その④

…………え?


「あの、いまなんと?」

「そろそろ国へ帰ろうかなって。いつまでも逃げてる訳にはいかない。フェリルゼトーヌを王家に、民の手に取り戻さなければいけない」

「お気持ちは分かります。ですが、せめてもう少し情勢を見極めた方が――」

「レーヴェン公が言ってたよね。金の輸入量が減っているって。それってたぶん伯爵が輸出を止めてるんだと思うんだよね」

 伯爵とは政変の首謀者とされているアルフォンヌ伯爵のことです。確かに父上はわが国に入る金の量が減り、このままでは経済に影響を及ぼしかねないと言っていました。国を乗っ取ろうとした人間がなにをと言われそうですが事実は事実であり、アリス様の推測にも一理あると言わざるを得ません。

「このまま亡命生活を送るのも良いけど、彼が私欲の為に動けば戦になりかねない。それは止めるべきでしょ?」

「だから国に帰ると言うのですか」

「そうだよ。帰ってところでなにも出来ないかもしれない。せっかく生かされた命を無駄にするかもしれない。それでも王女として、王家の生き残りとして出来ることをしたいの」

「アリス様……」

「だからね、エリィ。私を守る近衛騎士として傍にいてほしいの」

「ワタシがアリス様の騎士に……?」

 アリス様はいったいなにを思って言われてるのでしょうか。

 王女として出されたそのお考えには理解できる部分もあります。ですが罪人を騎士に、それも近衛騎士にしたいなど、言葉は悪いですが正気の沙汰とは思えないのです。それに身分は剥奪されましたがわたくしはクーゼウィンの騎士だった身です。そのような者が他国の騎士になるのは逆心に等しいとわたくしは考えます。しかしながらアリス様の顔は真剣であり、美しい翠色の両眼は真っ直ぐわたくしを見つめています。

 「私は貴女を近衛騎士として迎え入れたい。これはフェリルゼトーヌ王女としての希望です。この願い、叶えてくれますね?」

 アリス様の言葉は普段とは違い、王族としての気品を感じる一方で決して無理強いはしない優しさも感じ取れました。あくまで最後はわたくしに決めさせようと、そんなアリス様らしい心遣いに嬉しさからまた涙が溢れます。本当は断りたい。ですが異国の王女とはいえ王族の願いを無下には出来ません。逃げ道を塞がれたわたくしは立ち上がり、アリス様の正面に移動するとその場で跪きました。

 「エーリカ・H・レーヴェン。この命に代えてでもアリスリーリア王女殿下を御守り致します」

 「取り消しは効かないよ?」

 「承知の上です。なにがあってもアリス様を御守りします」

 「ありがと。この命、エリィに預けたからね」

 「とっくにお預かりしてます。アリス様――」

 「なに?」

 「この恩は決して忘れません」

 「じゃあ、しっかり尽くしてもらうからね」

 主君へ忠誠を誓うわたくしを温かく迎え入れてくださるアリス様は悪戯っぽい笑顔をされました。その幼くも見える無邪気な顔になにがあってもこの方だけは御守りしようとわたくしは決意を新たにするのでした。

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