第31話 校内にて

 何故、家族を守ってくれなかった? 

 どうして助けてくれなかった?

 あんなに助けてと叫んだのに。

 自分達を助ける。それがお前らの仕事だろう。

 この人殺しの役立たず。


 リプカやムナールが生存者の前に現われれば、二人がギルドで働いていた事を知る者達は、怒り狂ってそう罵声を浴びせるだろう。

 だから二人は、オールランドの生存者達が集まる場所には行かない方が良い。


 そう判断したのは正解だっただろう。

 昔、シェーネがギルド・カンパニュラに所属していた事を知る生存者達が、彼女の姿を見るなり文句を言って来たのだから。


「あんた、前にギルドで働いていた女だろ! 助けに来るのが遅いんじゃないのか!」

「あのギルドのリーダーはあんたの父親だろ? アイツはどうした? 死んだのか!?」

「全部終わってから来られたってね、意味ないんだよ!」


 現在はオールランドには住んでいないシェーネだからこそ、暴言だけで済んだのだろう。

 これがリプカやムナールであったのなら、錯乱した生存者達に、危害を加えられていたかもしれない。


「やっぱりあの二人を校内に入れなかったのは正解だったな」

「そうね。それにしても数年前に出て行った私の顔を覚えているなんて……無駄に記憶力だけは良いのね、あの死にぞこないの老害」

「死にぞこないって、お前な……」


 その言い方は、今はシャレにならないだろうと、アトフは表情を引き攣らせる。


 そうしてから、アトフは自分達を案内してくれている、もう一人の人物に視線を向けた。


「それにしても、ヴァルターさんの代わりに案内してくれてありがとな。ええーっと……」

「ウィルだ。ウィル・ヘルスロア」


 スッと立ち止まってこちらを振り返るのは、長い手足を待つ、スラリとした長身の男性。

 肩に掛かるくらいの黒茶色の猫っ毛に、凛とした切れ長の金色の瞳。

 年齢は二十代前半くらいだろうか。整った顔立ちをした彼は、間違いなく美形の部類に入るだろう。現に擦れ違うボランティアの女性陣からは、好意的な熱視線を向けられている。

 保護団体……白衣の処刑人の中でも、おそらくモテる方ではないだろうか。


「わざわざ案内人を付けてくれるなんて、ヴァルターさんも律儀だよな。あんたも仕事があるんだろ? オレらは勝手に探すから、仕事に戻っても構わねぇぜ?」

「隊長命令だからな。捜索には協力してやる」

「ありがとう、私達だけじゃ不安だったから。助かるわ」


 どこか冷たい印象を受けるウィルであるが、そんな彼の態度にも構わず、シェーネは笑顔で礼を述べる。


 校内で炊き出しをしているボランティアの中から、リンの姉であるリトを探しに来たリプカ達。

 しかしオールランドの生存者が集まる校内に、リプカとムナールが行くのは危険だと判断したアトフは、二人を校内に入れる事に反対した。


 当然、リトに会いに行きたいと異論を唱えたムナールであったが、それならば自分とアトフが代わりに探して来ると言って、シェーネがムナールを説得させたのだ。


 そのためリプカとムナールはには、今はオールランドの生存者達の目に付かない場所で、待機してもらっているのである。


「で、シェーネはそのリトって子の顔知ってんのかよ?」

「知らないわ。でもムナールから特徴は聞いて来たから大丈夫よ。青色のおかっぱ頭の女の子だそうよ」

「いや、それも一年ちょっと前の話だろ? 今はロングヘアーかショートカットになっている可能性もあるじゃねぇか」

「あんた達、よくそれだけの情報で探しに来ようと思ったな……」


 自信に満ち溢れたシェーネと、表情を引き攣らせるアトフとのやり取りに、ウィルは呆れたように溜め息を吐く。


 さて、ところで何故ウィルがこの場にいるのかというと、先程彼が説明した通り、上司であるヴァルターに命じられたためである。


 仕事中にヴァルターに呼び寄せられたウィルは、『万が一二人がオールランドの生存者の目に留まって危害を加えられたら大変だ。だから私が二人の護衛のためにここに残る。お前はアトフさん達を案内し、リトさんを見付けて来るように』と、そう彼に命じられたのだ。


