能ある鷹は爪を隠す

ナナシリア

プロローグ――双頭竜

「俺たち、強いから」


 剣を握った少年と少女が、闇夜で魔人たちと対峙する。


「リア、無理するな」

「ホークこそ」


 二人が跳ぶと、最前線に立つ魔人たちの首が落ちる。


 敵が反応するより早く殺してしまえば、リスクを負うことはない。


 だが、他より大きな体躯の魔人が少女の剣を受け止める。


 少女は衝撃の反動を受けて後方へ飛び退く。


 同時に、後ろから飛びかかってきた少年の剣が魔人の背を裂いた。


 月のない夜に血飛沫が舞う。


 怯んだ魔人に向かって少女が再び跳び、胸元を浅く切りつけて後退。


 直後に後ろに来るはずの少年を見越してか、魔人が後方に剣を振る。


 その一撃は、少年が身を躱したことによって空振りとなり、魔人は大きく体勢を崩す。


 すかさず、少女が先程よりも重たい一撃。


 さらに、今度は少年が一撃。


 少年と少女のヒットアンドアウェイ戦法に、魔人はなす術なく血を噴く。


 魔人の動きが徐々に鈍くなる中、ついに少年の剣が魔人の首を捉え――。


 首が宙に舞い、魔人の胴体が崩れ落ちた。




「今回も上手く行ったね」

「当然だろ。俺たち、強いから」


 場末の安い酒場。


 少年と少女は安酒を呷った。


 賞金首の魔人を殺した報酬で、二人はかなり潤っている。それでも二人は、ここの安酒が気に入っていた。


「わたしがいないと依頼もまともに受けられないのに」

「それに関してはいつも助かってる。ありがとう、リア」

「ふふっ。わたしだってホークがいないとここまでは来られなかったから、お互い様だよ」


 ホークと呼ばれた少年とリアと呼ばれた少女は、互いに敬意を持って接していた。


「双頭竜も、そろそろ名が知れ渡って来たよね」

「そうだな」


 ホークとリアの二人は、双頭竜という名のチームを組んでいた。


 双頭竜は、この王国の首都であるここ王都でも最強格と呼び声高いチームだ。


 二人とも十五歳という若さながら他の戦士たちからは畏敬の念を抱かれるような強者。


「ホーク様、リア様。戦士組合からの通達で、明日朝、王都門前に集合するように言われております」


 戦士組合の連絡網で、双頭竜の一つ前に位置するチームのリーダーが、二人に報告した。


 ホークとリアは顔を見合わせ、黙ってうなずく。




「今日の依頼は、魔人と人間の緩衝地帯を越えてきた魔人の一団を殲滅すること」


 その場に集められた戦士たちは、名のある強者たちばかりだった。


 最強のソロ戦士、オーウェンをはじめに、双頭竜と互角以上の実力を持つチームが揃う。


 通称、金級戦士。


 俗に、戦士たちの実力は金、銀、銅、鉄、石という五つの区分で評価される。


 故に、金級のチームは最強。


 それらが集められるということは、かなりの強敵なのだろう。


「是非、無事に帰ってきてくれ」


 戦士組合の組合員の合図で、集められた金級チームたちが徒党を組んで進みだす。


「リア」

「どうしたの?」

「死ぬな」


 ホークの言葉に、リアは深くうなずく。


 単純な言葉だったが、ホークの気持ちが深く伝わって、リアは再び気を引き締める。


「魔人だ!」


 先頭に立つオーウェンが鋭い声で後方の戦士に告げる。


 縦に列を成していた戦士たちが、近接戦士は前、魔法使いは後方になり、さらに横に広がる。


 前線に立つホークとリアは、二人とも剣を構える。


「双頭竜、足は引っ張るなよ」

「問題ない。俺たち、強いから」


 隣の戦士チームが二人に言ったが、ホークは強気に返して最前線へ向かう。リアもその後を追った。


 一撃。


 ホークが剣を一振りするだけで、最前線の魔人たちが容易く息絶える。


 だが、減らない。魔人たちの数が多すぎて、数人一度に殺したくらいでは目減りしない。


「ちょっくら本気出すか」

「ホーク、やるの?」

「きりがないからな」


 ホークは左手を剣から離し、右手だけで持つ。


 空いた左手を魔人たちの方に向け――


 炎が、地面を伝って魔人の方へ駆け巡る。


 数百もの魔人が、炎に包まれる。


 後方で歓声が上がった。


 それを気にせず、熱い地面を踏みしめ駆け抜けたリアが討ち漏らしを討つ。


 ホークもその後を追い、瞬く間に魔人は――


