第9話 最低な最高

ヒュッ、と音を立て、伸ばされた脚が空を切る。

回旋のかかる足。

曲げられた膝の向かう先。

俯き気味に、吃りながらもどうにか話そうとするソイツの腹へ、吸い込まれるように。

命中。

狙った獲物は確かな感触とともに軽く吹き飛ばされ、床に崩れ落ちた。

「!?かはッ…。」

血液こそ吐き出さないものの、まるで喀血するかのように咳き込んだ目の前の人型に、どうしようもなくゾクゾクとした感情が押し寄せる。

その正体は嗜虐心か、はたまた欲情か。

咳き込み、涙の浮かぶ潤んだ瞳で俺を見上げるソイツに、込み上げた笑いを悟らせないよう、口元を覆って。

無防備に垂らされたネクタイを掴み、乱暴に引き寄せる。

「…っあ。」

見開かれる瞳。

怯えた表情が堪らない。

形の良い耳へそっと唇を近づけて、俺は。

「やっぱ最高だよ、お前。」

決定的な一言を、確かに囁く。

「え…。」

交差した視線の先、大きな瞳が、溶ける。

何かが瓦解したような、そんな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る