第6話

その①

 わたくしたちを乗せた馬車が国境の街アルシアに到着したのは離宮を発って10日ほど経った夏の始まりのことでした。

 兵に囲まれた馬車に街は何事かと騒々しくなりましたが、おそらく根回しがあったのでしょう。特に混乱が生じることはなく、街で最も上等な宿も確保されていました。これで懸案事項の一つは解決しました。

(これでようやくゆっくり休めますね)

 この街に辿り着くまでの道中は点在する諸侯の屋敷を宿代わりにしていました。貴族の屋敷なのでそれなりの快適さはありましたが、これでようやくアリス様にゆっくりとお休み頂けるようになりました。なによりわたくし自身、貴族の屋敷と言うのは立場的に居心地が悪く、彼らが向けてくる冷ややかな視線はわたくしを国外追放と言う形で免罪にしたサミル様へ向けられているようでした。

「それにしても、あの貴族たち酷いよね。エリィにあんな視線向けるなんて」

「え?」

「大丈夫? あんまり寝れてないんじゃない?」

 疲れが顔に出ていたのか、それともいつもの勘の良さが働いたのかわたくしの顔を覗き込むアリス様の表情は曇っていました。

「ワタシは大丈夫ですよ。アリス様こそお疲れなのでは? 街一番の宿だそうです。今日はゆっくりお休みください」

「それは嬉しいんだけどさ、別に馬小屋でも良いんだよ。私」

 きっと宿を貸し切った“特別待遇”に苦言を呈されているのでしょう。アリス様らしいと言えばらしいのですが、王族であるが故の仕方がないことだとご理解頂かなければなりません。

「王族の方をそのような場所に寝させたと世に知られたら大問題になりますよ」

「私が良いって言ってるのに?」

「それで納得されるのはアリス様くらいです」

「うーん。そういう意味じゃ王族って肩身が狭いよね。なんでも自由に出来そうだけどほんとはそうじゃない。身分って邪魔だよね」

「アリス様。そういうことを言うのはワタシの前だけにしてください。アリス様は……」


――エーリカ様、よろしいでしょうか。


「アリス様、入れてもよろしいですか?」

「うん」

 時間的にも給仕係が食事の手配をしたのだろうとアリス様の同意を得てドアを開けました。するとそこには警護を担ってきた騎兵隊の指揮官が部下と共にいました。

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