「きゃあ!?」

「リア!?」


 悲鳴が聞こえて、ホークはリアの姿を目で探す。


 一人の魔人が、捕らえたリアの首元を刃でなぞる。


「これ以上近づくな」


 周りの戦士たちが四方にいる魔人たちを狩っているのを横目に、ホークは一人足を止める。


「武器を置け」


 ホークはその場に剣を置く。


「魔法を使ったらどうなるか、わかるな?」


 ただうなずく。


 時の流れが遅い。


 気が張り詰めている。


 目を伏せる。


 瞬間、不可視の刃が魔人の腕を切断して、手に持った刃は地面に落下した。


 衝撃が魔人を襲う。


「リア、大丈夫か」

「ホーク……」

「感謝なら後だ。剣を拾え、あいつもすぐ戻ってくる」


 リアは素早く剣を拾う。


 ホークも、先程落とした剣を拾い、向き合う。


「彼、たぶん上位魔人だよ」

「大丈夫だ。俺たち、強いから」


 刹那、魔人が感電すると同時に三ケ所に切り傷が生まれる。


 雷の魔法と、剣の三連撃が魔人を同時に襲った。


 そこからは、一方的だった。


 ホークが攻撃するのに続いて、即座にリアの攻撃。


 魔人は防戦一方。


 思考する。


 ――この二人の弱点は、女。女の戦闘力は男と比べて数段落ちる。


 即座に切り替え。


 魔人はリアだけを集中して狙う。


 基本的には、リアがそれを防ぎきる。


 だが。


 ――まずい。


 ホークも思考する。


 リアの剣が弾かれ、死んでいる。その状況で、魔人の剣はまだ生きている。


 ホークはリアと魔人の間に割り込む。


 火花が散る。


 ――最悪だ。


 俺が一撃防げば、リアが動けるようになるはずだった。


 背後の気配でわかる。


 リアが、怯んでいる。


 俺の剣はまだ死んでいないが、魔人の方が速い。


 瞬間、魔人は脇腹を刺される。


 絶命。


「双頭竜、危なかったな」

「オーウェン」


 窮地の二人を救ったのは、最強のソロ戦士と名高いオーウェンだった。


「死ぬな。お前たちだって貴重な金級戦士だ」


 オーウェンはそれだけ言い残し、次の魔人へと向かう。


「ホーク、気づいてるよね?」

「ああ、もちろん。魔人の領域側に進むにつれて、魔人が強くなっている」


 それすなわち、この魔人たちが統率を持って行動していることを意味する。


「この奥にいる、大将を狩る」


 だが、ホークには多くの魔人のマークがついている。手が離せない。


「わたしが行く」

「大丈夫か?」


 ホークは、大事なリアを単騎で行かせるのが心配だった。


「大丈夫。わたし、強いから」


 リアの言葉に、ホークは獰猛な笑みを浮かべる。


「そうだな。任せた」


 喋りながら、斬撃。


 リアが魔人の包囲を一点突破。


 魔人はリアをちらりと見る程度で、追わない。


 リアが十分に離れた。


 ホークは、魔人たちの包囲の中で孤立する。


 ――灼熱。


 地面が黒く焦げる。しぶとく生き残った魔人は、首を落とされる、胸を刺される。


 強力な炎の魔法に、魔人たちは警戒して距離を置く。


 しかしホークは容赦せずに魔人を――


「撤退! 退け!」


 近くの戦士が、声をあげる。


 ホークに近づいてきたのはオーウェンだった。


「ホーク、お前も退け」

「待ってくれ、リアは?」

「今は敵側の捕虜になっている」


 ホークは視線を巡らせる。


 魔人たちが集まっている中、一際豪華な武装をした魔人の近くに、リアがいた。


「俺が訊きたいのはそういうことじゃない」

「……一人のために、多くの戦力を割く余裕はない」

「大丈夫だ、俺一人で行くから!」

「駄目だ。リアに加えてお前を失う訳にはいかない」


 今にも飛び出していきそうなホークを、オーウェンが片手で制する。


「ホーク。時には諦めないといけないこともある」


 魔人たちは静観するだけで、こちらに襲いかかっては来ない。


「ホーク」


 オーウェンが呼び掛ける。


「ホーク!」

「……わかった」


 ホークはそう言って人間側の方を向く。


 最後にちらりと、リアの方を振り向く。


 リアは、切なく笑った。

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