第46話「夏といえば定番の」

 八月になった。外の暑さはとどまることを知らない。

 もうちょっと手を抜いてほしいのだが、地球温暖化の影響なのか気温はぐんぐん上がる。今日もいい天気で、空だけ見れば気持ちのいい夏空だった。


 俺はいつものように勉強をした後、休憩するためにリビングへ行った。リビングには早めに帰って来た父さんと、母さんがいた。


「翔太は今日も勉強か?」

「あ、うん、できることはやっておこうと思って」

「翔太はほんと偉いわねぇ、もっと友達と遊んでいいのよ?」

「まぁ、遊ぶより勉強していた方が気が楽だからな」


 やれやれといった顔で両親が俺を見る。俺は勉強が趣味の勉強オタクだ。それはこれからも変わらないだろう。友達ができたからといって、遊んでばかりもいられない。


 ……でも、ふとリリアさんや黒瀬さんは何をしているのかなと思う自分もいる。クラスメイトなんてどうでもいいと思っていた俺が、そんなことを思うなんて信じられない気分だった。


「……あ、そういえば、もうすぐ夏祭りがあるんじゃないか?」


 アイスコーヒーを飲んでいると、父さんが急にそう言った。あ、そういえば地元の夏祭りが今年もあると以前聞いたような気がするな。大きな神社のところである夏祭りは、出店が並び、花火が上がり、人がたくさん来ると聞いたことがある。


 ……ん? 『聞いたことがある』とはなんだって? もちろん俺は行ったことがない。まぁ幼稚園くらいの時に両親に連れられて行ったことはあるが、さすがに記憶が曖昧だ。友達なんていなかった俺が、夏祭りに出かけるとは思えなくてな。誰に言っているのだろうか。


「あ、そういえばそうだな……」

「そうだ! 翔太、せっかくだしリリアちゃんと夏祭りに行ってきなさいよ。リリアちゃんも喜ぶと思うわよー」


 母さんが嬉しそうにそう言った。俺は飲んでいたアイスコーヒーを吹き出すところだった。り、リリアさんと夏祭りに……?


「え、そ、それは……」

「そうだな、リリアさんも日本に来て初めての夏だ。楽しいんじゃないかな」

「そうよ~、翔太、ちゃんとリリアちゃんを案内しなさいね。あ、ちょっとくらいイチャイチャしてもいいと思うわよ」

「ちょ、ちょっと待った、なぜ俺が行くことになっているんだ……」

「翔太、勉強もいいが、遊ぶことも大事だぞ。高校生という時間は今だけなんだ。勉強だけでは分からない、いいことがたくさんあるんだからな」

「そうそう、翔太はちょっと勉強のしすぎよ。たまにはゆっくり楽しんできなさい。ほら、ぼーっとしてないでリリアちゃんに電話しなさい」


 こうなると誰にも止めることができない両親だった。な、なんで俺が……と思ったが、まぁたまには……ということで、リリアさんに通話をかけることにした。出るかなとちょっと不安になったが、すぐにリリアさんは出た。


『もしもーし、ショウタ?』


 スマホからリリアさんの明るいフランス語が聞こえてきた。


『あ、ああ』

『ああ、よかったー、ショウタの名前が出てたから、慌てて出たよー! ショウタからかけてくるなんてめずらしいね、なにかあったの?』

『あ、そ、それが……』


 言葉に詰まっていると、両親がじーっと俺のことを見ていることに気がついた。言葉は分からないだろうが、言わないと怒られそうな気がしたので、


『あ、あの、今度夏祭りがあるんだけど、い、一緒に行かない……かな?』


 と、ぽつぽつと話した。


『夏祭り!? そうなんだぁー! うん、行きたい!』

『そ、そっか、じゃあ行こうか。フランスでは夏祭りとかあってたのかな?』

『うん、小さなお祭りに何度か行ったことあるよー! そっかー、日本も夏祭りがあるのかぁー! 楽しみになってきた!』

『あ、ああ、お、俺も……楽しみというか』

『えへへー、ショウタが誘ってくれたのが嬉しいなー!』


 そう言ったリリアさんが、


「ショウタ、ありがとう」


 と、日本語で言った。その言葉に俺はドキッとしてしまった。


「あ、こ、こちらこそ、ありがとう」

『うん! あ、もしかしたらエマも一緒に行くかもしれないけど、いいかな?』

『ああ、いいよ。エマちゃんも日本を楽しんでもらえれば』

『ありがとうー! えへへ、パパとママにも話しておこーっと!』

『うん、夜行くことになると思うから、お父さんとお母さんに話しておいて』

『うん! ショウタ、ほんとにありがとうね。楽しみにしてるね!』


 リリアさんと夏祭りに行くことを約束して、通話を切った。


「翔太、どうだった?」

「あ、リリアさんも行きたいって言ってたかな」

「よかったわねー、たくさん楽しんできなさい。お小遣いはあげるから」

「い、いや、そこまでしなくて大丈夫だけど……」

「翔太、ここは男の翔太がエスコートする番だぞ。リリアさんもきっと初めてだろうからな」

「あ、そ、そっか、まぁ……」


 両親に押し切られる形となってしまったが、まぁたまにはこういう経験もいいのかなと、俺は心の中で思っていた。

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