<KAC2024お題作品>ささくれ

口羽龍

ささくれ

 太一は緊張していた。明日は面接だ。大学を卒業して以降、就職浪人だった。一度は就職したものの、長続きしなかった。本当は教員になりたかったけど、自分には向いていないと気づき、諦めた。気が付けば、みんな就職が決まっていて、太一はどうしようもなかった。だが、ハローワークに行って、仕事を探さないと。仕事をしないと、人は成長できない。生活していけない。


「明日は面接だな」


 太一は面接官に渡す書類を書いていた。ある程度は書いていて、後は日付、写真、志望動機を書くだけだ。できるだけ準備は進めておいた方が、気持ちに余裕ができると思っているからだ。


「よし! 準備できた」


 太一は準備を終え、書類を封筒に入れた。これで明日の準備は万端だ。あとは面接の練習をするだけだ。


 だが、太一は親指を見て、何かに気づいた。爪の横にささくれができているのだ。気になって気になったしょうがない。


「あれっ、これはささくれ。何とかしないと」


 太一はささくれをはがそうとした。はがして、すっきりとしたい。指はすべすべの方がいいから。


「いてっ!」


 だが、めくりすぎて、血が出てしまった。明日は面接だというのに、こんな事になってしまうなんて。


「くそっ、明日は面接だというのに」


 太一は焦っていた。なかなか血が止まらない。どうしたらいいんだろう。全くわからない。


「なかなか血が止まらない」


 太一は考えた。絆創膏を付けよう。明日は面接だというのに、絆創膏を付けていると、嫌に思われるかもしれない。だけど、血が出ているのだから、仕方がない。


「絆創膏をしよう」


 太一は親指に絆創膏を巻いた。太一は絆創膏を気にしている。


「明日は治っているかな?」


 明日までに血が止まっているといいな。そう思いながら、太一はベッドに入り、寝入った。




 翌日、太一は目を覚ました。あと数時間で面接だ。緊張するけど、頑張らなければ、自分に未来はない。


「はぁ・・・。今日はいよいよ面接か」


 太一は絆創膏をはがした。血は止まっている。絆創膏の白い部分には血が付いている。


「よし!血が止まってる」


 太一はほっとした。これで何とか大丈夫みたいだ。


 太一は朝食を食べ始めた。1人で食べ始めて、もう5年目だ。1人暮らしにはすっかり慣れた。もう母が恋しくない。俺は1人で生きていく。


 太一は朝食を食べ終えると、すぐに歯を磨き、スーツに着替えた。もう何度、スーツを着て面接に行っただろう。何度行っても、いい結果がもらえない。いつになったら採用をもらえるんだろう。太一は次第に焦っていた。


「さて、行くか」


 太一は面接する職場に向かった。職場までは地下鉄で30分ぐらいだ。そんなに遠くはない。遠すぎては、面接においてマイナスだ。30分から40分がベストだと思っている。


 太一は最寄り駅にやって来た。駅は朝のラッシュを終え、閑散としている。朝はどれぐらいの人がやってくるんだろう。全く想像できない。


 太一は面接する職場の前にやって来た。今回受けるのは金属加工の会社だ。自分は力仕事をする会社に就職したいと思っている。


 太一は外にある事務所の前にやってきて、ノックをした。


「はい」


 太一は事務所に入った。そこには何人かの人がいる。彼らは事務や社長のようだ。


「失礼します。本日面接に参りました、神谷太一といいます」

「どうぞ、こちらにおかけください」


 すると、1人の男が支持をした。この人が面接をするんだろうか?


「はい」


 太一は席に座った。


「まず、履歴書などをお願いします」


 太一は、持ってきたカバンから履歴書などの入った封筒を出した。


「こちらです」

「ありがとうございます」


 面接官は封筒を手に取り、中の履歴書などを見た。


「へぇ、いい大学を出ているんだね」

「はい」


 面接官は、学歴が気になったようだ。大学は、いい所を出ているのに、少しブランクがある。4年生の時に就職活動はしているはずなのに、太一は何をしていたんだろう。


「どうして卒業してすぐに就職しなかったんですか?」

「私には、教員になりたいという夢がありました。ですが、自分には向いていないと感じ、諦めました。その頃には、みんな就職活動を終えており、どうにもなりませんでした」


 面接官の表情が変わった。マイナスな事を言ってしまったようだ。太一は少し焦った。


「そうですか。どうして前の会社を退職したのかな?」

「仕事が減った事による人員整理です」


 太一はそれ以後に1度、就職したことがある。だが、すぐにやめてしまった。職場になれなかったからだ。だが、そう言ってしまうと、マイナスだ。人員整理だと言っておこう。


「そうですか」

「本当はもっと仕事をしたかったんですが、そうはいかなくて」


 太一は残念そうな表情を見せた。本当はもっと仕事をしたかったのに。


「わかりました。ちょっと、手を見せてもらって、いいかな?」

「はい」


 と、面接官は親指のささくれの跡が気になった。まさか、ささくれをはがしたんだろうか?


「あっ、君、ささくれができたのかな?」

「はい。昨日、ささくれができてしまい、血が出てしまいました」


 太一はまた焦った。ささくれの跡を見られてしまった。どうしよう。


「そうですか。実は自分もささくれができましてね、血が出てしまったんですよ」

「そうですか」


 面接官も昨日、自分と同じような事をしてしまったようだ。まさか、同じことを経験しているとは。太一は少し緊張がほぐれた。


「はい。最後に、何か聞きたい事がありますか?」

「はい。御社の今後のビジョンを教えてください」


 今後のビジョンは、最後の質問でよく聞いていることだ。


「この会社は、世界進出を目指していて、グローバルに活躍できる人を募集しています」

「そうですか」

「他にはありますか?」

「特にありません」


 太一は深く息を振った。もうすぐ終わるようだ。


「今日はありがとうございました」

「ありがとうございました」


 太一は席を立ち、事務所の入り口に立った。


「失礼しました」


 太一は事務所を出ていった。結果はどうなるか、わからない。だけど1つ、わかった事はあった。傷を隠さずに、頑張って生きていこうという事だ。

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