 しかしそんなのはもちろん建前で、本当は、『オレはコイツらが不審な行動を取らないように見張っている。だからお前はそいつらを見張っていろ』と命じているのだろうが。


「大丈夫よ。とりあえず青い髪の女の子を探せば良いんだから。まあ、見付かるわよ」

「お前、青い髪の女の子って、どんだけいると思ってんだよ? 大体青って言っても色々あるだろ。濃い青とか薄い青とか、緑に近い青とかさあ……」

「アトフって意外と細かいわよね」

「お前は意外と大雑把だよな」

「青髪以外、本当に他の情報はないのか?」

「リプカの同級生だから。年齢は十八ね」

「……」


 当たり前のようにそう答えるシェーネに、今度はアトフだけではなく、ウィルまでもが頭を抱える。


 十八歳の青い髪の女の子。

 ボランティアをしている女性は、校内に沢山いるのに。

 それだけの情報で、一体どうやって探し出す気なのだろうか。


「あら、そんなの青い髪の若い女の子に、名前を聞いて回れば良いだけじゃない。ほら、ガタガタ言ってないで行くわよ」

「名前聞いて、「リトです」って言われるまで聞きまくれってのかよ? 気が遠くなる上に、不審者扱いされる作業じゃねぇか……」


 しかしそれ以外に方法はない……否、あるかもしれないが思い付かない。


 仕方がない。ここはシェーネに従うしかないと、アトフは諦めたようにして溜め息を吐いた。


「リト……?」


 しかしその時であった。


 ふと、聞こえて来たその声に、アトフ達は揃って背後を振り返る。


 そこにいたのは、背中にまで伸びた濃い青の髪を後ろで一つに束ねた少年……だとは思うが、中性的な顔立ちをしているため、もしかしたら少女かもしれない。


 とにかく『リト』という名に聞き覚えがあるだろうその少年は、ジャガイモの入った籠を抱えながら、そのクリッとした大きな黒い瞳を、不思議そうにパチパチと瞬かせていた。


「青い髪……もしかしてあんた、」

「リトさんですか?」


 青い髪という実質唯一のその手掛かりに、アトフとシェーネの声がピタリと揃う。

 しかしそんな二人の期待とは裏腹に、少年はムッと眉を顰めた。


「違います。オレ、男です」


 やはり少年であったらしい。

 そりゃそうだ。よくよく聞けば、声はちゃんと低い。

 もしも少女として偽る時があるのなら、喋ってはいけないは鉄則だろう。


「でも、リトさんなら知っていますよ」


 一度は落胆したものの、少年が発したその情報に、アトフとシェーネは揃って顔を上げる。

 彼が知るという『リト』は、自分達が探している『リト』と同一人物だろうか。


「え、その人って青い髪の女の子!?」

「年齢は十八歳!?」

「え、年齢は知りませんけど……オレよりは上かと……」

「坊や、いくつ?」

「坊やじゃないです、十五歳です」

「じゃあ、十八歳かもしれないわね」

「で、青い髪の女の子か?」

「はあ、そうですけど……。あの、この方達は一体……?」


 見覚えのない顔と会話のやり取りから、二人は不審人物ではないかと訝しんだのだろう。

 少年は怪訝な目で二人を見遣りながら、その正体をウィルへと問う。


 するとウィルは、「不審人物じゃない、たぶん」と曖昧な返答をしてから、少年へと二人を紹介してやった。


「ハルパゲにあるギルド・ミモザの所属隊員だ。オールランドから生存者を救出する際に協力してもらったんだ」

「ギルド・ミモザのアトフだ」

「シェーネよ」

「そうですか、オールランドの……」


 ふと、少年の声色が低くなる。

 そして暗く俯き、しばし考える仕草を見せた後、彼は顔を上げると、悲しそうな笑みをアトフ達へと向けた。


「僕はラジュル。オルデールに移住し、復興のボランティアとして活動しています」

「復興の? って事は、リトと……」

「はい、リトさんにはボランティアの先輩としてお世話になっております。それよりも、リトさんを探しているという事は、そういう事なんですよね?」

「そういう事?」

「ラジュル、あなた、賢いのね」

「そんな事はありません。大体の者は気付きますよ」


 どういう事だと首を傾げるアトフに対して、シェーネは覚ったように悲しげな笑みを浮かべる。


 するとラジュルは、まるで自分の事のように悲しそうに俯きながら、ポツポツと言葉を零した。


「オールランドの噂は既に広まっています。もちろん、詳しい話までは知りませんけれど。災厄が訪れて、沢山の人が亡くなった。オールランドはオルデールと同じ運命を辿った。ここにやって来たのは、オールランドの生き残りだ、と。リトさんはオールランド出身です。彼女を探しているという事は、彼女に伝えたい事がある。そしてその話は、おそらくは良い話ではないんですよね?」

「ええ、そうね」

「そうですか……」


 正直に頷くシェーネに、ラジュルは小さな溜め息を零す。


 そうしてから、彼は更にポツポツと言葉を続けた。


「昨日の夕方はあんなに楽しそうでしたのに。それなのに、一晩明けたらこんな事になってしまっただなんて……残念です」

「楽しそうだった?」

「リトにとって、何か良い事でもあったの?」

「はい、久しぶりに友達に会ったそうです」

「友達?」


 その言葉に、アトフとシェーネはこれまた揃って首を傾げる。


 久しぶりに友達に会った? この、オルデールで?


