毒吐く

@awanoawa

どくはく

夢を見ていた。長い長い、短い夢を見ていた。

あたりは真っ暗で、息も苦しくて、寒くて、でもどこか暖かくて。

見覚えのない場所に立ち、戸惑い、息を吸い、歩く。歩く。

ふと意識を割かれた。普段であれば気にも留めない、見覚えのない花だ。

紫色のそれは、私を拒むようにただそこにあった。


耳元で繰り返す無機質な機械音によって私の意識は現実に引き戻された。

白い天井、薄紫色の掛布団、窓から差し込む光はないものの、自分が今しがたとめたそれと、壁の向こうのどこか忙しない雰囲気が朝であることを教えてくれた。

癖のついた前髪をなでつけながらダイニングの床の上に落とした足先から、全身の体温が奪われていくような気がする。


家族も全員出払ったあとの、どこか空虚な空間でいつものように異物を胃に押し込み、ワイシャツにそでを通した。

登校時間の電車はいつも混んでいて酸素が薄い。あぁ、逃げたい。


夢を見ていた。それをふと、思い出した。

どんな夢なのかは思い出せない。

ただ、ここじゃないどこかにいた。

夢の自分がうらやましくなる。

ここは現実だし、夢を見ていたのも自分なのだから羨んでも仕方ないのだけれど、ここじゃないどこかに行きたかった。

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