第四話 新聞記者
忠平は結局言われるがまま、紹介された
とはいえ、『狐の仕事』が全くの無給というわけではなかった。
あの別院には願いが叶う叶わないは別として結構な寄進があるのだとか。それを報酬として忠平はもらっているのだ。
柴は思ったより若く、快闊な男であった。初め電話で連絡した時にはややぶっきらぼうで冷たい印象を受けたが、喫茶店の駐車場で出会った瞬間恥ずかしいぐらいこちらに手を降ってハンチング帽を脱いで挨拶してみせた。
「改めて、
「どうも、佐上忠平です。…得に何もしてません」
「はは、何もしてません、てことはないでしょう。お嬢、薬師峰さんから話は伺ってます」
入店するとすかさず柴はいやあ、暑い暑いと言いながら、生クリームのたっぷりのったウインナーアイスコーヒーを注文した。
忠平は前者の注文に怪訝そうにしながらも普通のアイスコーヒーを注文するとすぐさま切り出した。
「で、いきなりですが」
「あ、結構せいてますね」
「…その、人が獣になるって言って信じられますか」
「それは比喩としてではなく?」
「そのまんまの意味です」
「残念ながら幣紙はごくごく一般的な地方新聞ですのでオカルト方面は」
途中まで言いかけて柴は生クリームをスプーンですくって口に運んだ。
「取り扱っていないんですよ。でもね、いくつか奇妙な事案が耳に入ってますよ。まずはここ最近、凪川周辺で野生動物による農作物被害が多くなっているのはご存知ですか?」
「一般的に言われる範囲では」
「地元の話題はネット版でもいいのでぜひ弊紙の購読をご検討下さい。過疎化によって野生動物の行動範囲が拡大し、農作物の被害が増えてるというのはどこ行ってもそうなんですが、ここ最近近隣で、ペットや家畜の被害が顕著だとか」
そう言って発生した被害の日時、住所、内容が書かれた紙を机の上に置いた。ズラリと並ぶ農作物の被害が名を連ねている中、一番最後の欄が一際目を引く。
「そしてついぞ一週間前、近隣の高校生で被害者が出ております。凪川西部高校に通う葉山伊保香、二年生。下校時被害にあったと見られ、遺体から近くから通学用の自転車も発見されています」
「単に事件であれば行政と警察の仕事じゃないんですかね?」
「いえ、ここからが人知の及ばぬところでしてね、獣害事件には不可解な点がいくつかあるんですよ」
ペラペラと早回しの動画のように、次から次へと柴はこの事件について解説した。
彼の情報提供先からの話では、本来市の西部地区に自宅があるのに現場は反対方向の山間部の広がる北地区であったことで発見されたこと、事件の可能性もあったが遺体に残る大きな傷跡により獣による被害と断定されたらしい。
「そして更に奇妙な出来事が起きたんです。被害にあった娘の遺体、葬儀の前に忽然と消えたんですよ」
このことはマスコミの好奇心を煽りかねないと公開はされていないそうだ。
「断定はできませんが、これが佐上さんが出会ったような人が変化したケモノの仕業、であれば説明ができるかもしれませんね」
柴は不謹慎ながらも少し微笑しているように見える。警察だけでなく、かなりの情報網があるようだ。
今後も協力してくれるなら有り難いが――。
人が変化した獣が起こした事件なのかは、確証は持てない。ただ忠平の身の上も含めて人智の及ばぬ存在がこの凪川周辺で蠢動している不気味さを実感していた。
「柴さん、色々情報ありがとうございました」
「いえいえ、薬師峰のお嬢には以前からお世話になっていますから。いずれこの地方の怪談奇談を特集した時には独占取材、宜しくお願いしますよ」
とうそぶいた。
明朗というよりは少し軽薄な男だ、と忠平は認識を改めつつ、氷の溶けたアイスコーヒーを飲み干した。
柴は多忙らしく、すでに他の取材の電話を受けている。が、表情が一変して緊迫したやり取りが漏れ聞こえてきた。
「…佐上さん、えらいことが起きました」
柴が緊迫した顔で忠平に告げた。
「次の被害者が出ました」
急報に柴のやや年季の入った車で駆けつけた時には既に警察が規制線を張っていて近づける状況ではなかった。
他の大手メディアの地方局も取材に入っているようだが、プライバシーの問題もあるため報道は控えめに、とお達しがあったらしい。
「駆けつけたはいいけどどうしようもありませんね」
と柴はぼやいた。
報道規制はあるものの、柴は規制線外の近所の住人に色々話をそれとなく聞いて回って戻ってきた。どうも若い大学生ぐらいの男が今回の被害者らしい。
忠平も何か手助けを、と思ったが正直なところ何もできない。超人的な力もこういった事態には無用の長物だ。
いい大人が二人途方に暮れていると、待ちかねていた来訪者が車の窓を軽く叩く音がした。
「お嬢、お久しぶりです」
「薬師峰さん、正直言って俺等に探偵の真似事は無理ですよ」
忠平としては最大限の抗議を申し立てたつもりだったが、当の本人は涼しい顔で聞き流している。
「佐上さんはどう思いますか?ただの獣害か、それとも人知を超えたモノの仕業か――。直感で構いません」
薬師峰の試すような質問と視線が何故か忠平の鼓動を加速させた。
「俺は――、幻覚でなくこの目で人が獣に変わるところを見た。遺体をさらった芸当も『ケモノ』がただの野生動物じゃない可能性は十分にあると思う」
「実は既に『べついんさん』にも色々と衆生の願掛けが来てましてね。その中でも」
薬師峰は一つの絵馬を取り出した。
「ご丁寧にも名入りでこちらに。願主の石川梨乃さんの学校にお邪魔します。そこで何があったか調べます。柴さん、学校の特定は可能ですか?」
狐の絵が書かれた絵馬には「伊保香ちゃんを殺した獣を退治して下さい」と、丁寧な字で書かれている。
探偵のマネごとをするまでまもなく、向こうからケモノの
狐に化かされたような顔をする二人の従者を、からかうようして自称、吒枳尼天の化身は絵馬を口元に当てた。
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