二本だけ?」
真坂さんが不服そうに言うと、
「僕、これでだいじょうぶです」
と、スマホの懐中電灯を点けた。それならと、春奈も根本さんも涼くんの真似をする。
周りはすっかり見通しがよくなった。
真坂さんが先頭になって、ふたたび歩き出した。迷彩服のせいか、懐中電灯の光と闇の暗さのコントラストのせいか、なんだか冒険に来たような気分だ。
「ちょっと興奮しますよねー」
涼くんが話しかけてきた。
「小学校のときのキャンプを思い出すな――」
「そうだねー、ちょっとドキドキする」
「わたしは国を思い出します」
チュンさんも話に加わってきた。
「チュンさんはベトナム出身なんだよね?」
春奈が顔を向けると、懐中電灯の細い光にチュンさんの痩せた顔が浮かび上がった。下からの光で、ちょっと怖い。
「わたしの家の近くは、こんな林ばっかりでした」
「田舎のほうなんだよね、チュンさんの家」
根本さんはほかのみんなよりチュンさんと親しい。国の話を聞いたことがあるのだろう。
ザクリと音がした。誰かが枯れ葉の束を踏んだようだ。
「結構、伸び放題だねえ」
ぐるりと頭上に懐中電灯を回して、真坂さんが呟いた。
雑木林というんだろう。似たような木が縦に横にもわもわ広がっている。足元の雑草もすごい。懐中電灯の黄色い光の中に、白いヒメジョオンの小さな花が揺れる。
「何年もほったらかしなのよ、ここ」
根本さんも顔を上げた。
「くわしいことはわからないけど、所有者が曖昧みたいよ、ここ」
「だから行政も手をつけないんだ」
涼くんは近くの小枝を追って、ポンと先へ投げた。闇の中に小枝が消える。
マルに訊いてくればよかったな。
春奈は思った。
市役所に勤めているマルなら、この林の所有者を調べられたかもしれない。いや、やっぱり無理かも。役所に勤めているからって市民のことがなんでも調べられるわけじゃないだろう。そもそもマルは、役所の選挙管理委員会に配属されているのだ。
「もうどれくらい来た?」
真坂さんが、立ち止って腕時計に懐中電灯を当てた。
「十五分か」
まだそんなもんなんだ。もっと歩いた気がするけど。足が疲れた気がした。普段、十五分も歩くことはまずない。田舎の暮らしは案外歩かないものなのだ。
「家なんかないです」
チュンさんも立ち止る。
「何、あれ」
涼くんの呟きに、みんないっせいに前方に目を向けた。
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