その②
◇ ◇ ◇
二人で朝食を頂いた後、アリス様は王城から派遣される役人から祖国――フェリルゼトーヌの近況の報告を受けられました。サミル様のご高配で国の近況報告を逐一受けられるアリス様は役人からもたらされる祖国の近況を一喜一憂することなく、ただ淡々とお聞きになり、わたくしと二人きりになってようやく本音を漏らされました。
「ふざけてる」
短い言葉にはアリス様が抱いている思いの全てが詰め込まれていました。
一週間ぶりにフェリルゼトーヌの状況を聞いたアリス様の表情は険しく、美しい翠眼の奥に怒りを察し取れるほどでした。
「父上や母上だけでなく、
「アリス様。お気持ちは分かります。けれども政変とはそういうものです」
「だからって殺して良い理由にはならない」
彼はなぜそこまでして国が欲しいのかと尋ねるアリス様に答えを出せずにわたくしは黙り込んでしまいます。
アリス様が言う“彼”とはフェリルゼトーヌ王ロラウ様の臣下で財務長官だったアルフォンヌ伯爵のことです。王の臣下でありながらあの日、だれもが寝静まった城に火を放ち謀反を起こした首謀者。アリス様にとって仇敵と呼ぶべき人物です。
後の世で『雪の政変』と呼ばれることになるフェリルゼトーヌでの政変はアルフォンヌ伯爵をはじめ、ロラウ様に反発していた保守派と呼ばれる貴族たちが起こしたと言われています。
無論、彼が首謀者だと言うのは状況証拠だけで判断すればと言う話であり、真の犯人は依然として判明しておりません。登城した際に聞いた話では伯爵は宰相たちが首謀者であり、それゆえに処刑したと主張しているそうです。
いずれにせよ真相は分からず、事実なのは国王夫妻が殺され、唯一の王位継承者であるアリス様はここクーゼウィンに亡命中ということのみ。政変の首謀者を探そうにも客観的証拠を集めるのは難しいのが現状です。その一方でアリス様のお話から推測する出来るのはロラウ陛下と伯爵の間には埋めることの出来ない溝があるということ。二人は政治に対する考え方が真逆だったということです。
「王は民の生活がより豊かになることを願うのみ――父上がよく言ってた言葉だよ」
「――民の生活がより豊かに、ですか」
「民は王の為にあるんじゃない。民の為に王があるんだって。ねぇ、エリィ? 父上が目指していた国づくりは間違ってたのかな」
「アリス様。わたくしはクーゼウィンの人間、それも王に使える騎士の身です。他国の政治に干渉は出来ません。ただ――」
「ただ?」
「ワタシ個人の意見を述べるとすれば、正解は無いと思います」
お茶のお替りを煎れながら答えるわたくしはきっぱりと言い切るように意見を述べました。
「考え方の違う者同士が国と言う大きなものを動かそうとするのです。意見の隔たりが生じても仕方ありません」
「だから正解がないと言うの?」
「はい。確かに血を流す争いは間違っていると思います。どの国も程度は異なれ蟠りがあり、それを乗り越え国を動かしているのだと思います」
一貴族の娘がなにを偉そうに、そう思われたかもしれません。ですがアリス様はわたくしの言葉を聞き漏らすまいと真剣な表情でお聞きになり「そうだよね」と頷かれました。
「エリィにぶつけて良かったよ。ありがと。愚痴聞いてもらって」
「い、いえ。ワタシこそ出過ぎた真似をして申し訳ありません」
「別に良いよ。エリィの方が年上なんだし」
「そう仰るのなら少しは口の利き方を覚えて頂けると嬉しいのですが?」
「わ、私の方が上なんだよ!」
ちょっとした意地悪を言ったつもりでしたがアリス様は頬を膨らませ、異議ありと言わんばかりにわたくしを見つめています。まったく、わたくしとさほど歳は変わらないと言うに子供っぽいと言うか無邪気と言うべきか、王女として国を思う気持ちと天真爛漫な心を持ったアリス様。そんな彼女をわたくしは羨ましく思い、同時に哀れだなと悲しい視線を送ってしまいます。なぜならアリス様は近い将来、わたくしに殺される運命にあるのですから。
「エリィ? どうかした」
「い、いえ。アリス様はこのあとのご予定は?」
「別にないかなぁ。エリィは王城へ行くんだっけ」
「はい。サミル様から登城するよう仰せつかっていますので」
「そっか。サミ君によろしくね」
「あの、アリス様……」
陛下をそんな馴れ馴れしく呼ばないで頂きたいのですが。
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