戦争の令嬢

愛愁

第1話 初対面(1)

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深窓の令嬢という言葉があるが、実際それを見たことのある人は少ないと思う。


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中学二年生までは頭の悪い連中とつるんでいたので、勉強は全くしてこなかった。

暴走族じみたことをしてみたり、他校に殴り込みに行ったこともあった。今思い返してみると、かなり馬鹿らしいことをしているが、あれはあれで楽しかったし、あの路線で生きていくこと悪くなかったかもしれない。

自己中心的だと非難する人がいるかもしれないが、どれだけ綺麗事を吐露し続けたところで、人間である以上は根底に自分がいるのだ。仕方のないことである。

中学三年生に上がるタイミングで、近所に住んでいた兄貴分のような人が地元で一番の学校に行った。悪い友達とつるんでいたからと言って、友好関係がそれ以外になかったわけでも無く、それなりに普通の友達もいた。ただ、僕のような不良にとっての普通の友達は、周りから見て普通じゃなかったのかもしれない。

まあ、そんな事はあまり重要じゃ無くて、重要なのは僕の性格で、僕はとにかく影響を受けやすかった。不良をやっていたのも、いつか読んだヤンキー漫画に憧れたからだ。

そんな要領で、今度憧れたものが優等生という訳であり、僕も勉強するようになった。地頭の悪くなかった僕は、一応勉強をしただけの成績がついて来てくれたので、周りが伸び悩む中、問題なく成績は伸びていった。

問題があるとすれば、今まで仲良くしてた悪い友達との付き合いが悪くなったこと。僕にそいつら以外の友達がいないわけじゃないが、そいつらは友情という名義にかこつけて絆してくる。僕はそこまでそいつらが大事というわけではなかった。

薄情に思われるかもしれないのは不本意なので弁解しておくと、僕にとって本気になっていること以外はどうでもいい。これも先程説明したことだが、僕が人間である以上自己中心的になってしまう。友達が減ったことに注目すれば悪いことだが、悪い友達が減ったのならその限りではないだろう。

集中力と成長が止まるところを知らなかった僕は、あの人と同じ学校に行くことを目標にしていたものの、塾長に東京にある全国的に頭の良い学校を薦められ、結局背伸びをしてその学校を受けることにした。

俗にいう記念受験と言うこともあり受かる気はからきしだった。正直、頭が良くなりたいわけでは無く、その先輩が在籍する高校に行きたかったので、受かる気がないというより滑り落ちたい気分だった。

憧れやすいと言ったが、僕の憧れは本当に文字そのままの憧れであり、越えるべき存在だなんてものじゃなかった。あくまで憧れが上限であり限界値であるため、それを越すなんてことはあってはならないことである。

いくらヤンキー漫画に憧れても、その作品の主人公が地元最強なのであれば僕も地元最強を目指していただろうし、それでいて全国制覇なんて狙おうなんてしないだろう。それと同じだ。本当に端的にいうと受かりたくなかったが、幸か不幸か、僕はその高校に受かった。受かってしまった。

合格通知が来てから1ヶ月近く経過するが、その高校に入学したことは、本当に幸か不幸か、良いことなのか悪いことなのかは分からない。もしかしたらとんでもない良い人だらけかもしれないし、悪い人が多いかもしれない。

ハッキリ言って、善悪の区別なんてものは自分にとって利益か不利益かの違いであり、良い人悪い人なんてことは、それも自己中心的なんだろう。

とにかく、それを確かめるべく今日の始業式には向かおうと思う。


徒歩と電車とバスを駆使した末に片道一時間かけて到着したら学校は、案外見た目は綺麗で、正門から昇降口までは桜並木の一本道だった。

『案外見た目は綺麗』なんて言ってみたが、ここが学校だと知らされなければ、庭園の中を歩いているような感覚になる程の美しさであり、少し反応が薄かったかもしれない。

一応名門校と聞いていたので、伝統校という先入観を勝手に抱いていたが、時間が経っていなくとも頭のいい学校は存在するらしい。本当に開校して間もない。そんな空気がする。

頭のいい学校は校則が緩いとは言うが、実際今日は始業式であるものの、集合は九時と、中学に比べては一時間程度遅かった。というか、始業式だから遅いのかもしれない、どちらでもいいが。

ただ一つ気になったのは、登校から学校に到着して、正門から昇降口に移動する時に、まだ僕は誰の姿も見ていない。正確に言えば、この学校の生徒らしき生徒を見ていないということだ。

校則が緩いと言うこともあり、この学校は制服が指定されておらず私服で登校することになるが、それでいても学生という雰囲気の生徒は一人もいなかった。

こういう始業式なんてのは、親がついて来て子供の成長を祝ってみたり、教職員学校運営がもてなしてみたりするものが相場じゃないのか?やはり頭の良い学校というのは一味違うのかもしれない。確かに他校にも出来るような事を態々するような学校が、名門校であり、進学校であり、頭のいい学校と称される訳が無い。よく考えれば分かることじゃないか。

