2024/04/24【その他】『ニッチ売りの少女』(2020年作・5000字弱)

まえがき


『たったひとりのレディ・メイド』の原作となった短編です。

誤字を含めてそのまま再録します。

4年での成長がよーくわかってしまいました。


主な差異の早見表です。作中にはどれも出ないが。


          現在   4年前

主人公の呼び名   あや   イロツキ

あやの性格   元気な子   クールな子

あやの年齢     16歳   18歳

蓮堂        いる   いない

岩谷の地位     裏方   表立って動ける




まえがきは以上です。



 西暦二〇四六年、東京。

小型ヘリポートを目印にドローンが飛び交い、

運送業者ごとに異なる高度を利用するので、質量を持つ電波とも呼ばれている。個人用の低空ドローンも普及し、荷物はドローンが持つものとなった。


 一人の男が遠くから少女を見つめていた。傘を肩で挟み、手帳にペンを走らせる。しばらく見比べて、通行人が減る時刻を待った。マフラーをいじったり、コートの裾についた雪を払ったりして、いかにも待ち合わせをしているように見せながら。

 計らったように数分で時がきた。待ち惚けて苛立った風を装い、通りを歩く最後の一人とすれ違う。

 少女に声をかけた。


「すみません、お嬢さん。五万とチャージで乙まで、いかがでしょうか」

 早口で捲し立てるように、横からは聞かれにくいように、しかも聞かれても意味がわからないように。


「何の話でしょうか」

 涼しく答える少女に対し、男は右目だけを下に向けた。


 足元では、靴底よりも厚く雪が積もる道のうち、少女を中心にした一部だけが煉瓦の模様を見せている。円形に色づいた道は、まるでスポットライトが照らすように空間を切り分けていた。白い雪との境界は氷となり、街灯からの光を乱反射している。


 限られた数人だけが知る、今季の合印だ。


「いいでしょう。どなたです」

「この男を」


 手帳を開いた。写真と短い説明のページだ。

 丸い眼鏡と薄くなった頭の、壮年男性の横顔だ。奥の人物は腕時計が六時を指しており、しかし空はまだ明るい。夏に撮られた写真とわかった。背景の駅前広場に若者が溢れる日のうち、目立つラッピングバスを目印にして、全ての情報が重なる日をひとつに絞れた。


 安藤奈津五郎。このごろ名が知れてきた凄腕の和菓子職人だ。雑誌のインタビュー記事が載って以来、広い層の客人が訪れるという。そのどさくさに紛れて、テロリストに爆薬のを提供している。


 少女の瞬き二度を合図に手帳を閉じた。男は踵を返して駅へ、少女はしばらくその場で続けてから、反対側に向かった。


 酔っ払いたちが騒いでいる。すでに出来上がった者がいる一方で、これから宴会を始めるグループもいる。席が埋まってきて、そろそろ案内担当もひと息ついたところだ。

 居酒屋には目立つ少女がやってきた。

 店員がその顔を見ると、すぐに客席のひとつへ駆け寄った。


「浜さん。イロツキちゃんがお呼びですよ」

「まじかあ。まだ一杯しか飲んでないぞ」

 浜と呼ばれた初老の男性は言葉だけの悪態を見せた。短い言葉ながら、言い終える頃にはコートと鞄を手にしている。


「先月ぶりか。そういう時期かな」

「オヤジ三人より大事にしてやんな」

「勘蔵の分まで飲むから安心しなよ」


 飲み仲間たちの陽気な送り言葉を受けながら、浜勘蔵、通称ハマカンは酒の席を離れ、すぐ向かいにある工房へ戻った。


 白髪を束ねてイロツキの注文に備えた。

「今日はなんだ?」

「二二号と三四号、あと久しぶりに、ハマカンのハンバーグを食べたいな」

「人使いが荒いなあ!」

 ハマカンは言葉の内容に反して、上機嫌な声で言った。

「ハタチまで面倒みるってのは、ハタチまで使い放題じゃねえんだぞ! ハンバーグからでいいな」


 ハマカンが台所に立っている間に、イロツキは、パソコンの前に座り、左腕のプラグを差し込んだ。


 イロツキはサイボーグだ。両足と、左腕と、左目を失い、その代わりとして機械の手足を使っている。ついでなので、生身ではできない機能を追加した。目的に合わせた換装もそのひとつだ。

