第3章 逆転 Vol.1

模試が終わってから、藤宮成世は少し気合いが入ったように見えたけれど、模試の結果が出てまたやる気を無くしたようだった。


まぁ無理もないか、あの成績じゃ。


当然、デートもお預けだ。


ああいうイケメンアイドルって、どんな子を好きになるのだろう。やっぱり女優さんとか?・・・いやいや、そんなこと興味ないでしょ、私。


紗希子は自分に言い聞かせるようにして、思考を方向転換させた。



近頃、気付いたら頭の中に成世がいて戸惑う。自宅で家事をしていても、電車に乗っていても外を歩いていても。大学の授業を受けている時だって、ふと気を抜いた瞬間、成世のこと考えている。


少しは先生らしくなってきたのかもしれない、と紗希子は思った。



それにしても・・・誰かのやる気を導き出すのって本当に難しい。


紗希子はスマートフォンの画面にある人の連絡先を表示させる。


紗希子に勇気や希望をくれる人。いつも大切に使っている名前入りのボールペンを、合格祝いにくれた人でもある。


目を薄ら閉じて、思い切って画面をタップする。


はっきりと耳に届くほど、自分の鼓動が大きくなっていくのがわかる。


コール音が1回、2回、3回。


やっぱりもう切ろうか、と思ったところで音が止む。



「もしもし?」

この声だ。紗希子をやる気にしてくれる声。多分一般的には良い声ではないし、訛っていて洗練されていない。それでも紗希子はこの声が好きだった。


「あ、あのっ、永尾です」

緊張で尻すぼみになる声。もし覚えていなかったらどうしよう。


応答までの時間が長く感じる。――やっぱり。



「お~、サコか~!東京は慣れたかね?」


懐かしい呼び名にホッと胸を撫で下ろす。


高校時代、通っていた塾の林先生――

高知大学医学部医学科の4年生で、紗希子の――初恋の人。



「それが、まだ全然ながですよ~。もう6月も終わりゆうのに」

「サコらしいな~」



しばらく思い出話とか、互いの近況を話して。一瞬の沈黙がなんだか心地よくさえあった時。



「で?なんか話あったがやないが?」


先生は何でもお見通しだ。それはあの頃からそうだった。


あれは2次試験で東京に発つ日の前日。


不安が爆発しそうなのをひた隠して、淡々と自習室の机に向かっていた紗希子に、先生だけは気付いてくれ、言ってくれた。


『サコ、お前はよう頑張ったき、大丈夫や。自信持って行っちょいで』


あの一言が、紗希子の心をどれだけ救ってくれたことか。


先生は、いつだって紗希子が欲しい言葉をくれた。



「先生、私、今家庭教師しゆうがですけんど、生徒がなかなかやる気になってくれいで困っちょって。先生ならそういう時、どうしゆうかなって」


そう、そして今も。


「なんちゃあない。信じちゃったらええがよ・・・って、何のヒントにもなっちゃあせんけど」と先生は笑う。


そんなことない。先生はいつも、紗希子が独り歩く暗い夜道に優しい光を照らしてくれる。凍てついた心を解かしてくれる。

 

「自分のことやと思うて、一緒になって悩んだり、悔しがったり、喜んだり。そういうことやとおれは思うがよ」







「――成世、おーい、成世っ」

「ん?」

「何ボーッとしてんだよ。次、成世の一人撮りだよ」

「あ、悪い、すぐ行く」


やべー・・・こんなの俺じゃねぇ。

全然仕事に集中出来てない。


かといって、勉強を頑張っているのかと言えば、そっちの方も腐ってばっかで。

何やってんだろ、俺。



「今回の新曲のテーマである、愛しすぎてどうにかなりそう、でも本音が上手く伝えられなくて・・・という不器用な男の子の気持ちを表現してほしいんだけど・・・成世、ばっちりだね!」



プロデューサーが、今撮ったばかりの成世の写真を堂々映し出すパソコンの画面を覗き込みながら言った。


「ボーッとしてた割には、出来ちゃうんだよね、成世は」と大弥が茶化し、王子とマリオが「さすが成世くんだよね」と同調する。


それに対し、「っるせぇ、俺は出来る男なんだよ」なんて口では言ってみるけれど、そんな余裕はどこにもなかった。



そんな成世の胸中を見抜いているかのように、晃斗は輪の外からどこか温度のない視線を投げかけていた。

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