【KAC20244】悪ノリと漆黒
熟々蒼依
ささくれは破壊のトリガー
坂本祐二の右人差し指には幼い頃から小さなささくれがある。祐二はそれを、消えないように毎月少しずつ剥いている。
当然痛む。血も出るし、その光景を誰かに見られた日には化け物を見る目で見られてしまう。それでも、祐二はそれをやるしかなかった。そういう焦燥感を抱いていた。
「痛っ……」
今日もまた、祐二は教室の端でささくれを剥く。早朝に来たお陰で誰、祐二はにも見られずにこの作業を終えることが出来る――はずだった。
突如教室のドアが開き、相田果歩が教室に入ってきた。
「よぉガキ祐二! 朝早くから何シケた面……を……」
(まずい、見られた! いじめっ子のアイツに、ささくれを剥く姿を。アイツにだけは見られないよう注意してたのに!)
祐二は咄嗟に右手を机の中に入れるが、駆け寄ってきた果歩に二の腕を掴まれて腕を引きずり出される。
「え、マジで何してんの?」
「な、なんでも無いよ!」
果歩の手を振りほどき、祐二は右手を再び机の中に入れる。
「いやいや、アタシしっかり見た。アンタが指のささくれをゆっくり剥く所。何、アンタってばドMなの?」
「違うって! そんなんじゃない! 僕はこれをしないと僕でいられなくなるんだ!」
「やっぱりドMじゃん! 快楽求めちゃってるじゃん! クラスの皆に言いふらそ~」
「そんなんじゃない! このささくれが剥けちゃったら、僕は化け物になっちゃうんだって幼い頃ママが言ってたんだ」
「アハハ! ガキの頃に言われたことを中二の今でも信じてるなんて律儀だね~! ね、もうささくれ気にするの嫌でしょ。アタシがその呪い解いてあげる」
果歩は左手で強引に祐二の右手を引き抜き、手首を机の上に押しつける。それから果歩は右手の人差し指と親指の爪の先でささくれをつまみ、慌てふためく祐二の顔を見る。
「や、止めてよ! 怖いよ!!」
「ガキが。いい? アタシがアンタを大人にしてやるって言ってんの。大人しく……しな!」
指先に力を入れ、祐二のささくれを引き抜く果歩。すると、ささくれがあった場所から黒い液体が勢いよく教室中に飛び散る。
「え、は?」
「あーあ、剥いちゃった。この環境、結構気に入ってきた頃だったのにな」
飛び散った液体は祐二の体内に取り込まれ、やがて祐二を巨大な異形の黒い化け物に変える。
「果歩の悪ノリが、僕を悪に変えた。これから僕は、君以外のありとあらゆる生命体を殺して回ることにする。一人きりになった世界で、せいぜい後悔に咽び泣くが良い」
化け物はゆっくり教室の外に向けて歩き出す。果歩は力なく膝をつき、静かに涙を流した。
教室を出て男子トイレの中に入った化け物は、再び祐二の姿に戻って個室のドアを押し開く。個室の中には、もう一人の祐二がいた。
「さあ、下準備は整った。後は昨日話した手順を実行して、長きにわたるいじめに引導を渡すんだ」
「あ、ありがとう……ところで、貴方は何者? 別れ際だし、ずっと教えてくれなかった自分の正体をいい加減教えてくれても良いんじゃ」
「言っただろ? 僕は世界を破壊する化け物、それ以外の何者でも無いって。今は気まぐれで、弱き者を救う良い事をしてるだけ」
「化け物が人のためになる事をするんだ……」
「じゃあ僕は行くよ。くれぐれも、もう一度僕に頼る事の無いように頑張ってね」
祐二の姿をした化け物は元の姿に戻り、液状化してトイレの床に溶けていった。
「……よし」
祐二はささくれを引き抜き、トイレのドアを力強く押して出て行く。その瞳の奥には、決意の炎が燃えていた。
【KAC20244】悪ノリと漆黒 熟々蒼依 @tukudukuA01
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