 この装具を作ったのがハマカンで、親代わりも受け持っている。


 普段使いの左腕は、肘の内側を開いてプラグをパソコンに繋ぐと、いかにもサイボーグらしく情報を集められる。インターネットを経由して脳まで情報が流れ込む。


 はじめはただのノイズ同然だった電気信号が、繰り返し受け取るうちに、さながら点字を読むのと同等に理解できるようになった。

 慣れてくると、点字よりも電気信号を直接読むほうが早くなった。脳は使用頻度が高い神経を発達させる。


 インターネットでは、人々が思い思いに交流を楽しんでいる。その一部として、変な音が聞こえたとか、頭のおかしい奴を見かけたとか、そんな情報の断片がある。面白いと思った内容を話題にしていく。


 その中から活用できる情報を取り出す。

 まずは話を聞いた地域の付近に住む者を特定していった。

 天気と地震の話で、地域を大まかに特定した。

 電車内で目立った人物への悪口から、路線や範囲を絞り込む。自分も見たと名乗り出る者は有用だ。


 そうして特定していったら、生放送の配信履歴を読んでいく。視聴者のコメントに「何この音」とあったら大当たりだ。

 車の音が珍しい場所なら、細かな音の違いがよくわかる。耳では同じに聞こえても解読したら違うことはままある。


 通常ならば専用のソフトウェアに読み込ませる必要がある。イロツキなら簡単だ。


 情報がおおかた集まった頃に、目と画面の間に膳が置かれた。

「ハンバーグ定食だ。おまちどうさん」

「ありがとう。いただきます」


 イロツキは箸を右手で持つ。食事に関してはリハビリをせずに済んでいた。


 食べ終えた頃に、二人の若い男が訪ねてきた。ハマカンに少しの挨拶をしたあとは、まっすぐにイロツキへ向かった。笑顔で、手を控えめに振りながらだ。


「やあイロツキさん。ひさしぶり」

「お久しぶりです。名前は忘れました」


 男はイロツキの向かいに、近くの椅子を取って座った。


「岩谷だよ。今回もサポートすることになった。それとこっちは、新人くんだ」

「石山です。よろしくお願いします」


「よろしく。名前は覚えません」

「その話はしてあるから、ご安心を」


 それで、と書類を出した。目的は情報の受け渡しだ。

 いつまで経っても紙の書類を使うので、イロツキは彼らを。隙あらば牙を剥くつもりの存在だと想定している。

 表ではどんな顔をしていようと、国家ぐるみでなければ犯罪になる内容を依頼してくる連中だ。

 同意もサインもしない。彼らtが一方的に喋り、イロツキはそれを聞かされている。

 その体裁でいる。実際のところは、そんなことでは解決しない。それでも、lできる限りはやっておく。これは家訓のひとつだ。


 男らの話によると、今回の標的は車で行き来する場所があるそうだ。数日に一度、決まって夕方から夜まで、誰かの別荘らしき館に入っていく。

 手入れの様子から、しばらく開けているのを勝手に使っているとか、もしくは庭の手入れを投げ出しているかだ。

 この辺りの情報は、すでに確保していた内容から想定した部分と共通している。裏付けが取れた形だ。



「まずはこんなところです。今日のところは失礼しますよ」

「はい。お気をつけて」


 イロツキは座ったままで二人の背中をを見送った。彼らの名前は、すでに忘れてしまった。


 帰り道の二人は、雑踏の音に紛れて小声の言葉を交わす。

「先輩、どう贔屓目にみても未成年ですけど、本当に大丈夫なんですか」

「いいんだよ。法的に未成年でさえなければいい」


 次の週の夜だ。

 イロツキはここ毎夜ごとに屋上を飛び渡り、標的を頭上から観察していた。


 機械の左目は広範囲を同時に見渡せる。それだけなら生身でも可能ではあるが、気を抜いただけで目線がずれるリスクを解消している。

 加えて、視界に映ったものを記録している。

 その目のおかげで把握した情報だ。気づかれた様子はなく、警戒の様子もない。まだ珍しいサイボーグへの認知がないと想定した。