実際のところ、理由は単純明快であった。よく考えなくても、小学生でもわかるようなこと。

僕は、九時集合と言うことで三十分余裕を持って登校した。つまり現在の時刻は八時半頃になるわけだが、教室に入ってみると綺麗な程に僕以外の全員が全員、席に着いているではないか。自分以外が着席していると、悪いことをしている訳では無いのだがなんだか悪い気になる。

ただ、申し訳ないが、僕は心の底からそんなことは思っていない。なんだか申し訳ない気持ちになるのが普通なのだろうが、僕はならない。申し訳ないと思わないことが申し訳ないのだ。つくづく自分のつまらなさに嫌気がさす。

新しい門出である今日は明るい気持ちでいるのがベストだと思うが、僕は暗い気持ちのまま、ちょっとした驚きを隠して皆々と同じように席に着いた。

その直後だった。本当に直後、間髪入れずに、隙を空けず、僕の気持ちが晴れる間もなく、景気良く前の扉が開いた。

先程語ったように、僕以外の生徒は漏れなく着席しており、残りの生徒である僕も今着席したばかりなので、一体誰がドアを開けたのかという話になる。

まず、学校初日にして他クラスに乗り込んでくるほど肝の据わった奴がいるとも思えないし、まぁ大方予想がつく事ではあるが、やはり入室して来たのは教師だった。

綺麗な金髪に蒼色の眼球。顔が恐ろしいほどに整っている。そして何より、体がいい。こわいい。

怖いのだ。筋骨隆々な上に高身長。僕も身長はあまり低いわけでは無いと思うが、並んで立てば僕が低身長に見えてしまうくらいに大きい。もしかしたら一八五、いや、一九〇はあるかもしれない女性だった。

「一先ず全員揃ったな、私立洛陽学園へようこそ!私は君たちの担任の鷹山塚だ。よろしく頼むよ」

元気のいい先生だった。担当教科は体育だろうか、いや、体育というよりは軍事訓練みたいだな。

生徒が私服というので、教師も私服らしい。鷹山塚は、端的に言えば『軍服』みたいな服を着用してるので、軍人らしさが相乗されている。本当に軍人だったのだろうか。

そんな軍人先生は、教室全体を見回すように生徒の顔を順に見ていった。姿勢を正していないと叱られそうな空気をしていたので、とりあえず、そこはかとなく背筋を伸ばした。

「突然だが、君たちには自己紹介をしてもらおうと思う。名前も知らない人間と一年やっていくのは少し不安だろうからな。では主席番号一番の君から、よろしく頼むぞ」

本当に唐突だった。

こんな空気の中、トップバッターを務める人は本当に大変だと思ったが、黒板を正面にした時の最右列の最前席、つまりは出席番号一番の席に座っている生徒は僕だった。

後方を見ずとも視線が注目していることを感じる。嫌な雰囲気だ、とても居心地が悪い。

なんというか、横断歩道を渡る時に足を怪我しているので小走りになることもできずにゆっくり歩いてるところ、こちら側に曲がってくる車がいるような。僕のせいで待っている、僕が待たせてしまっているという、えも言えぬ不快感。

不可抗力で仕方のないことだけど、あまり体験したくない空気である。

かと言って、いつまでも思考を巡らせて駄々を捏ねるのも少々子供っぽいかと思うし、何より僕が思考を巡らす時間に比例して、嫌な空気が漂う時間も増えるのだ。ここは黙って自己紹介をするしかない。黙ってどうやって自己紹介をするのかと疑問に思うだろうが、黙った後に自己紹介をするのだ。『水筒を飲む』にいちいち突っ込んでくるつまらない子供みたいな奴は嫌いだ。

僕は起立してそのまま教室全体を見る。あぁ、実際に目の前にすると何だか眩暈がして動悸が加速していく...、なんてことはない。

中学生時代に、大勢の前で喧嘩をしていた度胸が役に立ったのだろうか、あまり緊張はせずにスラスラと言葉が出て来た。こんな簡単なことだったのに色々論っていた自分が馬鹿らしい。過去の自分はいつだって愚かだ。一秒前の自分も、十年前の自分も。

僕は最低限の情報を公開した。名前も言ったし、誕生日も言った。とりあえず好きな食べ物も座右の銘も言ったので、自己紹介としては不足無しかと思う。こういう時に面白い自己紹介を出来る者が、クラスの中心人物として活躍していくのだろうが、僕にそれを求めるのはお門違いも良いところだ。

拍手はまばらだったが、まぁいいだろう。そんなことは気にしない。起きないよりかはいいだろうと、楽観的に物事を考えてみた。環境が変わったからか、何だか自分らしくないことをしていると自覚した。つまらない人間というのはいつもと変わらないが。

自己紹介なので当然と言えば当然だが、僕をはじめとして次々と個人情報の提示が始まった。

僕同様、殆どの人が名前と誕生日と、そして座右の銘なんかを語ったりしていた。ただ、少し違うことと言えば、全ての人がやる気に満ちていた。まるでこれから戦争があるかのように。何を息巻いてるのか、僕にはさっぱりわからない。