「ニコニコしながら、僕に話してくれたんです。偶然、この街に来ていた友達に会ったって。オールランドを出てから全然会っていなかったそうで。久しぶりに昔の話が出来て楽しかったって、そう言っていました」

「オールランドを……?」

「それって、オールランドにいる友達って事?」

「そうなんじゃないですか? でも今思えば、その友達とやらは幸運でしたよね。だって災厄が降り注ぐ前に、オールランドを出立していたんですから。もしも昨日、オールランドにいたままだったら、その友達も今頃は亡くなっていたかもしれないんですからね」


 不幸中の幸いでしたね、とラジュルははにかむ。

 そうか、災厄が降り注ぐ前にオールランドを離れていた人物がいたのか。

 それは確かに幸運だったな。


「ところで一つ聞いても良いですか?」

「うん?」


 ふと、ラジュルの声に緊張が混じる。

 彼のその異変に眉を顰めれば、ラジュルは籠を抱える腕を僅かに震わせながら、真剣な眼差しを、真っ直ぐにアトフ達へと向け直した。


「噂では、オールランドにいた烙印持ちが、災厄を呼んだと言われていますが……その、災厄を呼んだのは、どの精霊憑きですか?」

「え?」

「どのって……?」

「もしかして、雷の精霊憑きではありませんか?」

「え……?」


 雷の精霊憑き。

 それがオールランドにいたために、そこに災厄が降り注ぐ事となった。


 何故、ラジュルはそう予想したのか。


 何故、と不思議そうに首を傾げるアトフとシェーネであったが、ウィルはラジュルがそう予想した理由に、心当たりがあったらしい。


 彼はその理由を問う事なく、ラジュルがそう予想した原因をポツリと口にした。


「オルデールに災厄が訪れたのも、雷の精霊憑きが原因だと言われているためか?」

「え……あ、はい、そうです。雷の精霊憑きは、その後行方不明なんですよね? だったら、オルデールからオールランドに移動した彼が、再び災厄を呼び寄せたのではないですか?」


 ああ、そうか。確かオルデールが壊滅した原因は、雷の精霊憑きが災厄を呼び寄せたためだと言われていたんだっけ。


 そういえばそうだったと、アトフとシェーネは思い出す。


 しかし気のせいだろうか。

 ラジュルの言葉に、違和感を覚えたのは。


(ええ、そうね。きっと気のせいだわ)


 別におかしいところは何もない。

 シェーネがそう結論付け、気にしない事にした時、険しい表情を浮かべたウィルが、フルフルと首を横に振った。


「すまないが、精霊憑き保護団体から言える情報は何もない。保護団体であるオレが憶測でモノを言うわけにもいかないしな。公式の発表を待ってくれ」

「……分かりました」


 つまりは、一般人であるラジュルに情報を開示するわけにはいかないという事なのだろう。

 それが分かっているのか、ラジュルもまた、それ以上追求して来る事はなかった。


「ところで、お二人はリトさんのお知り合いですか? それでリトさんにオールランドの報告をしようと?」

「いえ、報告をしたいと言っているのは、私の弟よ」

「弟さん?」

「ええ。彼女には妹がいたのでしょう? 私の弟はその子と付き合っていたの。だからその子のお姉さんであるリトに会いたいと言っているのよ」

「なるほど、弟さんが……」


 シェーネの回答に、ラジュルは少しだけ考える仕草を見せる。


 そうしてから、彼はパッと顔を上げ、ニコリと柔らかな笑みを浮かべた。


「では、その弟さんがリトさんに用があるんですよね? ならば僕はリトさんを呼んでくれば良いですか?」

「ええ。でも、あなたも仕事中ではなくって? 居場所を教えてくれれば、自分達で会いに行くけれど……」

「いえ、僕が呼んで来ますよ。皆さんはここで待っていて下さい。すぐに戻りますから」


 その宣言通り、早速リトを呼びに行ってくれたのだろう。

 そう言うや否や、ラジュルは勢いよくその場から立ち去って行った。


「律儀なヤツだな。居場所教えてくれれば、オレらで勝手に訪ねて行くのにさ」

「アトフ……あなた、そうやって無理に居場所を聞き出そうとするのは、良くないと思うわよ」

「そうだな。プライバシーの侵害とか、何とかハラで訴えられるぞ」

「……」


 気を遣ったつもりだったのに、何故非難されるハメになったのか。


 揃って白い目を向けられたアトフは、次いで吐かれた二人の溜め息を、ただただ受け止めるしかないのであった。

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