 サイボーグ以外の、ドローンとか監視カメラとかへの対処がいくらかある様子だ。妨害用の電磁波を見つけてある。


 屋上から屋上へと飛びやすいよう、イロツキは脚を運動用の義足に換装している。膝から下が反り返ったカーボン製の、アスリート向きの設計だ。

 本来の設計と比べると、公平さの枷がないので、より軽量化し、より運動性を高めてある。

 さらにはハマカンのおかげで、空中での姿勢制御も多少ながら可能にしている。

 太腿のに小型のバーニアを搭載し、短時間の推進力を得る。

 飛行には不足であるものの、壁を蹴っての移動と合わせて使うだけでも、生身の人間を圧倒するには十分な影響がある。


 そうして飛び回って追っていく。想定しておいた道で確実に仕掛ける。

 道路を挟んだ屋上までの距離は、車道が二車線、歩道が二本、そして低木を合わせて、一八メートルほどだ。実際は転落防止のフェンスの都合でもう少し広いことも多い。


 その距離を僅かな助走で飛び移る。月光を背にして姿を隠す。


 この街では看板が夜の太陽になる。通行人はまだまだ多い。

 あるところでは、知名度で劣る店の客引きも目を輝かせている。

 またあるところでは、合法の薬物で酩酊した者を介抱しながら三次会の話をしている。

 標的は人目の多い道を選んで歩いている。

 いっそ無理やりに動くのもいいかもしれない。この場でなら確実に遂行でkしる。リスクはただひとつ、人目につくのみだ。

 それを実行せずにいる理由はもひとつ。いつものあの男が後出しの注文をつける場合がある。


 過去に一度、些細なことを狙った脅しを受けた。もちろん、曖昧な言葉での責任逃れつきだ。

 ハマカンだけは巻き込まずにいたい。少なくとも、あと三年半は。



 標的はタクシーを拾った。誰もがそう思う風景に、イロツキはそうではないと知っている。

 あの車はタクシーではなく、タクシーの振りをした付き人の車だ。

 前情報の通りの道を進んでいく。その様子を見て、屋上から屋上へと飛び移って追いかけた。建物の高さがばらつく。何度かは非常階段の踊り場も踏み台にした。


 繁華街を離れて、オフィス街に来た。まだちらほらは見える通行人が、まもなく一度は途切れる。孤独な空間へ向かっている。仕掛けるならここだ。


 ビルから飛び降りていく。勢いを緩めるために、踏める突起を踏んだ。

 車の真上から飛び乗った。カーボンの柔らかい脚で小さく飛び上がって、改めて着地する。

 下には二度に分けた着地音を聞かせたことになる。当然、気づかれている。しかしそれは問題ではない。イロツキの左腕の出番だ。

 左腕の肘から先が、斜めに内側にずれる。

 断面の外側から三つ折りの、追加の腕が飛び出す。

 まるで傘の骨か、もしくはカマキリを思わせる形で、先端には突起が王冠型に連なっている。

 左右の手で助手席の真上の枠を掴み、隠し腕の突起をまずはタイヤに伸ばした。

 バンパーが地面に削られながらも後輪と右半身はそのまま前へと進もうとする。左側だけにブレーキがかかるのと同じだ。軌道が逸れて、ガードレールに衝突した。


 止まったところでイロツキは地面まで降りた。

 車体の右側で道を塞ぎながら中を覗く。同時に左腕で扉を掴む。

 標的の頭を認めると、左腕を支点にして隠し腕を一直線に突進させた。

 側面の窓は前面と比べて弱い。小さな音とともに、破片を内側に散らばせた。


 以上がイロツキの日常の一部だ。量産とは程遠い一点もの故に、情報が出回るまで時間がかかる。

 身体能力を活用して、短時間であっけなく片付ける。こちらも要因のひとつだ。

 これらの特徴から、些か人を選ぶものの、好かれるときには深く気にいる。まさにニッチが売りの少女なのだ。


 今作は以上です。

 ご視聴ありがとうございました。

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