別れのはじまり

フジノハラ

第1話


この季節の空は全ての境界をボンヤリとさせてしまう。空から降り積もる雪が家々を覆い、輪郭りんかくを曖昧にする。チラチラと過ぎる白い影を追って、空を見上げると明るい雲がかかっている。

雲に覆われていながら、眩しさに目を閉じる。

ふわりふわりと踊る雪が頬に落ちては溶けていく。それが心地よくも、少しづつ私の熱を奪い、自分も雪のように溶けてしまえるんじゃないかという錯覚に襲われる。遠くで聞こえる子供たちのはしゃぐ声や道路を走る車の音が、意識から少しづつ遠のいていく。吐いた息が唇を濡らし、吸い込む空気は痛いくらいに冷たく、澄んでいる。

そうして、世界がわたしとそれ以外に分かたれ、世界から解放されるような自由と孤独を感じる。


***


私の呼吸する音しか聞こえない静寂を打ち破ったのは人の足音だった。

すぐ側で足音が止まる。

静寂を奪った相手を見るために薄らと目を開ける。光になれていなかった瞳で相手を探す。

「まぁたここにいんのか?」と、少し困ったように笑う駿也しゅんやがいた。私は小さく「うん」と呟いた。

「鼻真っ赤、お前どんだけここにいたんだよ」

そういう、駿也も鼻が赤くなっているけれど、私は駿也が鼻を赤くしている理由を敢えて聞かなかった。

「だって、一人になりたかったんだもん」

「だったら、防寒くらいちゃんとしろよな。マフラーすら巻いてないとか...ほら、俺の貸してやるから」

そういうやいなや、駿也はあっという間に私の首にマフラーを置いてくれた。

「あ、ありがとう。でも、いいの?駿也寒がりなのに」

おずおずと聞く私に駿也は笑って「なら早く帰ろうぜ」と言う。釣られて私も笑って「もうっ」と口を尖らせる。

駿也の隣を歩きながら借りたマフラーに隠れて溜息をつく。

私が一人になりたかった理由の1つは駿也だ。うちの家族は冬を越えたら引越しをする事になっていた。幼馴染の駿也と離れる事になる。その事実を私は駿也に話す勇気がもてずあの場所にいたのだ。

マフラーを握り締めながら、今日言ってしまおうと決意する。


帰り道を二人で歩きながら、話そうと機会を伺う。

川沿いの土手に差し掛かり、川から冷たい風が吹きすさぶ。風に髪が煽られ一瞬視界が塞がってしまう。

慌てて立ち止まった私に気づい駿也は振り向いて、からまってしまった髪の毛を見て笑う。

「ちょっ、ちょっとまってて、もうちょっとで解けそうだから」

「女子ってそういうとこ、大変だよな〜」

駿也はそう言いながら私の真正面に立つと「ほら、俺も手伝ってやるから動くなよ?」

「はぁ!?」

「動くなって」

思いの外近いその距離に焦ってしまう。顔の横で駿也の指が不器用ながらも私の髪を解こうと動いている。恥ずかしくて、顔をあげられない。

静かに髪をほぐしていると、駿也も終わったのか手が離れていこうとする。その手を思わず掴んでしまった。


「...」

「...」

(話すなら、今しかない...)

「...ねぇ、聞いてくれる?」

俯いていた顔をあげて、駿也をみつめる。「おう」と短く答えてくれる。

「あのね、うちの家族。もう少ししたら引っ越すの...」

「知ってたよ」

「!?な、なんで?私、言ってない...」

「だって、うちの家族もお前の家族も仲良いじゃん。母さんから聞いてたんだ」

「え?じゃあ駿也知ってたのにだまってたの?」

「ああ、だって、涼香すずかが話してくれるって思ってたし?」

駿也は一瞬目を泳がせてから涼香に目線を投げてニヤリと笑う。

「もう〜、私一人で悩んでたってこと?!」

「...じゃあ、寂しいのは私だけ?」

涼香は眉を寄せて駿也をみつめる。

「...違う。でも、仕方ないじゃん」

駿也のこの言葉は涼香のささくれにまともに当たってしまった。いままで抑えてきた感情が濁流だくりゅうのように涼香のなかで駆け巡る。

「仕方ないってなに!?それでいいの!?」

(それで終わり?私たちってそんなものなの!?)

涼香は掴んでいた駿也の手を振放し、一人たちさろうとする。駿也は慌てて涼香を止めようと、振りはなした腕を再び掴む。

「ちょっと待てって、最後まで言わせろよ。」

「はぁ、お前と家族が引っ越すのはもう決まったことだから仕方ないだろって話。だからさ、これから何度だって会いに行けばいいはなしだろ?ケータイだってあるんだから、難しい事じゃないだろうが」

言っていて恥ずかしくなったのか駿也は自分の頭をかきながらボソッと「バカ」とつぶやいた。

そう言う所だ、そういうところが堪らなく私の心を掴む。

終わってしまうかもしれない関係への恐れが消え、いつまでも続く関係を求めていたのは自分だけではなかったのだという安堵で泣きそうになる。目が滲んでいく。

「んっーー〜」

言葉が出てこない思いのかわりに、一歩前に出て、駿也の肩に頭をグリグリと押し付ける。

いつだって駿也は私が必死に隠そうとしているささくれに平気で触れて、そして包み込んでくれる。

私は、私自身のささくれを触れられないように、意識しないようにしながら一番ささくれを毛嫌いしていた。あの場所で私は自分を守る臆病者で、駿也はささくれだった心に暖かさをくれる優しい人。


『琴線に触れる』って、心のささくれに暖かさを感じる事なんだと思う。

ささくれは触れられると痛みをともなうから、触られた瞬間、反発してしまうことも多くある。でも、それにちゃんと触れられる人は、人の悲しみをよく知っている人なのだ。だから反発するばかりじゃなく、相手の優しさに目を向けよう。


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別れのはじまり フジノハラ @sakutarou46

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