僕含め、二十九人の自己紹介が終了し、残るは最後の一人となった。

その最後の一人は、周囲を鋭利な視線で睨み、机に大きく手を叩きつけ、その勢いで立ち上がった。椅子は後ろの壁に衝突し変な音が鳴った。

こんな変なことをする奴を見た時、おかしいかもしれないが、『深窓の令嬢』という文字が頭に浮かんだ。想像できないかもしれないが、本当にそんな感じ。

綺麗な黒髪に、現代風にいう姫カット、そして長くて綺麗な睫毛に綺麗な顔。なんというか、本当にお嬢様だった。何度も言うが、本当に綺麗だ。

言動が一致していない支離滅裂さ加減を除けば才色兼備といった感じだ。

そして、今の行動から考えられないほど透き通った声で個人情報の開示と、ある台詞を言った。

「讒謗律蒼薇です。誕生日は六月十二日、座右の銘は『喉を扼して背を拊つ』です。このクラスの学級委員長に立候補します」

変わった名前だな、と思った。きっと僕以外の人もそうだろう思っただろう。

それだけでなく、随分攻撃的な座右の銘だと感じられた。なんだか平和な学校生活が初日にして崩れるような音がしたが、元より高校に平穏を求めてやってくる人などはいないだろう。それに、少なくとも全国レベルの知名度を誇るこの学校では、当然といえば当然に全国各地から人が集まる。キャラが濃いなんてことは、それは当たり前なのだ。

それに彼女、最後になんて言っただろうか?『このクラスの学級委員長に立候補します』だと?すごい度胸だ。自己紹介をやるだけで発揮される度胸とは違う。

成程、見た目も中身も(座右の銘は、まあいいだろう。)お嬢様と来たわけだ。起立する時の行動は見なかったことにしようじゃないか。

でも、お嬢様ってのは委員長をやるような、他人思いな人間じゃないよな?なんというか、もっと我儘でエゴイストみたいな———

「勘違いしないで頂きたいのは、私は皆様方の為に学級委員長に立候補したわけじゃありません。自惚れなさらぬよう、お願いいたしますわ」

やっぱりお嬢様は他人思いな人間ではない、我儘でエゴイストな奴だったらしい。僕の先入観もたまには当たってるみたいだ。

それにしても、さっきから言動に筋が通ってないな。学級委員長になりたい分際で、なんて尊大な奴。まさか、こんな慇懃無礼な態度をとっていて尚、クラスメイトからの憧憬と信頼の象徴である学級委員長になれると思っているのか。

随分箱入り娘らしい。めでたい奴だ。

しかし、ここは名門校。当たり前ではあるにしても、僕ごときの一般論は通用しない。

「そうか、学級委員長か。確かにそういうものは早いに越した事はないな。取り敢えず希望だけは聞いておこう。他に学級委員長に立候補する者はいるか?」

驚く僕を尻目に、体育教師はこんなことを言い出した。いや、体育教師では無く『鷹山塚』だっけ。

そう言えば、下の名前はなんて言うのだろうか。鷹山塚などという響きは苗字として認識してしまうが、案外苗字みたいな音をしていても名前ということもあるし、そうなると上の名前が不明なのだろうか。総じて言えば、本名というかフルネームはなんというのだろうか。

それに、この鷹山塚という教師は随分慣れているんだな。一般的な公立学校で利己的な発言をする輩がいたらまず先に生徒指導だろう。それをスルーして更に話を展開させるとは、流石に驚いた。

いや、もしかしたら単純に学級委員長が初日で決まることに喜んでるのかもしれない。手間をかけて導入して選挙をするのも面倒だろうし、いくら仕事といえやり甲斐が欲しいといえ、面倒事自体が減ってくれるのなら本望だろう。そういうわけでこの状況に甘えてるのかもしれない。

とは思ったが、流石にそんな卑しい人間ではないだろう。腐っても教師、人間教育をする側の人間だ。斜に構えた人間はある意味素直で良いとは思うが、教師に求められる素直さはこういうものじゃないだろう。

色々考えて忘れていたことだが、やはりここは名門校。個性的な生徒が揃うことは予想していたが、教師の方も個性的とは。本当に驚く。驚かされる。

今の所、讒謗律の宣言と教師のスルースキル(そういうことで確定しておこう。)およびキャラの強さに驚きの連続だが、僕の驚きはそこでは終わらなかった。


先程の鷹山塚の質問。『他に学級委員長に立候補する者はいるか?』

前提として、この質問には文字以上の意味を含んでないし、文字以下に言葉が軽いというわけではない。本当に『讒謗律さん以外に学級委員長になりたい人はいますか?』という質問である。

希望するならその意思を示せば良いし、希望しないなら何も反応しなければいい。ただそれだけなのだ。本当に。

四度目の驚き、本当に驚き。これも名門校の所以なのだろうか。この勢いも意気込みも息巻きも、名門校だからという理由なのだろうか。

名門校だからこういう人間が集まるのか、こういう人間が集まるからこそ名門校なのか。鶏が先か卵が先かみたいな疑問だが、大事なのはそこでは無く、結果としてこういう人間が集まってることが問題なのだ。

後ろを振り返るとそこには、二十九本の挙手。つまりは出席している生徒の中で、僕以外の全員が、学級委員長に立候補している光景だった。

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